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第255話 火山地帯へ

 肌を刺すような熱気が、頬を撫でていく。

 俺は今、「漆黒の魔剣士・帝国の護衛騎士バージョン」の姿で、アドラステア帝国の北東部へと足を踏み入れていた。


 街道の砂埃と、火山地帯特有の微かな硫黄の匂いが鼻孔をくすぐる。


 目的は、ザルツ山脈のふもとにある町「グラート」を治める領主、ガストン・ヴォルカ・ベルンシュタイン伯爵に会うことだ。


 あらかじめアシュラフに命じて転移ポイントを確保してあったので、ベルンシュタインの町の外までは転移で瞬時に到着した。


(……まずは、現地の管理者に筋を通し、許可を得ておくのが得策だからな)


 俺は町を囲む高い壁の門へと歩み寄り、懐から一つの紋章を取り出した。

 エリザベート姫直属の護衛騎士であることを証明する証――【蒼穹の誓約そうきゅうのせいやく】だ。


 陽光を反射して輝くその紋章を門番に突きつけると、彼らは一瞬で表情を硬くし、慌てて背筋を伸ばした。 「こ、これは失礼いたしました! どうぞお通りください!」 兵士たちは顔色を変えて道を開け、俺は無事に町の中へと入る。


 一歩足を踏み入れると、町は凄まじい活気に満ち溢れていた。

 わっと押し寄せる喧騒。


 火属性の魔石の世界的産地である「ザルツ山脈」へ向かうには、必ずこの「ベルンシュタイン」を通らなければならない。ゆえに、ここは極めて重要な交易の要衝となっているのだ。


 通りには、魔石採掘で一旗揚げようと目論む腕自慢の冒険者たちが闊歩している。


 彼らの装備は煤や泥で汚れ、歴戦の雰囲気を漂わせていた。

 さらには魔石を買い付ける商人や、狩られた魔物を解体して素材を売りさばく専門業者も数多く店を構えていた。


「ほらよ! 新鮮な『ファイアリザード』の肝だ!」

「魔石の純度はどうだ?」

「安くしとくぜ!」


 飛び交う怒号のような商談の声。


 聞けば、炎を操るタイプの魔物は火属性の魔石を好んで食べる習性があるらしく、その魔力の塊を体内に蓄えていることが多いという。


 そのため、この地では魔物狩りが一つの巨大な産業として成り立っていた。

 解体所の裏手からは、鉄錆に似た血の匂いと、内臓を煮炊きするような独特の獣臭が漂ってくる。


 狩った魔物の爪や牙、皮までもが貴重な素材として商品価値を持つ。

 ゆえに、山のふもとには「魔物を狩る冒険者」と「魔物を捌く解体業者」、そして「魔石を掘り出す採掘夫」が共生し、独自の活気あるコミュニティを築いているのだ。



 ***


 俺はまず宿を確保すると、早々に領主への面会を申し込んだ。

 領主の名は、ガストン・ヴォルカ・ベルンシュタイン伯爵。


 豪奢な屋敷の応接室に通されると、そこだけは魔法で空調が効いており、汗ばんだ肌に冷気が心地よかった。


 間もなく面会が叶い、俺は彼に対し、火属性の魔石を入手したいという目的を正直に打ち明けた。


 すると、端正な身なりの領主ガストン伯爵は、胸に手を当てて恭しく一礼し、穏やかな声音で申し出た。


「――姫様の護衛騎士殿が、自ら危険な山へ足を運ばれる必要はございません。魔石のことであれば、私からエリザベート姫へ献上品としてお届けいたしましょう。どうかご安心ください」


 その表情には、礼節を重んじる貴族らしい柔らかな微笑が浮かんでいた。


 だが、俺はその申し出を丁重に断った。

 高品質な魔石を、純粋に個人的な目的で欲しているのはこの俺だ。ここで伯爵から無償の提供を受けてしまい、変に「貸し」を作るわけにはいかない。


「いえ、立ち入りの許可を頂ければ、それで充分です」


 実を言えば、許可など取る必要さえないのかもしれない。

 勝手に行って、勝手に奪ってきても、誰にも文句は言わせないだけの力は持っている。この弱肉強食の世界では、強い者こそが理屈を通せるからだ。


 しかし、無用なもめ事を起こすつもりはない。


 それに、現地には現地のルールがある。

 協力者がいたほうが物事はスムーズに進むものだ。


 俺がわざわざ領主と顔をつないでおいたのは、現場で働く業者たちと話をする際に、伯爵の名があれば話が早いと考えたからである。


 俺は伯爵から直筆の紹介状を受け取ると、その足ですぐさまザルツ山脈のふもとを目指し、町を後にした。



 ***


 町を出て、荒涼とした岩肌が続く人気のない道を二時間ほど歩き通した。

 そこで近くの大きな木に登ると、周囲に誰もいないことを確認し、転移魔法を発動して距離を一気にカットする。


 目視で確認できる範囲であれば、初めて訪れる場所であっても瞬時の移動が可能だ。風景が一瞬で歪み、次の瞬間には目的地へと景色が切り替わる。


 本来なら険しい山道を二日は歩き続けなければならない距離だが、俺はその日のうちに「グラート」の町が目と鼻の先に見える地点までたどり着いた。


 遠くに見える町の灯りが、陽炎のように揺らめいている。


 しかし、そこで俺はすぐには町に入らなかった。

 代わりに、アースガルド王国の屋敷へと再び転移で戻ることにした。


(町に入るのは、不自然に思われないよう、念のため二日後にしておこう)


 一瞬で熱帯の空気から解放され、屋敷の適温に包まれる。


 こうして俺は自室に戻り、いつも通り夕食を平らげ、広い風呂で足を伸ばして疲れを癒してから、清潔なシーツの上で深い眠りについた。現地で野宿をしているていで、優雅な夜を過ごす。


 これもまた、強者の特権というやつだ。



 ***


 一方で、俺の留守中もアースガルド王国では激しい内乱が続いていた。


 反乱を鎮圧するため、リアム王子率いる王家軍が、カストル侯爵領へと猛攻を仕掛けているのだ。


 カストル侯爵軍は広大な農地をわざと泥濘ぬかるみに変え、鉄壁の防御を固めて待ち構えていた。


 足を踏み入れれば腰まで沈む底なし沼。

 それが彼らの天然の城壁だった。


 だが、王国軍もそれに対抗する手段を用意していた。

 高品質の「氷の魔石」を用い、泥沼の地面を凍らせて強引に足場を確保したのだ。


 パキパキパキッ……という硬質な音と共に、茶色い泥が白く凍てついていく。

 吐く息も白くなるほどの冷気の中、泥沼は堅牢な氷の大地へと変貌した。


 足元が安定し、鋼の鎧に身を包んだ重装備の王国軍主力が、軍靴を鳴らしてじわじわと迫りくる。その圧倒的な威容を前に、徴兵されたばかりの農民兵たちの士気は一気に崩壊したようだ。


 戦場からは逃亡や投降が相次いでいるという。


 事前にリアム王子の名で、「強制的に徴兵された農民兵は罪に問わない」という寛大な布告を出していたことも、大きなプラスとなって働いたようだ。


 王国軍は順調に、敵の防御陣地を次々と攻略していった。



 ***


 実は、この攻略に用いられた大量の魔石は、我がドワーフ領から採掘されたものだ。


 アイゼン山脈の山頂付近では、通常種の水属性ではなく、特殊な「氷属性」の魔石が多く産出される。


 現在、王国には武具だけでなく魔石も大量に買い取ってもらっている。

 戦時需要のおかげで、こちらとしては思わぬ臨時収入が転がり込んでいる状況だ。


 俺は一応、王国側の陣営に名を連ねている。

 そのため物資は無償での譲渡を要求されるかと思っていたが、リアム王子――あるいは王国の上層部は、俺にこれ以上の「借り」を作りたくはなかったらしい。


 すべての物資は、正規の値段できっちりと買い取られた。


 ただ、一つ不満を挙げるとすれば、支払いが現物の金貨ではなく「金券」だったことだ。手渡されたのは、王国の刻印が押された分厚い紙の束。


(……俺の方針としては、換金性の高い金貨や銀貨を手元に残し、紙切れ同然になりかねない金券はさっさと使い切りたいんだがな)


 国が傾けばただの紙くずになるリスクがある。

 とはいえ、広大な領地の運営資金すべてを硬貨で賄うのは物理的に不可能だ。あまりに露骨な金の動きを見せれば、変に勘ぐられて足が付いても困るだろう。


(まあ、怪しまれない程度の範囲内で、手持ちの金券は気前よく散財することにするか……)


 本来なら世界を滅ぼすラスボスになるはずの俺が、反乱軍を組織するどころか、こうして王国サイドの重鎮として名を連ね、あまつさえ戦争遂行のための物資を提供している。


 なんとも皮肉な話だ。

 ゲームのシナリオ通りに大規模な世界大戦が発生するかは未知数だが、万が一の備えだけは万全にしておく。


 こうして王都でゆったりとした二日間を過ごした後、俺は再び、アドラステア帝国へと転移した。


 計算通りの日数を経て、俺は悠々とザルツ山脈のふもとの町「グラート」へと足を踏み入れた。わざとらしく衣服に少し土をつけ、旅の疲れを装いながら。

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