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第253話 暗躍する者たち

 (メリンダ・ランカスター視点) 


 メリンダ・ランカスター。

 彼女は貧乏男爵家の令嬢であり、現在は切迫した実家の困窮を救うため、金目当てで奴隷商の息子――あの「子ブタ」と婚約している。


 しかし、彼女自身は決してそれを良しとしているわけではなかった。

 要は、実家の困窮さえ救えれば、相手は誰でもいいのだ。


(そうよ。私のこの類まれなる美貌をもってすれば、上級貴族のめかけに滑り込むことだって造作もないはずだわ。何もあんな冴えない子ブタに嫁入りして人生を棒に振る必要なんてないのよ。お金だけが目当ての結婚なんて、あまりに不純ですもの)


 意外にも乙女チックな思考を持つメリンダは、麗しい容姿と高い身分を兼ね備えた男との「真実の恋愛」を渇望していた。


 子ブタの汗ばんだ手や、脂ぎった肌を想像するだけで鳥肌が立つ。


(あの子ブタの子を孕むなんて、絶対に御免だわ。それは人生の破滅そのものよ。私は何としても、その破滅を回避してみせる!)


 自分に降りかかる「破滅フラグ」を叩き折るため、彼女はこれまで必死に立ち回ってきた。


 その一環として、まずはリアム王子に接触。「ゼノス・グリムロックがドワーフの姫を奴隷にしている」というスキャンダルをリークした。


 その時は、これで全てが上手くいくと確信していた。


 しかし、結果は最悪だった。


 事もあろうに、ゼノスはドワーフの姫であるエイルを奴隷にはしていなかったのだ。不確かな情報を流して王室を混乱させたとして、王子の側室になるという淡い期待は、あっけなく霧散した。


 それでも彼女は諦めなかった。


 次に彼女はゼノス・グリムロック本人に近づき、「ドワーフ領の統治者として処女権を設定すべきだ」と悪魔の進言を行った。


 ゼノスに金と女を搾取させ、増長して横暴を働くようになったところを、改めて王子に通報しようと画策したのだ。


 今度こそ王子の妾になれる――

 そう信じてのことだった。


 しかし、またしても計算が狂う。

 ゼノス・グリムロックは、彼女のあからさまな誘いには全く乗ってこなかった。

 まるで汚いものを見るような目で、彼女をスルーしたのだ。


(おのれゼノス……。私の破滅回避を、ことごとく邪魔する男!)


 彼女の必死の努力は、一向に報われない。

 しかし、それでも彼女の心は折れなかった。


 冬の寒空の下、かじかむ手をこすり合わせながら、彼女は破滅回避の機会を狙い続けた。季節は、寒風吹きすさぶ冬へと移り変わる。


 そんな中、彼女に思ってもみない幸運が舞い込んできた。なんと、カストル侯爵の嫡男であるオーギュストが、直々に彼女の身柄を要求してきたのだ。


(やったわ! 少し影はあるけれど、そこそこのイケメンからのご指名よ! これで私は、名門侯爵家の跡継ぎの妾になれるんだわ!)


 だが、この千載一遇のチャンスも、あの子ブタとタッグを組んだゼノスによって無残に阻まれてしまった。


 メリンダは唇を噛み締め、爪が食い込むほどに拳を握りしめる。


(おのれ、ゼノス~~!! どこまで私の破滅回避を邪魔すれば気が済むのよ!)


 だが、メリンダは転んでもただでは起きない女である。


 彼女は次に、カストル侯爵が密かに「一万人分の武具」を購入しているという重大な情報を、再びリアム王子にリークすることに決めた。これが成功すれば、過去の失態を帳消しにできるはずだ。


(でも、今度こそ慌ててはダメよ。前回は調査不足で王子の信用を損なってしまったわ。今回は、完璧に裏を取ってから報告しましょう)


 彼女は裏社会の情報網にアクセスし、カストル侯爵領の徹底調査を依頼した。


(あの子ブタからプレゼントされた忌々しい「下着」を売って得たお金が、私の破滅を回避する資金になるのよ!)


 子ブタの趣味全開の悪趣味な下着が、意外にも高値で売れたのは皮肉だった。


 そうして慎重に裏取りを済ませた後、彼女は満を持してリアム王子との面会に臨んだ。学園にあるリアム王子専用サロンの冷ややかな空気の中で、彼女は精一杯の恭しい態度を作る。


「……それで、私に話したいことというのは何かな?」


「殿下。実は、カストル侯爵に謀反の兆しがございます……」


「……ああ。その情報なら一週間前に、ゼノス・グリムロックから報告を受けていてね。もうすでに、こちらで調査を開始しているところなんだ」


 王子の言葉は、氷のように冷たかった。

 皮肉なことに、彼女が提供した情報の鮮度はすでに古くなっており、もはや価値などなかった。


 メリンダの顔から血の気が引いていく。


(またしても、私の邪魔を――! おのれ、ゼノス~~!!)


 彼女の執念深い破滅回避の試みは、まだ続く。


 雪解けの春は、まだ遠い。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 


 (悪役貴族、オーギュスト・カストル視点)


 侯爵家嫡男、オーギュスト・カストル。

 彼は、異世界の知識を持った「転生者」であった。

 そして彼の人生は、持って生まれた「闇属性の魔力」に翻弄されるものとなる。


(異世界転生か。それもこれほどの貴族階級に生まれるとは、ついている)


 豪奢な天蓋付きベッドで目覚め、召使いにかしずかれる生活。

 彼は前世の記憶を取り戻してすぐに、この特権的な地位を利用して「悪の限りを尽くす」ことを心に決めた。


(もうすでに強力な魔法が使えるんだ。今さら修行とか、そんなかったるい真似をしなくてもいいだろう。思う存分、平民どもを虐め抜いてやる)


 しかし、根が人見知りである彼は、学園では大人しく振る舞っていた。

 配下のレオニード・グラーフに対しても、「目立つような真似はするな」と厳命してある。


 彼は身分が低く、かつ大人しい相手を選んで、こっそりと虐めることで学園生活の鬱憤を晴らしていた。


 そして長期休暇で実家に帰省した際、彼は待望の「本物の悪事」に手を染める。

 領内でも人口が少ない辺境の村を選び出し、彼はその村の住人を一人残らず皆殺しにしたのだ。


 血の匂いが漂う村の広場で、オーギュストは恍惚とした表情を浮かべていた。

 闇の魔力に突き動かされるまま、一人一人を確実に殺めていく。


 魔力が底を突くと、一度宿営地に戻って優雅に休憩。

 温かい紅茶を啜りながら、次なる処刑のプランを練る。その間は部下の兵士たちが村を隙間なく囲み、一人として逃亡させないように監視させた。


 数日をかけて、命乞いをする村人たちを文字通り殺し尽くした。

 彼は血の海に沈んだ村を眺め、部下たちにこう命じた。


「この村では恐ろしい疫病が流行していたのだ。だから俺は、断腸の思いで彼らを処分した……。いいな? 外ではそう言って回るのだぞ」


 オーギュストは、これで「自分は領民を病の流行から救った決断力のある跡継ぎ」として慕われるだろうと、本気で考えていた。


 しかし、現実はそう甘くはなかった。


 同行していた部下の兵士たちは、事実をありのまま周囲に吹聴した。

 彼らにも一抹の良心があり、このような悍ましい悪事の片棒を担ぎ続けることに、もはや耐えられなかったのである。


 酒場の片隅で、彼らは震える声で真実を語り始めた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 


 (氷結の魔人・「絶零ぜつれいのアブソリュート」視点)


 魔界。

 その中でも極寒の地に居を構える「絶零のアブソリュート」。


 絶対零度の冷気が支配する氷の城郭。

 その牙城に、一人の魔人が姿を現した。


 「転移の魔人」アシュラフである。


「……オルカスの部下が、私に何の用だ」


 アブソリュートの声は、空間そのものを凍らせるかのように重く、冷徹だった。


「アブソリュート様。あなた様に、極上のいい話をお持ちいたしました」


「ふん。やはり貴様、底の知れぬ食わせ物であったか。あのオルカスの配下に収まったのも、何か別の狙いがあってのことか?」


「ええ、もちろんですとも。私は、あなた様こそが次期魔王に最も相応しいと考えておりますので」


 アシュラフは恭しく頭を下げるが、その瞳の奥には計算高い光が宿っている。


「――で、その話とやらは何だ」


「『人間界の支配』に、興味はありませんか? 魔界での勢力争いは、もはや膠着状態にあります。一足先に人間界を手中に収めるのも、一興かと存じますが」


「……ふん。移動する手段があるまい」


「実は――私は、自身の戦闘能力が極めて弱いおかげで、人間界へと移動することが可能なのです。私があちら側で必要な『生贄』を用意しさえすれば、アブソリュート様をそちらへ召喚することも可能となります」


 「転移の魔人」と「氷結の魔人」による不穏な密談。


 轟々と音を立てて吹き荒れる吹雪の中で、二人の禍々しい対話は、まだ続いていく。氷の城の影が、世界を覆いつくすかのように長く伸びていた。

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