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第250話 不可避の速攻

(ゼノス本体視点)


「ここで、負けるという選択肢は――ないよな」


 俺は「クロノス・ヴァイス」を死守するように握りしめ、浮遊魔法を発動した。

 まずは地面を強く蹴り、一気に上空へと飛翔する。


 その後、空中で素早く体勢を整えた。

 はるか遠く眼下には、泥と血にまみれた戦場が広がっている。


 進行方向にある戦場へと顔を向け、地面に対して平行、かつ「うつ伏せ」の状態になる。バトル漫画でキャラクターが空を飛ぶ姿勢だ。


 その状態で「プロテクション」を展開し、自らをダメージカット状態に置く。

 光の膜が全身を覆うのを確認し、覚悟を決める。


 そして――

 俺は足元で、高威力の爆裂魔法を炸裂させた。


 ドカァアアアアアアアアンッ!!


 背後で世界が崩壊したかのような轟音。

 凄まじい大爆発の爆風と衝撃。それを推進力に変え、俺は一直線に弾丸となって飛行する。


「ぐぅっ……!」


 プロテクション越しでも伝わる強烈なGに内臓が軋むが、構わず「時間加速」を併用。腕や足のわずかな動きで、空力制御を行い進行方向を微調整。さらに爆発を追加し推進力を上乗せして加速を重ねる。


 風切り音が甲高い悲鳴へと変わり、俺は速度を極限まで増しながら、淀んだ魔界の空を切り裂いていく。


 空気を貫き、文字通りの「弾丸」となって飛翔した俺は、瞬く間にキラー・マシーン一号機と深緑のバルゲローグ、そして乱入した「天馬の魔人」が激突する地へと接近した。


 そのままスピードを一切緩めることなく、乱戦の只中へと突っ込む。



 ***


 戦場に到達する直前、俺は「時止めの魔法」を発動させた。


 世界から色彩が失われ、全てが凍り付く。

 この魔法の行使中は、俺の思考速度のみが極限まで加速される。それでも、超高速移動を行っている俺の肉体は、止まった世界の中でゆっくりと前へと進んでいた。


 戦闘の渦中にあるキラー・マシーン一号機と二人の魔人も、極めて緩慢ではあるが動いている。


 水飛沫の一粒一粒が、空中で宝石のように静止しているのが見えた。


 俺は標的を天馬の魔人へと定め、その心臓を射抜くように進行方向を微調整した。この魔法の最中でも、ゆっくりとであれば、自らの身体を動かすことは可能なのだ。


 両手で構えた剣先が、天馬の魔人の心臓を確実に貫く位置にくるよう調整を終える。このまま進めば、必中する。その確信を得た状態で、俺はさらに足裏で爆裂魔法を起動し、推進力をダメ押しで追加した。


 ――「時止め」を解除。

 世界に色が戻った、次の瞬間。


 俺は深い泥の中に埋もれていた。


 ドスゥッ!

 という肉を貫く感触と、凄まじい激突音。


 専用武器「クロノス・ヴァイス」で魔人の心臓を深々と突き刺し、そのままの勢いで衝突。余勢を駆って沼地へと突撃した俺たちは、泥の奥深くまで一気に潜り込んだのだ。


 自らの身を弾丸とする、文字通りの「自爆型特攻攻撃」である。



 ***


 視界が暗黒に染まり、全身を冷たく重い圧力が包む。


 俺は泥沼の中で、再び「時止め」を使用した。

 あらかじめ「プロテクション」を使用していたおかげで、本体へのダメージはほぼ皆無だ。


 だが、口の中にまで入り込もうとする泥の不快感だけはどうにもならない。


 泥の中で生死こそ不明だが、天馬の魔人の心臓には「クロノス・ヴァイス」が寸分の狂いもなく突き刺さっている。


 剣の根元まで完全に刺さっているため、魔人の気配はすぐそばにあった。

 なんと、魔人はその状態からでも、なお俺を攻撃しようと腕を動かしてくる。泥の中で蠢くその姿は、執念を通り越して恐怖すら感じる。


(……まだ生きているのかよ、こいつは)


 死に体なのか、あるいはまだ余力があるのかは判然としない。

 心臓を貫かれて動ける生物など、常識の範疇にはいない。


 俺は迷わず、剣の刀身を伝わせて「時限式爆裂魔法」の魔力を奴の体内へ注入した。


 ドクン、と魔力が流れる感触。

 そして即座に「転移」を発動し、不快な沼地から脱出する。


 沼の上では、キラー・マシーン一号機と深緑のバルゲローグが、互いを牽制し合いながら沼へと沈んだ俺たちの行方に意識を向けていた。


(ここまでの戦闘で、かなりの魔力を消費してしまったな。精神的な疲労も大きい)


 魂の分割による疲弊に加え、連続する高位魔法の行使。

 脳の血管が焼き切れそうな感覚を押し殺し、早く決着をつけたいと願う。


 俺は時を止めたまま、もう一度「転移」を重ねた。



 ***


 転移先は、沼地のはるか上空。


 高度にして、おおよそ一万メートルあたりだろうか。

 魔界の空は常に不吉な色の雲に覆われ、薄暗く淀んでいる。


 気温は氷点下。

 肺の中の空気が凍り付くような寒気と、希薄な酸素。


 そこで「時止め」と「浮遊魔法」を解除。

 俺は重力に従い、自然落下を開始した。


 ヒュオオオオオオオッ……!


 風が耳元で轟音を立てる。

 今度は爆裂魔法による加速は行わない。


 敵はとんでもない手練れだ。

 推進力を得るために爆発を起こせば、速攻に勘付かれる恐れがある。

 

 音もなく、気配もなく、ただの死の塊として降り注ぐ。


 先ほどの奇襲は、すでに見せてしまった手だ。

 次の一撃は、爆発の予兆を与えずに叩き込みたい。


 俺の落下速度は加速度的に上昇していく。

 眼下の沼地では、戦いが一時停止していた。


 お互いに、相手の出方を伺う様子見の状態だ。


 その時、天馬の魔人が沼から勢いよく飛び出してきた。


(まだ生きていたのかよ、あいつは)


 泥まみれになった白い翼を羽ばたかせ、天馬の魔人は空中で「おのれぇ~~~!!」と凄まじい咆哮を上げた。


 その声は、空気を震わせるほどの怒気に満ちている。


 俺は落下しながら剣を構え、緻密に軌道を修正する。

 狙うのは、今まさに油断している深緑のバルゲローグの真上だ。


 だが、カエルの魔人が何かに気づいたように、背中のイボを震わせ、突如その場を飛び退いた。


 さすがは野生の勘と言うべきか。


 俺は瞬時に「時止め」を使い、進行方向を強引に再調整する。

 さらに足元で爆裂魔法を炸裂させ、一気に加速した。


 逃げ場など与えない。


 ――ずしゃっ!!


 湿った音と共に、カエルの魔人の顔面へと、「クロノス・ヴァイス」を真っ向から突き刺した。


 ゴムのような皮膚を突き破り、頭蓋を砕く感触。

 そして俺はそのまま、再び沼地へと猛烈にのめり込む。


 本日三度目となるダイブだ。

 もう泥の味にも慣れてきた自分が恨めしい。


 俺は沼の中で、念押しとして深緑のバルゲローグの体内にも「時限式爆裂魔法」の魔力を流し込んだ。


 そして、沼の外へと転移する。



 ***


「……貴様、何者だ」


 天馬の魔人――

 白翼のペガススーンが、凄まじい形相で俺を睨みつけてくる。


 胸からは大量の血が流れ、自慢の白翼は泥で黒く汚れている。

 心臓を貫かれたというのに、まだ死なないのか。


 とんでもないタフさだ。


 しかし、決して余裕があるわけでもなさそうだ。

 肩で息をしており、その表情は苦悶に歪んでいる。


「この白翼のペガススーンを泥に沈めるなど、決して許さぬぞ……っ!」


 そっちの怒りかよ。

 こいつが憤っているのは心臓を貫かれたこと自体ではなく、誇り高い自身を「沼に沈められた」ことらしい。


 どこまでもプライドの高い奴だ。


「おまけに、この私にこのような深い傷を……。全快までには数年はかかる。それまでは大人しくするしかあるまい。魔王継承戦からは脱落か……。人間如きに、私の予定を狂わされるとはな。……きっちりと、報いは受けてもらうぞ」


 ペガススーンは空中で静止し、深く構えをとった。


 腕を引き絞り、必殺の正拳突きを放つ構えだ。 全身から立ち昇る闘気が、周囲の空間を歪ませている。


 奴の空中での移動スピードは異常といえる。

 動いたと思った次の瞬間には、俺の体は奴の蹄爪ひづめによって貫かれているだろう。


 だが――。


「……無駄だ。ペガススーン。お前はもう、死んでいる」


 俺がそう告げた、直後のことだった。


「な、に……?」


 白翼のペガススーン。

 そして沼の中にいた深緑のバルゲローグ。


 二人の魔人の体が、内側から膨れ上がり――

 同時に凄まじい大爆発を起こした。


 ドゴォオオオオオオオオオオンッ!!!


 赤黒い爆炎が魔界の空を焦がし、肉片が花火のように飛び散る。

 轟音と猛烈な爆風と共に、魔界の湿原を揺るがした戦いは、唐突に幕を閉じた。


 後に残ったのは、静寂と、ただよう硝煙の匂いだけだった。

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