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第249話 白翼のペガススーン

 (キラー・マシーン一号機・ゼノス分体視点)


 俺は今、魔界に広がる広大な湿地帯にいた。

 視界に映るのは、空間把握能力が捉えた灰色の空と、腐った水面。


 そこで俺は、魔王候補の一人である「カエルの魔人」深緑のバルゲローグと、激しい戦闘を繰り広げていた。


「聞いとった姿とは違うが、こ奴がアシュラフの言う『オルカス』の刺客か……。なかなか、やりおるのぉ」


 バルゲローグは俺の反撃を受けると、ぬるりと濡れた足音をさせながら一旦距離を取った。そして、手に持った豪奢な杖をこちらへと向け、強力な水魔法を放ってきた。大気中の水分が一瞬にして収束し、殺意の塊へと変わる。


「近づくと――どうにも力が入らぬな。ならば、これでどうじゃ!!」


 ――どうっ! どうっ! どうっ! どうっ!


 連続して放たれるのは、高威力かつ高出力の水球だ。


 空気を引き裂く音と共に迫りくる、まともに食らえば山をも削り取りそうなその攻撃魔法――だが、俺はその場から一歩も動かずにやり過ごす。鋼鉄の足が、泥の中に深く根を張ったように微動だにしない。


 俺には「魔封印」という特殊能力が宿っている。


 効果範囲は、最大で半径二メートル。

 その見えない結界内に侵入した魔法は、問答無用で霧散する。


 バルゲローグが放った魔法もその例外ではなく、俺に到達する直前で「ジュッ」という音を立てて分解され、無害な霧となって消えていった。


 俺から狙いを外れた攻撃魔法は、はるか後方の沼地に着弾し、巨大な水柱を上げている。


 降り注ぐ水飛沫が、俺の機体の装甲を濡らした。


 一方、沼地に潜むバルゲローグの部下――巨大なカエルの魔物たちは、俺の本体が「時限式爆裂魔法」で次々と撃破中だ。


 ドォォン! 

 と腹の底に響く重低音と共に、ランダムにカエルの魔物たちが爆発し、巨大な炎の柱が天を焦がしている。焼き払われた肉の臭気が、湿った風に乗って漂ってきていることだろう。


 やがて、バルゲローグの攻撃が止んだ。

 魔法が効かぬことに業を煮やしたのだろう。


「……ふむ。この攻撃をすべて打ち消して凌ぐか。貴様のような手練れが自ら魔王に立候補もせず、オルカスの甘言に甘んじておるとはな。なんだ、従っているふりをしておいて、奴を後ろから刺す気か?」


「……さあ。どうだろうな」


(アシュラフでもあるまいに、そんな面倒なことする気はねーよ)


 俺はバルゲローグと鋭く睨み合う。


(魔力を無駄遣いしてくれて助かった。このまま時間が過ぎれば、本体が魔物を処理して駆けつけるはずだ。そうなれば、二対一の状況が作れる……)


 勝利への算段を立てていた、その時だ。

 俺に備わっている魔力感知能力が、異常な高エネルギー反応を検知した。


 ――どごぉおおおおん!!


 凄まじい轟音が湿地帯に響き渡った。


 大気が悲鳴を上げるような衝撃波。

 突如として上空から出現した新手の魔人が、本体を強襲したのだ!


 信じられないほどの高速で天空から現れたそいつは、流星のごとき勢いでそのまま本体を蹴り飛ばす。


 衝撃を受け、本体は泥沼の底へと沈んでいった。

 泥水が噴き上がり、波紋が広がる。


 新手の魔人はその上空を旋回し、本体が再び浮かび上がってくるかどうかを確認している。白い翼が風を切り、優雅に、しかし冷酷に獲物を見下ろしていた。


(本体には『身代わり術式』がある。だから、あれだけで死ぬことはないはずだ。だが、さて、ここからどうする? 肉弾戦の最中に転移を使う余裕はないだろう。いざとなれば、機体を捨てて魂だけの転移は可能だが……)


 コア魔石を通じて、本体とのパスが繋がっていることは確認できた。


 だが、状況は最悪だ。


「おっと。逃がさんぞ」


 バルゲローグが水魔法の連射を再開した。


 俺が魔法を凌げるのは分かっているはずだ。

 それでも攻撃を放ってくるのは、ここから逃がさないための牽制攻撃だろう。水球の雨あられが、俺の周囲の空間を埋め尽くす。


 本体が浮かび上がってこないのを確認すると、新手の魔人はバルゲローグの隣へと降り立った。純白の翼を畳み、蹄鉄の音を響かせて着地する。


「こいつが、アシュラフの言っていた敵か? 深緑のバルゲローグ」


「ああ。頑丈な身体をしておる上に、魔法を打ち消すのが異常にうまい。気を付けろよ、白翼のペガススーン」


 やはり、魔王候補同士で手を組んでいたようだ。

 薄暗い魔界の湿地帯に似つかわしくない、神々しいまでの白い輝き。


 「天馬の魔人」白翼のペガススーン。

 ペガサスを擬人化したような姿の魔人だ。


 その背に生えた羽を使い、自在に空を舞う。

 だが、その瞳に宿るのは慈愛ではなく、獲物を嬲る残虐な光だ。


(厄介なことになったぞ。これは……)


 魔封印で魔法を無効化できるとはいえ、この場から下手に動かない方がいい。


(もし敵が、俺の能力がオート発動だと気づけば、魔法攻撃から物理攻撃へと完全に切り替えてくるはずだ)


 今はまだ、魔法攻撃の連射が牽制として役立っていると思わせておきたい。


 俺がその場で身構えていると、白翼のペガススーンが不意にその姿を消した。


 否、消えたのではない。

 超高速で、俺の周囲を動き回っているのだ。


 風圧だけが機体の表面を撫でる。

 そして、俺の死角を突くように鋭い蹴りを入れてきた。


(この機体に入っているときは、空間把握能力のみで周囲の情報を感知している。だから、俺に『死角』なんてものは存在しないんだけどな)


 どうやら魔人たちは、機体についている意味のない装飾の「顔」が本物だと思い込んでいるようだ。


 俺の意識は全方位に展開されている。

 敵の高速飛行を、空間把握能力が辛うじて把握していた。


 とはいえ――。


 ――がごぉおおおん!!


 俺は敵の動きを把握していながらも、反応しきれなかった。

 機体が軋み、衝撃が内部へと浸透する。


(速すぎる……! それに、俺の動きがわずかに鈍い)


 魂を分割している影響による、思考と機体制御のラグ。

 そのコンマ数秒の遅れが、このレベルの戦闘では致命的だ。


 ――ドゴっ! がごっ! ばごっ!


 白翼のペガススーンは縦横無尽に空中を飛行し、残像を残しながら俺に連続攻撃を加えまくる。


 間断なく続く魔法攻撃と、重く硬い蹄の蹴り。

 魔法の方は無効化できているが、物理攻撃によって機体が確実にダメージを受けていく。装甲板が凹み、関節部から火花が散った。


(この身体に痛覚はない。だが、魔力回路や可動部にダメージが蓄積すれば、いずれ動けなくなるぞ)


 機械的な警告音が脳内に響く中、焦燥感が募る。


 しかし、俺もただやられっぱなしでいるわけではない。


 ――ずさっ!


 敵の攻撃に合わせ、俺は装備していた剣でカウンターを食らわせた。

 激しい攻防の中で、敵のスピードに徐々に反応できてきている。ラグの感覚を掴み、予測位置へ先んじて刃を置く。


 こちらの腕は四本だ。


 攻撃は食らう。

 だがそれと同時に、敵の体にも確実に攻撃を食らわせていった。


 白い羽が血に濡れ、宙を舞う。


「ええい。らちが明かんな!」


 しびれを切らしたか、深緑のバルゲローグも魔法攻撃から物理攻撃へと切り替えてきた。ぬらりとした巨体が跳躍し、杖を棍棒のように振り下ろしてくる。


 魔王候補二人による、同時連続攻撃。


 速さと重さ、異なるリズムの猛攻。

 こちらは腕が四本あるとはいえ、流石に対応しきれない。


 視界のアラートが赤く染まる。


(まずいぞ。このままではやられる……!)


 機体の限界を感じ、俺が敗北を意識した、その瞬間だった。


 ――ずしゅっっっ!!!


 空気を貫く鋭利な音。


 遠距離から、超高速で飛来してきた本体が――。

 まるで一筋の黒い雷のように。その手に握られた「クロノス・ヴァイス」で、白翼のペガススーンの心臓を正面から貫いた。


 ――どぼぉおおおおん!!


 本体はそのまま勢い余って、ペガススーンと共に沼の中へと深くめり込んでいった。巨大な水柱が上がり、泥水が雨のように降り注ぐ中、俺はただ呆然とその光景を見つめていた。

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