第247話 本格的な実戦
(キラー・マシーン一号機・ゼノス分体視点)
現在、俺は意識の一部をキラー・マシーン一号機へと移している。
視界に広がるのは、空間把握能力によって取得された、数値と座標が重なるデジタルな光景だ。
機体内部に据え付けられた魔導コア。
ドクン、ドクンと魔力を脈打たせるその輝きが、今の俺にとっての心臓だ。
俺はこの鋼鉄の機体として、生身の本体と共に魔界の湿地帯を散策している。
機体スペックは全長二メートル。
六本の足と四本の腕を備えている。
全身が冷たい金属で構成されたこの身体はかなりの重量級だが、今は浮遊魔法を常時展開中だ。
おかげで重さを完全に無視して宙に浮き、腐った水面やぬかるんだ地面を軽く蹴るだけで高速移動が可能となっている。
駆動音がウィーンと低く唸り、泥を跳ね上げることなく滑るように進む感覚は、生身のそれとは全く異質で奇妙な万能感があった。
今回の目的は、この場所を根城にしている魔界の実力者――
魔王候補の一角、「深緑のバルゲローグ」を討つことにある。
カエルの魔人であるバルゲローグは、全長わずか一メートルほどだという。
見た目こそ小柄だが、決して油断はできない。
何しろ「魔王候補」ともなれば、その実力はこの世界の真のラスボスである「オルカス」に匹敵するはずだからだ。
湿った風に乗って漂う、肌を焼くような濃厚な魔力の残滓。
どいつもこいつも、一筋縄ではいかない強者であるに違いない。
そもそも「ラスボス」とは、本来なら主人公に負けるために存在するものだ。
しかし、それは絶対の真理ではない。
戦力が不足していたり、戦い方を誤ったりすれば、主人公側が敗北する展開だって十分にあり得る。さらに、この現実というクソゲーにおいて、ご都合主義の救済措置など存在しないのだ。
ラスボスが弱ければ、ゲームとしての面白さは半減してしまう。
手応えのない敵を倒したところで、達成感など得られないからだ。
だからこそ、ラスボスは理不尽なほど圧倒的に強く設定されている。
そんな絶望的な敵に対し、このゲームの主人公が勝利できるのは、ひとえに「相性」で戦力差を埋めているからに他ならない。
そして、これから俺が戦う相手も、まさにそのレベルの強敵だ。
闇属性を冠する魔王に対して、主人公が振るうのは光属性。
その絶対的な相性の良さがあるからこそ、主人公は魔王を何とか打倒できるように設計されている。
(……だが、俺の魔力は奴らと同じ闇属性だ。属性の相性で戦力差を埋めることはできない)
つまり、策を弄さぬ素の力で、魔王を上回らなければ勝利は掴めない。
しかも、今の俺は魂と呼ぶべき意識を四つに分割している状態だ。
頭の芯に、常に霧がかかったような鈍いノイズが走る。
意識は均等に分けているわけではなく、本体に最も多くを割いている。
言い換えれば、今この機体に宿っている俺は、「意識の切れ端」に過ぎないのだ。
この限られたリソース、演算能力で戦い、そして倒さなければならない。
この広大な湿地帯を牛耳っている魔王候補、深緑のバルゲローグを。
***
ズブブッ、と不快な音を立てて泥が爆ぜた。
沼地を進んでいた俺と本体は、地中から突如として現れた巨大カエルの奇襲を受けた。俺は即座に本体と距離を取るように、その攻撃を回避する。
敵の狙いを分散させるためだ。
先ほどまで静寂に包まれていた広大な湿地帯には、今や巨大なカエルの化け物がひしめき合っている。
ゲコゲコという大合唱が、重低音となって大気を震わせていた。
俺はそれら化け物の隙間を縫うように、高速で沼地を駆け抜けた。
四本の腕にそれぞれ取り付けられている剣で、立ち塞がる敵を斬り伏せながら走る。振り下ろした刃が肉を断ち、体液を撒き散らすが、鋼鉄のボディには何の感慨も湧かない。
浮遊魔法の恩恵により、底なしの沼であっても表面を軽く蹴るだけで、アメンボのように軽やかに進むことが可能だ。
俺の役割は、あくまで本体のサポート。
敵に確実にダメージを与えつつ、徹底した攪乱に努めることにある。
***
高速で沼地を疾走する俺の視界の先に、一匹のカエルが待ち構えていた。
全長一メートルほど。
緑色の肌をした擬人化されたその姿こそが、魔人バルゲローグだ。
奴は豪奢な装飾が施された魔導士の杖を携え、上質な法衣を纏って静かに水面に立っていた。その佇まいには、雑魚魔物とは一線を画す「王」としての風格が漂っている。
一目見た瞬間に、本能が理解する。
(……こいつは強い。見た目から推測するに魔法使いタイプか。だとしたら、俺にとってはラッキーだな)
俺には「魔封印」という特殊能力が備わっている。
あらゆる魔法を問答無用で霧散・無効化させる、対魔法における絶対的な権能だ。敵が魔法を得意としているのであれば、これ以上ないほど相性がいい。
勝利の確信に、仮想の口元が緩む。
僅かに安堵した次の瞬間――
敵が視界から掻き消えた。
直後、側面から凄まじい衝撃が叩き込まれた。
――ドゴォオオォンッ!!
金属を激しく打ち付ける轟音が、静かな湿地帯に木霊した。
視界が激しく明滅し、警告音が脳内に響き渡る。
***
(くそっ……! 危険感知が発動してから「時止め」を使う前に、攻撃を食らっただと!? しかも、身体強化なしでこの威力か!!)
魂を分割している弊害か。
思考と魔法の発動に、わずかな遅延が生じている。
オンラインゲームで回線が重い時のような、あのもどかしさ。
魔力の精密制御も、普段に比べれば酷く雑だ。
しかも、今使える魔力も十全な状態からは程遠い。あまりに使いすぎて戦闘不能(ガス欠)に陥るような事態だけは避けなければならない。
(……魔力の使用ペースも、慎重に配分を考えなければな)
幸い、かなりの衝撃を受けたはずだが、この機械の身体に「痛み」という概念はない。あるのは「装甲損傷軽微」というデータのみ。
吹き飛ばされている最中に、俺は機体を安定させるべく各部を駆動させ、空中で体勢を立て直した。
ジャイロが正常に作動し、水平を取り戻す。
動作に支障はない。
もともと激しい戦闘を想定して造った機体だ。
可動部や魔力伝達路は、容易には壊れない設計になっている。
浮遊魔法を維持していたおかげで、沼の深みへ沈むこともなかった。
俺は再び水面へと降り立ち、力強く立ち上がる。
間髪入れず、バルゲローグの追撃が迫った。
水飛沫を上げることもなく、音もなく迫る影。
(……あれだけ吹っ飛ばしておいて、追撃がこの速さか。コイツ……!)
容赦なく掌底を放ってくる敵に対し、俺は腕に取り付けた剣を鋭く突き出した。
だが、そのカウンターをバルゲローグは宙に浮いたまま、独楽のように器用に回転してかわしてみせる。
そして、手にしていた杖を振るってこちらを強打してきた。
――ガッ!!
その一撃を、俺は交差させた剣でどうにか受け止める。
衝撃が腕部パーツを伝い、機体全体を軋ませる。
(最初の不意打ちは綺麗にもらったが……ようやく敵のスピードに慣れてきたぞ)
密着し、動きの止まったバルゲローグを逃さない。
俺は残る二本の剣を、最短距離で突き立てた。
――ずにゅっ!
確かな手応え。
剣はクリーンヒットした。
……にもかかわらず、その感触は敵の身体を切断するには至らなかった。
硬質なゴムのような弾力に阻まれ、わずかに表面を斬り裂いただけで止まってしまったのだ。まるで分厚いタイヤを切りつけたかのような、嫌な反発感。
(そこらのなまくら刀じゃない。エイルたちが精魂込めて鍛え上げた逸品だぞ、これ……!)
バルゲローグは俺の攻撃を受けるや否や、素早くバックステップを踏んで距離を取った。そして、ぬらりとした顔を歪め、愉快そうにこう呟いたのである。
「……ふむ。聞いておった姿とは少々違うようだが、こ奴がアシュラフの言う『オルカス』の刺客か。……なかなかやりおるのぉ」
その言葉に、俺は内心で眉をひそめた。
どうやらアシュラフの野郎、俺が襲撃をかけることを事前にバルゲローグへ漏らしていたらしい。
しかも、俺を「オルカスの放った刺客」だと偽って。
あの陰気な執事め、余計な種を撒きやがって。
(まあ、得体の知れない人間が攻めてくるから気をつけろと言ったところで、バルゲローグも本気にはしなかっただろうしな……)
アシュラフが一体どういう意図で情報を流したのかは知る由もない。
混乱を招きたいのか、俺の実力を試したいのか。
だが、俺のやるべきことに変わりはない。
バルゲローグを倒す。
ただ、それだけだ。




