第244話 トライ&エラー
アースガルド王国で、ついに反乱の火蓋が切って落とされた。
王国西南部の肥沃な大地を領地として持つ、カストル侯爵による公然たる反逆行為である。
これに対し、王国軍はリアム王子を総大将に据え、討伐軍の編成を急ピッチで進めている。街の空気は張り詰め、行き交う人々の顔には不安の影が落ちているが、俺の心拍数は平常時と変わらず一定のリズムを刻んでいた。
俺はこの戦において、王国軍側に付くと態度を表明した。
だが、今のところは実際の戦列に加わるつもりはない。
王家側から具体的な出兵要請がなかったこともあるが、何より俺には、俺個人として今のうちにやっておきたいことがあるからだ。
***
学校が終わって屋敷に帰ると、俺は着替えもそこそこに、敷地内にあるドワーフ小屋に併設されている鍛冶場へと顔を出した。
扉を開けた瞬間、熱気とともに鉄と油、そして微かな焦げ臭さが鼻腔を突く。
槌音が響く中、あらかじめ制作を依頼していた『キラー・マシーン四号機』の仕上がりを確認するため、エイルに尋ねる。
「……ご要望通り、形だけは完成しましたが。あれが果たして使い物になるかどうか……」
案内してくれたエイルは、油で汚れた頬を拭うこともせず、どこか歯切れの悪い様子でそう言った。
その瞳には、技術者特有の不安と、わずかな期待が揺らめいている。
俺は実物を確かめるべく、彼女と共に倉庫の最奥にある実験スペースへと向かった。
そこには、完成したばかりのキラー・マシーン四号機が鎮座していた。
外観は全長一メートルほどの、分厚い鋼鉄の「盾」である。
無骨で飾り気のないそのフォルムは、まるで空飛ぶ棺桶のようだ。
その内部には、俺の意識が入るためのコア魔石。
そして、推進力として強力な炎を出力するための「火属性の魔石」が、複雑な魔導回路と共に組み込まれていた。
能書きはいい。
机上の空論よりも、実際のデータを取るのが先決だ。
早速、使ってみることにしよう。 俺は「写し身の魔法」を発動し、自らの意識の一部を切り離して、四号機のコア魔石へと流し込んだ。
***
(分体視点)
視界がぐにゃりと歪み、次の瞬間、俺の意識は四号機のコア魔石へと潜り込んだ。肉体の感覚が消失し、冷たい金属の殻に包まれたような閉塞感が襲う。
この機体には、手も足も存在しない。
あるのは硬質な「盾」としてのボディと、爆発的なエネルギーを秘めた魔石のみ。
そのため、付属している火属性の魔石に魔力を流し込み、その噴射出力によって移動するしかない設計だ。
(……まずは浮遊魔法を使い、機体を空中に浮かせる)
ふわり、と機体が地面から浮かび上がる。
ここまでは計算通り、上手くいった。
次に、火属性の魔石へと魔力を流す工程に入る。
俺の本来の魔力は闇属性だが、破壊的なエネルギーを持つ火属性とは相性がいい。必要な出力は、問題なく得られるはずだ。
ただ、一つだけ懸念があった。
それは俺の固有能力「魔封印」の存在だ。
どんな魔法であろうと問答無用で無力化してしまう、対魔法戦において最強の盾。
しかし、それは同時に「自分の魔力を体外では一切使えない」という極大のデメリットをもたらしてしまう。
自分の体と直接接触している箇所に魔力を流すことは可能だが、その放たれた先で細かい制御を行うことは不可能なのだ。
放出された魔力は、俺の手を離れた瞬間にただの自然現象となり、俺の意思を受け付けなくなる。
四号機のコア魔石に意識を宿らせている今なら、魔石と接触している魔導回路に魔力を通し、直結している火属性の魔石まで魔力を届けることは可能。
俺は、一気に魔力を流し込んだ。
回路を走る熱量を感じる。
ごぉ!!
鼓膜を震わせる爆音と共に、背部の火属性の魔石から猛烈な勢いで炎が吹き上がる。凄まじいGがかかり、浮遊魔法によって宙に浮いていた機体が、その爆発的な推進力に押されて前方へと弾かれた。
風を切る音が、耳のないはずの機体を震わせる。
ここまでは、すべて狙い通りだ。
しかし――。
***
(本体視点)
「……っ」
俺はキラー・マシーン四号機のコアから、自分の意識を急いで回収した。
脳が揺さぶられるような軽い目眩を覚えながら、現実の視界を取り戻す。
目の前では、制御を失った四号機が壁に激突し、乾いた音を立てて転がっていた。
「……反省点としては、進行方向の微調整が極めて難しい点だな」
火属性の魔石から炎を噴射するための射出口。
その方向を物理的な「からくり仕掛け」で調整することは、ある程度までは可能だ。
しかし、その細かな角度調整を行うのに、あまりにも時間がかかりすぎる。
今のままでは、直進しかできない暴れ馬だ。
浮遊魔法で空中に滞在し続けることはできる。
だが、移動したい場所へ瞬時に、かつ正確に移動できなければ、目まぐるしく状況が変わる実戦の戦闘では役に立たない。
ただの空飛ぶ的になるのがオチだ。
鋼鉄の魔人ガダームを完成させた俺は、次なる戦力として「空中を自在に飛び回り、盾にも矛にも使える小型ユニット」――言うなれば、自律稼働するファンネルのような兵器を欲した。
それで開発を依頼したのだが、どうやら現時点での技術力の限界に直面したようだ。
「……申し訳ありません、ゼノス様。私たちの力不足です」
エイルが、まるでこの世の終わりのような沈痛な面持ちで俯く。
握りしめた小さな拳が、悔しさに震えていた。
「いや、そんなことはない。俺が無茶な注文を言ってしまっただけだ。それに、開発において『トライ&エラー』はつきものだ。失敗を恐れていては、新しいものは何も生み出せない。今回は残念な結果だったが、この失敗もいつか必ず何かの役に立つはずだ」
俺は、自らの開発方針を彼女たちに語って聞かせた。
失敗データは、成功データと同じくらい価値がある。
それを知らなければ、科学の発展はない。
「すぐに実戦投入はできないが、ここまでの形を作り上げたんだ。お前たちは十分、自分たちの仕事を誇っていいぞ」
俺はエイルたち五人のドワーフ少女を、真っ直ぐな言葉で激励した。
主君からの言葉に、彼女たちの顔にぱっと赤みが差す。
その純粋な反応に少しだけ罪悪感を覚えつつ、俺は踵を返した。
***
倉庫を出て、屋敷へと戻る。
屋敷の中庭は、鮮やかな夕日に赤く染まっていた。
長く伸びた自分の影が、石畳の上に黒々と横たわっている。
春になり、少しずつ日が伸びているのを感じるが、夕暮れの風にはまだ冬の名残のような冷たさが混じっていた。
俺は書斎に入り、椅子に深く身を沈める。
夕食までのわずかな時間を利用して、俺は影の中に潜む「転移の魔人」アシュラフを呼び出した。
「……お呼びでしょうか、ゼノス様」
空間がぬるりと歪み、床から滲み出るようにしてアシュラフが現れた。
相変わらず、不吉な魔力を周囲に撒き散らしている。
その存在自体が不気味なので、あまり頻繁に呼びたくはない相手だ。
部屋の空気が一瞬にして重く淀むのを感じる。だが、こいつにしか聞けないこと、頼めないこともある。ビジネスライクに割り切るしかない。
「この間、魔王城にオルカスの奴が攻め込もうとしていただろ?」
「はい。魔界の有力者たちを集め、その威容を誇示しておりました」
(やはり、こいつもあの時の動きは把握していたか。説明する手間が省けて助かる)
アシュラフの目は、節穴のように暗く、感情を読み取ることはできない。
だが、その情報は正確だ。
「その有力者とやらの中で。……一番弱そうな奴の名前と、その居所を教えてくれ」
俺は今、最も知りたい情報を「転移の魔人」に尋ねた。




