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第242話 三号機の実戦訓練

 俺は現在、屋敷の中庭に併設した機体格納倉庫の中にいる。


 ひんやりとした空間には、魔法触媒の独特な刺激臭と、機械油の重たい匂いが充満していた。薄暗い照明の中、そこで行っているのは、新たに開発した『キラー・マシーン三号機』の最終的な動作確認だ。


 まず、二体の機体の魔石に対し、自分の意思を分割して移した。


 脳の一部をスプーンですくい取られるような、不快な浮遊感。

 それに耐えながら意識を定着させると、その二体は一通り自律して動き、機体各部の駆動系に問題がないかを念入りにチェックしている。


 カシャン、カシャン、という硬質な駆動音が、静寂な倉庫内に規則正しく響いていた。


 なお、今回の三号機を含め、各機体には音声を聞き取るための「音響装置」を標準搭載することにした。


 最初は取り付けていなかったのだが、先行して二号機に試験実装したところ、運用面で非常に便利だったのだ。


 戦場の喧騒、敵の会話、風切り音。


 それらの情報は、戦況を判断する上で視覚情報と同じくらい重要だ。

 ゆえに、今後のすべての機体に採用することを決めた。


「よし。それじゃあ、次の実験に移るか。そっちの機体から試してくれ」


 俺がそう声をかける。


 すると、応じた三号機の機体から、魔石に宿っていた「俺の意識」が、目に見えない光の粒子となってこちら側へと瞬時に「転移」してきた。


 ズン、と脳の芯に戻ってくる重量感。



 ***


 キラー・マシーンを動かしている「写し身の魔法」には、以前から一つ重大な懸念点があった。


 それは、仮に戦闘などで機体コアの魔石が完全に破壊された場合、そこに宿っていた「俺の意識の欠片」はどうなってしまうのか、という疑問だ。魂の一部が欠損するのか、あるいは強烈なフィードバックで本体が廃人になるのか。


 想像するだけで背筋が寒くなる。


 こればかりは、実際に稼働中の魔石を粉々に砕いてみるわけにもいかない。

 実験で確かめるには、あまりにもリスクが高すぎるからだ。失敗すれば、俺は「俺」でなくなってしまうかもしれないのだから。


 そこで次善の策として、「魔石が破壊されそうになった瞬間」に分体が意識を転移させ、本体へと帰還する「緊急離脱」を思いついた。


 輪ゴムを引き絞って、切れる寸前で手を離すようなイメージだ。

 そのひらめきが理論上だけでなく、実際に可能であるかどうか。


 今回、それを実証したのだ。


 結果は、見事に成功だった。

 キラー・マシーン三号機に宿っていた俺の分体意識は、何ら障害なく本体へと合流を果たした。指先の震えもない。思考もクリアだ。


「これで、計画を次の段階に移せるな」


 俺は満足げに頷く。


 そう言うと、もう一度「写し身の魔法」を発動させ、キラー・マシーン三号機に自分の意識を宿らせた。


 準備は整った。

 二体のキラー・マシーン三号機を伴い、俺はドワーフ領の西南に位置する砦へと転移した。空間がねじれ、視界が一瞬にして反転する。



 ***


 転移先は、砦内にある俺専用の部屋だ。


 あらかじめ確保しておいた、この砦で最も環境のいい部屋である。

 石壁は厚く、防音も完璧だ。


 そこに二体の機体を待機させたまま、俺は一人で部屋の外へと出た。


 廊下に出た途端、むっとするような男たちの熱気と、鍛冶の残り香が鼻をつく。

 廊下で俺の姿を認めたドワーフたちが、驚きと畏怖の入り混じった視線を向けてくる。


「こ、これは、ゼノス様! いつからこちらに――! す、すぐに皆を集めてご挨拶をさせます!」


 兵士の一人が慌てふためき、ドタドタと騒がしい足音を立てて砦の駐屯兵たちを招集しに走っていった。


 もう一人はお茶の用意。

 そして最後の一人が、直立不動で俺の応対に当たった。


「出迎えがなかったことは気にするな。それよりも、砦の状況はどうだ。異常はないか?」


 異常がないことは、あらかじめ設置した監視用の魔道具で確認済みだ。

 だが、ここはあえて駐屯兵に直接尋ねておく。


「はい、それはもう! ゼノス様が呼び出してくださった、あの魔物たちが実によく働いております! あれ以来、ここへ魔物の軍勢が攻め寄せてくることは、ただの一度としてございません!」


 ドワーフの男は、興奮気味に身振り手振りを交えて報告した。


 俺はこの世界のラスボスとして転生しており、規格外の魔力と才能を有している。

 その力を使えば、数百、数千の魔物を召喚することなど造作もない。


 俺はそいつらに対し、この砦に向かってくる外敵をすべて排除するよう命じてあるのだ。


 そのおかげで、ドワーフ自治領内には目立った魔物の襲撃もなく、平穏な治安が保たれていた。



 ***


「して、ゼノス様。本日はどのようなご用件で、こちらへお越しに?」


 会議室には、この砦を守る守備隊のドワーフたちが集結していた。

 彼らの視線には、尊敬と共に「まさか、我々に何か無理難題を?」という警戒の色も滲んでいる。


「ああ。少しばかり砦の外、魔物の領域まで足を伸ばそうと思ってな。魔物どもを蹴散らしてくる」


 俺が用件を切り出すと、ドワーフたちは目に見えて狼狽した。

 ざわめきが波紋のように広がる。


「この砦は、ゼノス様が召喚された魔物たちによって鉄壁の守りとなっております!」

「わざわざ、ご自身で危険な外へ出て戦う必要などないのでは!?」

「左様です。魔物の相手は、魔物同士に任せておくのがよろしいかと……!」


 彼らは口々に、俺を思いとどまらせようと必死に説得してくる。

 その言葉の裏にあるのは、「もしゼノスが死んだら、誰が俺たちを守ってくれるんだ」という、現金な本音だろうか。


 もしくは、酔狂な俺の供として外に出るのは御免だという思いか。


「勘違いするな。外へ出て戦うのは、あくまで俺だけだ。最近、どうも身体がなまっていてな。魔物を相手に実戦訓練を行い、感を取り戻しておきたいだけだ。……俺が外に出たら、すぐに門を閉めておけ。訓練が済めば勝手に帰るから、お前たちは何も気にする必要はない」


 俺がそう断言すると、彼らは一転して露骨に安堵の表情を浮かべた。

 張り詰めていた空気が、一気に弛緩する。


「それでしたら、まあ……」

「わざわざ外へ出て魔物と戦いたいとは……」

「ずいぶんと変わった趣味をしておられますな……」

「しかし、ゼノス様に万一のことがあれば、この砦を守る魔物の補充が止まってしまう……」

「……それは困る。非常に困るぞ」

「やはり、できれば思いとどまっていただきたいのですが……」


 彼らは裏で何やらごちゃごちゃと囁き合っている。

 だが俺は、出されたぬるいお茶をゆっくりと飲み干すと、そのまま席を立って外へと向かった。



 ***


 砦の外に出た俺は、ドワーフに命じて外門を開けさせ、そこから深い森へと踏み出した。


 ズズズ……と地響きを立てて、背後で重厚な外門が閉まる。

 その閉鎖音が、文明圏と未開の地を隔てる境界線のように響いた。


 俺は魔物がひしめく森の中を、たった一人で進んでいく。


 俺自身が召喚した魔物たちが、森のあちこちに潜んでいる気配がする。

 木々の影、茂みの奥から、じっとりとこちらを伺う視線。だがそれらには目もくれず、俺はまっすぐに森の奥を目指した。


 季節は春だが、王国の北部に位置するドワーフ領の空気は、いまだに肌寒い。

 ましてやここは、魔物の瘴気が漏れ出す薄暗い森の奥だ。 吐く息は白く染まり、頬を刺す風は刃物のように鋭い。


 まだ昼時だというのに、気温は氷点下に近いほど冷え込んでいた。


 砦から一時間ほど歩いた頃だろうか。

 俺が召喚した魔物たちの気配が途切れた。


 代わりに、その前方からは、魔界から直接溢れ出してきた野生の魔物たちの殺気が漂ってくる。獣臭さと腐臭が混じり合った、独特の不快な臭い。


 この場所は魔物の発生点、いわゆる「湧きポイント」だ。

 魔界から際限なく魔物が溢れてくるため、訓練の相手には事欠かない。


 俺は、キラー・マシーン三号機に宿っている「俺の分体」へと信号を送った。


 詳細な言葉は送れない。

 だが、精神の共鳴を利用することで、簡単な合図であればリアルタイムでやり取りが可能だ。


 すると、先ほどまで砦の自室で待機していたはずの二体の機体が、俺の座標を目印にして「転移」で現れた。


 シュンッ、という音と共に、雪を踏みしめる二つの鋼鉄の影。


「さて。実戦訓練を開始してくれ」


 俺は無機質な機体にそう告げた。

 それと同時に、俺自身は「転移」を発動させ、王都にある自分の屋敷へと戻った。極寒の森から、一瞬にして暖かい自室へ。


 実戦訓練そのものは、あの二体に任せておけばいい。

 俺は屋敷の中で仕事に励んでいたリーリアを見つけると、そのまま彼女の温かい体を背後から抱きしめた。


「ひゃっ!? ぜ、ゼノス様……?」


 驚く彼女の首筋に顔を埋め、深く息を吸い込む。

 冷え切った身体に、彼女の体温と甘い香りが染み渡っていく。


 闇魔法を大規模に行使した後は、こうして精神を「浄化」する必要がある。

 機体と同様、自分の精神のメンテナンスもこまめに行うべきなのだ。


 決して、スケベ心に突き動かされたからではない。

 これも重要な研究の一環なのである。

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