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第241話 キラー・マシーン三号機

 カストル侯爵家の反乱がいよいよ鮮明化した。


 彼らは勝手に独自の金貨を創設し、さらには王家が発行する正当な金貨や金券の使用を、領内において一方的に不可としたのだ。


 出回るのは、混ぜ物をした粗悪な地金に、侯爵の横顔を刻印しただけの代物。

 だが、その質がいかに劣悪であろうと、通貨発行権の侵害は、国家の根幹を揺るがすれっきとした反逆行為である。


 賽は投げられた、というわけだ。


 王家は即座に諸侯の動員を決定した。

 カストル侯爵を逆賊として征伐するためだ。


 政治の世界では、水面下で誰がどちらの陣営につくのかという熾烈な腹の探り合いが行われたが、最終的には大半の者が王家側につくこととなった。


 もともと王家は、リリアーナ姫の捜索を名目に軍を動かす準備を進めていたため、初動の速さは万全といえた。


 それに引き換え、カストル侯爵家の方は、反乱のために急遽徴兵した臨時兵力の訓練も装備も、まだ未完成のままである。


 何より、地力の差は歴然としていた。


 カストル侯爵家の兵力は、常備軍8000人に加え、鍬や鋤を持たされた農民上がりの臨時徴兵10000人の計18000人。


 対するアースガルド王家は、近衛騎士団1000人、王都守備隊6000人、王家直轄領軍5000人の合計12000人。


 単純な数だけを見ればカストル侯爵軍が上回るが、軍の「質」に関しては王家側が遥かに凌駕していた。


 特に近衛騎士団は、王国の精鋭中の精鋭だ。

 ミスリル銀の重装備に身を包み、高度な連携剣技、さらには魔法耐性までも備えた、王国最強の部隊である。


 彼らが蹄鉄の音を響かせて進軍すれば、烏合の衆など紙切れのように散らされるだろう。


 自力で勝る王家が、さらに諸侯の協力まで得ることになれば……。


 戦争は「勝つ方につく」というのが鉄則だ。

 ましてや大義名分は王家側にある。


 誰もが王家の勝利を確信していた。


 だからこそ、王家への加勢を表明する貴族は多かったのだが――

 実際の兵士の出し渋りが目立った。


 その理由は、一つだ。


 「魔人がいつ、どこから攻めてくるか分からない状況で、自領の防衛をおろそかにできない」というものである。彼らの脳裏には、王都の空を裂いたあの巨大な影が焼き付いているのだ。


 例えば、グリムロック辺境伯家は「アドラステア帝国と国境を接しており、兵を割く余裕はない」と拒絶した。


 エルフの森に隣接するブランシュフォール辺境伯も、「モンスタースタンピードの被害から回復しておらず、エルフへの備えも必要だ」として出兵を見送った。


 辺境伯たちは仕方のない事情があるにせよ、中には明確な理由も述べずに出兵を拒む貴族も現れた。


 おかげで、王家側の開戦前の士気は決して高くはない。


 あの日現れた「白い悪魔」――鋼鉄の魔人の襲撃は、この国にそれほどまでに暗い影を落としていたのだ。貴族たちの震える指先が、出兵拒否の署名を書かせていると言っても過言ではない。



 ***


 そんな中、俺のところにも参戦を促す王家の使者が訪れていた。


 王家の紋章が入った書状を差し出す使者の手は、微かに汗ばんでいた。

 俺は何かと物議をかもす行動をとってきたので緊張しているのかもしれない。


 まだ正式に家督を継いでいない身だが、現在はドワーフ領の統治を一任されている。直近のクロウリー家とのフェーデ(私戦)で勝利した実績に加え、武具の生産拠点であるドワーフ領の統治者という立場。


 王家としても、無視できない重要な存在として――

 俺に特別に要請を出したというわけだ。


 俺は、その要請を二つ返事で了承してやった。


 もとはといえば俺が乱した治安なのだ。

 その回復を手伝ってやるくらいの情けは持っている。


(だがまあ。今回の戦で、俺自身がやることは――ほぼないだろうな)


 俺が動員できる兵力といえば、ドワーフ領のドワーフたちくらいのものだ。

 彼らは工兵としてはこの上なく優秀だが、俺に彼らをこの戦争へ投入するつもりはない。王家側も、俺に実質的な「兵力」までは求めていないはずだ。


 ただ「ゼノス・グリムロック」という「名前」が味方の列に加わっていること自体に価値がある。


 そう判断したのだろう。

 あるいは、何をしでかすか分からない不確定要素を、あらかじめ自分の陣営に取り込んでおきたい。そんな思惑もあるのかもしれない。


 俺の方としても、今回の参戦は名義貸しくらいにしか考えていなかった。

 もちろん負けそうになれば手助けはするが、こっちはこっちで並行して進めておくべきことがあるのだ。



 ***


 俺は屋敷の庭へと出る。

 春の陽光が心地よく肌をなでるが、俺の目的地は日の当たらない場所だ。そのまま俺は、油と鉄の匂いが染み付いたドワーフたちの作業小屋へと足を向けた。


 一際大きな倉庫の中へと入る。


 そこは制作した機体を収納しておくためのスペースだ。

 ひんやりとした薄暗がりの中、あの巨大な鋼鉄の魔人が鎮座している。その威容は沈黙していても圧倒的だが、今日の主役はこいつではない。


 それとは別に、俺が制作を進めている機体があった。


 ――「キラー・マシーン三号機」。

 小型化をコンセプトに据えた、量産型である。


 機体の形状は、シンプルに一号機をそのまま小型化したものだ。


 全長はわずか一メートル。

 まるで子供用の人形のようだが、そのボディは冷たい金属光沢を放っている。


 人型の機体というものは、動作を安定させるのが極めて難しい。

 しかし、あまりにも人間からかけ離れた形状にしてしまうと、今度は俺自身が操縦しにくくなってしまう。


 試行錯誤の末、結局はこのサイズと形に落ち着いた。


 俺は今、その三号機の胸部に埋め込まれた魔石に向かって、自分の精神を「写し身の魔法」で流し込んでいた。


 脳が二つに割れるような奇妙な浮遊感と共に、本体から切り離された精神の一部が、三号機の魔石の中へと宿る。


 現在、三号機は全部で十体。

 そのうちのもう一体にも、同じように魔法で自分の精神を宿らせる。


 意識が拡張され、視界が複数に分裂する感覚。

 すると、二体の機体はそれぞれ独立して動き出し、カシャン、カシャンと硬質な駆動音を立てて動作確認を開始した。


「……すごいです、ゼノス様! まさか、この機体にこれほどの活用方法を考えつかれるとは!」


 傍らで実験を見守っていたエイルが、瞳を輝かせて感嘆の声を上げた。

 工具の油で汚れた頬も気にせず、彼女は俺の魔法技術に魅入っている。


 キラー・マシーンという「ハード」は、俺の写し身の魔法という「ソフト」がなければ決して動かない。これほど精密に機体を動かせるソフトを提供できるのは、この世界広しといえど俺一人だけだろう。


 かつて砂漠で戦ったデザート・ゴーレムのように、擬似的な命を吹き込んで動かす手法もある。


 だがその場合、術者が常に側にいて、逐一命令を下し続けなければならない。

 例えば、ゴーレムに「あの敵を倒せ」と命じれば、ゴーレムは命令完遂のために動く。しかし、具体的な「戦い方」はゴーレム側の自動制御に委ねられることになる。


 つまり、術者の思い通りに細かく動くわけではないのだ。


 「走れ」「飛べ」「右手を上げろ」といった微細な命令も遂行は可能だが、それにはこまめな指示が必要であり、どうしてもタイムラグが生じてしまう。


 戦場における一瞬の遅れ。

 それは、実戦においては致命的な欠陥となる。


 何より、側で指示を出す人間がいなければゴーレムはただの重い置物同然となるし、予期せぬ動作をした場合に止める術すらなくなるのだ。


 その点、俺の意識を直接込める「写し身の魔法」であれば、俺が見ていない場所でも機体は自律して動くことができる。まるで自分の手足が増えたかのような、完全な支配下での運用が可能になるのだ。


「よし。では、次の段階に進むか」


 薄暗い倉庫の中で、俺の意思を宿した二体の小型兵器が一斉に顔を上げる。

 その無機質な身体の奥で、俺の魔力が静かに明滅した。


 俺はさらなる魔法の研究を加速させることにした。

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