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第239話 暴力では、何も解決しないんだ

 王立魔法学園「アルカナム」の中庭。

 春の陽気が降り注ぐ石畳の上には、どこか粘着質な熱気が渦巻いていた。


 反乱勢力に属するヴァイスブルク伯爵の息子・ルシアンが、群衆が見守る中心で、悲劇のヒロイン気取りでリアム王子と対立している。


 ルシアンは、自らが「弱者」であることを狡猾に武器として使い、王子一行を言葉の刃でじりじりと追い詰めていく。その甲高い声は、黒板を爪で引っ掻いたような不快な響きとなって、俺の鼓膜を刺激した。


 俺はそんな彼らの不毛な諍いに割って入るべく、一歩ずつ、アスファルトに靴音を響かせながら歩みを進めた。


「さあ、リアム殿下! 私のことが気に入らないというのなら、どうぞ殴ってください! それであなたの気が済むのでしたら、いくらでも――。どうしました? なぜ殴らないのですか? さあ、殴ってくださいよ、殿下!!」


 ルシアンは完全に調子に乗り、周囲の注目を浴びながらリアム王子たちを煽り続ける。その目は血走り、歪んだ愉悦に浸っていた。



 ***


「……これはいったい、何の騒ぎですか?」


 俺が不意に、努めて明るいトーンで声をかけると、エリオットとルシアンの顔が同時に歪んだ。


 まるで汚物でも見るかのような視線。

 「厄介な奴が来た」と、その表情が如実に物語っている。


「いや、これは……」


 リアム王子は珍しく顔を曇らせ、俺から視線を泳がせた。

 その額には脂汗が滲み、苦悩の色が濃く刻まれている。


「グリムロック! 貴様には関係のないことだ、失せろ!」


 エリオットが吠えるが、俺はそんな雑音を当たり前のように無視し、リアム王子との会話を続行した。


「何やら、そこの彼が『殴ってくれ』と殿下にお願いしていたようですが。要望に応えて、さっさと殴ってあげればいいでしょう」


 俺の言葉を聞いた途端、噴水の縁に立っていたルシアンの顔に怯えが走った。

 頬の筋肉が引きつり、喉がヒュッと鳴る。


 かつて彼が所属していた不良グループと喧嘩になり、俺が彼らを完膚なきまでに叩きのめした際のトラウマが、鮮明に蘇ったのだろう。


「それは駄目だ。……これは、そう単純な話ではないんだよ。それに、この状況――『暴力では、何も解決しないんだ』」


 リアム王子は、苦渋に満ちた表情でそう絞り出した。

 それは王族としての矜持か、それとも理想論か。


 俺はその甘い言葉を、鼻で笑ってあっさりと一蹴する。


「……そうでもありませんよ」


 言い放つと同時に、俺は足に力を込め、ルシアンが立つ噴水の縁へと軽やかに跳躍した。重力を感じさせない動きで彼の懐に入り込む。


 そして戦慄し、眼球を限界まで見開いた彼の胸ぐらを掴み上げると、腰の回転を加えた右拳で、思い切りその顔面を殴りつけた!


 どごっ!!


 鈍く、重い衝撃音が中庭に響き渡る。


 俺の拳がルシアンの顔面に深々と突き刺さり、その細い身体を軽々と吹き飛ばす。

 ルシアンは放物線を描き、派手な水しぶきを上げ、噴水の中へと無様に転落した。


 バシャーン!!


 冷たい水の中で、ルシアンが溺れたように手足をばたつかせる。

 俺は水浸しになった彼を見下ろし、拳についた感触を確かめながら静かに問いかける。


「希望通り殴ってやったぞ。……これで満足か?」


 ルシアンは腫れ上がった顔を両手で押さえ、「ひぃっ、ひぃいっ!」と悲鳴を上げながら、這うようにしてその場から逃げ去っていった。


 シン……と静まり返る中庭。


 呆然とする聴衆に向け、俺は腹から声を出して大声で宣言する。


「たとえ魔人の軍勢が攻めてこようとも、この俺がすべて蹴散らしてみせよう! 魔人オルカスがこの世界を滅ぼそうというのなら、この俺が討伐してやる! だから、案ずることはない!」


 その場のノリで、適当にかっこいい台詞を叩きつけておいた。

 まあ、「鋼鉄の魔人」が再びこの国を襲うことなどないと知っているからこそ、気楽に言えるセリフなのだが……。


 はったりだろうが何だろうが、俺は見事に場を治めた。

 それだけ言い残すと、驚愕と畏怖に包まれる広場に背を向けた。


 暴力では何も解決しない――

 そんなわけがないのだ。


「暴力で解決できることも、結構あるよな」


 俺は小さく独りごちながら、自分の教室へと足を向けた。



 ***


 学園の放課後、俺は寄り道もせず真っ直ぐに屋敷へと帰宅した。

 そのまま地下室へと入り、革張りのソファに深く身を沈める。


 静寂に包まれたこの空間で、これまでに起きたこと、そしてこれからの展望について思考を巡らせるためだ。


 ソファに座る俺の左右には、リーリアとヴィオレッタがぴったりと寄り添っている。彼女たちの体温が、俺の腕を通して伝わってくる。


 甘い香水と、ほのかな石鹸の香り。

 二人の美女を侍らせたその光景は、まさに王様気分だ。


 俺は手持ち無沙汰に、彼女たちの柔らかな胸の膨らみを揉み比べていた。

 掌に伝わる、吸い付くような極上の弾力が、張り詰めた神経を癒してくれる。



 ***


 以前この部屋にはリリアーナが暮らしていたが、現在は魔王城へと移っている。


 空いたこの部屋は、今やヴィオレッタの居室となっていた。


 時折チェックしている魔界の様子も、今のところ魔人たちが攻めてくる気配はない。エレノアとリリアーナが協力して展開した「聖域」が、見事に功を奏している証拠だ。


 魔界の騒動は一段落したと言えるが、一方で、人間界の方では不穏な空気が漂い始めていた。


 原因は、俺がキラー・マシーン二号機で暴れすぎたせいだ。


 もともとカストル侯爵には、反乱の兆しがあった。

 俺がその息子であるオーギュストをボコボコにした際も、彼らは準備不足のためか、挑発に乗って挙兵することはなかった。


 悪役貴族の分際で、意外にも冷静な対応だったのだ。

 王家側もカストル侯爵家に対する警戒を強め、密偵を放って領内の動向を詳しく探らせていた。


 侯爵がその監視に感付けば、反乱の準備はますます困難になる――。


 そうして、薄氷の上とはいえ、いい具合に「平和」が構築されつつあったのだ。


 そこに隕石のごとく襲来したのが、『白い悪魔』。

 俺が操る二号機こと、鋼鉄の魔人ガダームである。


 魔人の蹂躙によって王家の権威は失墜し、その統治能力には大きな疑問符がついてしまった。そうなれば、一度は沈静化しかけていた反乱の火種が、酸素を得て再び活性化するのは自明の理だ。


(……原因は、ここだな)


 ヴィオレッタを救い出すためとはいえ、結果として俺が事態をかき回し、平和への道を閉ざしてしまったのだ。



 ***


 俺は元々、この世界で反乱を起こすつもりでいた。

 自ら望んだわけではないが、ラスボスとして転生した以上、その役割に沿って生きようと努めてきたのだ。


 もちろん主人公に倒される気はないので、戦争になれば勝つつもりではいた。

 だが、積極的に現体制を破壊したいわけでもなかったため、その動きは鈍かった。というより、ほとんど何もしなかった。


 そうこうしているうちに、エルフ族とのパイプができ、劇場経営は成功し、ドワーフ領まで獲得してしまった。


 権力者としての成功を積み重ねるうちに、「反乱なんて起きない方がいい」と現状維持を考えるようになったのだ。


 俺は平和主義者として、この平穏を享受することに決めた――。


 そう思った途端に、反乱の兆しである。


「……世の中、なかなか自分の思うようには、上手くいかないものだな」


 俺は深いため息をついた。


「ご主人様は、すでに十分すぎるほど成功していらっしゃいますわ。本当に立派です」


 リーリアが、潤んだ瞳で俺を見つめ、優しく褒めてくれる。


「しかし、カストル侯爵が挙兵する可能性が格段に高まってしまった。さて、どうしたものか……」


「……わたくしのせいで、本当にすみません……」


 ヴィオレッタが申し訳なさそうに肩を落とす。

 その華奢な体が小さく震えているのを、俺の腕は感じ取っていた。


「お前のせいじゃない。俺が勝手にやったことだ」


 カストル侯爵の対処はリアム王子に丸投げする予定だったが、そうも言っていられないかもしれない。


(何しろ、俺のせいで事態が悪化したのだからな)


 そんな思考に耽っていると、部屋の重厚なドアが控えめにノックされた。


「失礼いたします」


 執事が一通ならぬ、二通の手紙を銀の盆に乗せて持ってきた。

 上質な紙と、封蝋の匂い。


 差出人は――

 【白銀の天秤】アルジャンテ・リブラ商会。

 

 そして、俺が懇意にしているザイツ商会。

 王国でも指折りの有力な二つの商会から、示し合わせたようにほぼ同時に手紙が届いたのである。

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