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第238話 雑魚キャラVS三バカトリオ

 爽やかな春の朝。


 頬を撫でる風には冬の冷たさが消え、柔らかな陽光が校舎のレンガを温めている。本来なら、新学期の希望に満ちた空気が漂うはずの時間帯だ。


 だが、俺が登校すると、学校の中庭には異様な熱気と殺伐とした空気が渦巻いていた。


 人だかりの中心で、一人の生徒が声を張り上げて演説を行っていたのだ。


 ルシアン・ヴァイスブルク。

 かつて俺が駐車場で徹底的に叩きのめした、悪役貴族グループの一味だ。


 細身で神経質そうな彼は、噴水の縁を演壇代わりにし、王家に対する不信感を増幅させようと、言葉巧みに聴衆を煽動していた。


「……王家は無力だ! 誰も我々を守ってはくれない!」


 その金切り声が、せっかくの春の静寂を切り裂いていく。

 そこに、まるで劇作家がタイミングを見計らったかのように、リアム王子一行が姿を現した。


 王子リアム。

 脳筋の重戦車アルドリック。

 そして、知的キャラという設定のエリオット。


 いわゆる「三バカトリオ」の登場である。


 彼らの姿を認めた瞬間――

 演説に聞き入っていた生徒たちは「まずい」と言わんばかりに気まずそうな表情を浮かべ、蜘蛛の子を散らすようにさっと左右へ道を開けた。


 モーゼの十戒のごとく割れた人波の先。

 ルシアンは演壇代わりに立っていた噴水の縁から、リアム王子を傲然と見下ろした。水音だけが、静まり返った中庭に響いている。


(さて、どうなることやら……)


 俺は校舎の陰に身を潜め、この茶番劇の成り行きをじっくりと見守ることにした。



 ***


「おい、てめー! いい加減なこと言ってんじゃねーぞ!!」


 沈黙を破ったのは、アルドリックの怒声だった。

 大気を震わせるほどのボリューム。


 近くにいた女子生徒が、びくりと肩を震わせる。


「リアム殿下はな、公務で遠出してたんだよ! 急いで戻った時には、もう魔人は消えていたんだ! サボってたわけじゃねぇ!」


 その猛獣のような咆哮と凄まじい剣幕に、ルシアンは一瞬で顔を土気色に変え、膝をガクガクと笑うように震わせた。


 あからさまな恐怖反応。

 小物感が半端ない。


「ルシアン君。君も貴族の端くれだ。政治に対して意見を言う権利はある。……しかし。その主張が虚偽であり、かつ王族に対する侮辱が含まれる場合は、その限りではないよ。先ほどの醜い演説の中で、君はいくつもの法律違反を犯しているんだ」


 エリオットが、眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら冷静に告げる。

 珍しく知的キャラとしての役割を全うしているようだ。


 肝心のリアム王子は、自ら動こうとはしなかった。


 ただそこに立っているだけだが、王族である彼は、その存在自体が圧倒的な権力とプレッシャーを持っている。


 いつもの春風のような柔和な微笑みは消え失せ、その端正な顔には濃く暗い影が落ちていた。


 妹のリリアーナに続き、今度は姉のエレノアまでが行方知れずなのだ。

 いかに気丈な王子といえど、平静でいられるはずがない。握りしめられた拳が白く変色し、微かに震えているのが遠目にも見て取れた。


 場の空気は圧倒的にリアム王子側が有利だ。

 小者臭いルシアンが、王国のトップエリートである彼ら三人に敵うはずもない――。


 誰もがそう確信した。


 しかし、ルシアンはその絶望的な状況から、窮鼠猫を噛むごとき「逆襲」を開始した。



 ***


「こ、これはこれは……誰かと思えば、臆病者の王子に、その役立たずの側近ではありませんか! 魔人の襲来に対して何もできなかった無能が、よくもまあ、ぬけぬけと学園に顔を出せたものですね!」


 声が裏返っている。ルシアンは怯えながらも、脂汗を垂らし、精いっぱいの虚勢を張って彼らを挑発した。


(……意外と根性があるな、あいつ)


 俺は腕を組みながら、少しだけ感心する。


 あるいは、そうまでして成果を持ち帰らないと、家で親父に大目玉を食らうのかもしれない。


 こうして第三者として見物していると、状況を客観的に見られるものだ。

 いつもは事件の当事者として渦中にいることが多いので、この俯瞰した視点は新鮮だった。


 ルシアンの捨て身の挑発を受け、王子一行の雰囲気はさらに険悪なものへと変わる。ピリピリとした殺気が肌を刺すようだ。


「おい、お前……いい加減にしろよ」


 静かに、だが確実に血管がブチ切れたアルドリックが、今度こそ物理的制裁を加えようと前に出ようとした。


 それを、リアム王子がすっと手を挙げて制した。


「待て、アルドリック。……侮辱を受けたのは私だ。ここは私が戦おう。――私と『決闘』したい、ということだろう? ルシアン君。いいだろう、受けて立つよ」


 リアムが一歩踏み出した、その刹那。

 ルシアンは再び、喉を張り裂けんばかりに大声を上げた!


「決闘などする気はない! 俺があなたに勝てないことなど分かり切っている! 俺の言ったことが気に入らないのなら、好きなだけ殴ればいいさ! 俺は弱い!! だから抵抗もしない! ――だがな! 俺を殴って、この場で力を示したところで、一体それが何になるというんだ!!」


 その言葉に、周囲が水を打ったように静まり返る。

 風に揺れる木々のざわめきすら消えたようだった。


「もし今、この場に『鋼鉄の魔人ガダーム』が現れたとして、あなたは勝てるのか!? 何もできず、ただ踏み潰されて死ぬだけだろう! そうだ! リアム殿下、あなたには守るべき民を守るだけの力がないんだ! 俺のような弱者を痛めつけて力を誇示したところで、何の意味がある!? その力で魔人を倒せるのか!? 国民を守ることができるのか!!」


 ルシアンの悲痛な叫びを受け、リアム王子は金縛りにあったかのように動けなくなった。


 彼の言う通りだったからだ。

 その言葉は、鋭いナイフのようにリアムの最も痛いところを抉った。


 確かに、王子はルシアンよりも遥かに強い。


 剣を振るえば一撃だろう。

 しかし、ここで抵抗しないルシアンと決闘して勝ったところで、それは「低俗な力の誇示」、あるいは「弱者いじめ」にしかならない。


 リアム王子だけでなく、アルドリックもエリオットも、ルシアンという「開き直った弱者」を相手に何もできずにいた。


 いつの間にか聴衆の数は膨れ上がり、多くの生徒たちが固唾を呑んで、息を殺して成り行きを見守っていた。 誰もがルシアンの言葉に、ある種の真理を感じてしまっているのだ。



 ***


(……確かに、あいつの言う通りではあるな)


 それに正直、あいつの「戦い方」自体は嫌いじゃない。

 非力なルシアンが、自分より格上の三人を相手に、その論理で行動を縛り上げ、精神的に圧倒しているのだ。


 俺もよく喧嘩をする方だが、俺の場合は「魔力がなくて弱い」と思われている俺が戦って力を示すことで、その「力の誇示」に意味を付与してきた。


 対してルシアンは、自らの弱さを逆手に取り、相手の力を無効化している。「俺を殴っても、そんなものに価値はない。だってお前は魔人より弱いんだから」と突きつけることで。


 ――ここで、俺は心地よい日陰での傍観者をやめて、当事者になることに決めた。


 喧騒から離れた場所から、噴水を目指して歩き出す。

 俺はあいつの戦い方は嫌いじゃない。


 だが、一点だけ、どうしても気に入らないところがある。

 虫唾が走るほどに。


 それは、ルシアンが「鋼鉄の魔人」を利用していることだ。


 虎の威を借る狐となり、ガダームの存在を盾にしてリアム王子たちを圧倒している。俺が作った、俺の操る機体を、自分の主張を通すための道具に使っている。


(……けどなあ、俺はお前に利用されるために――強くなったんじゃないんだぜ)


 あの機体を制作したエイルたちの苦労も。

  毎日、積み重ね続けた操作訓練も。

  闇魔法の副作用で精神を疲弊させながら行う魔法の研究も。


 そのすべては、お前のような口だけの奴を威張らせるためのものじゃない。


 カツン、と。

 俺の足音が、静寂に包まれた中庭に響く。


 俺はポケットに手を突っ込み、春の日差しの中へ出ると、涼しい顔をして喧騒の中心部へと歩み寄っていった。

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