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第233話 人質と事後処理

 (ゼノス・分体視点)


 アースガルド王国の第一王女、エレノアがその神聖な魔力を解放し、聖域を展開した。視界が焼けるような純白の光に包まれ、広場の空気そのものが高潔な熱を帯びて震える。


「これで魔人は力を発揮できなくなったはずです。皆、攻撃魔法を!」


 凛とした、しかしどこか必死さを孕んだ彼女の号令。

 エレノアの展開した結界は、闇属性の魔力を持つ者の力を、その領域内で半減させる効果がある。対「魔人」の補助魔法としては、これ以上ないほどに強力な能力だ。


 俺の魔力は闇属性、聖なる力が、物理的な圧力となって俺の機体にのしかかる――はずだった。


 しかし、俺にはあらゆる魔力を霧散させる「魔封印」がある。


 鋼鉄の機体の周囲で、聖なる力は魔封印に無効化され、パチパチと青白い火花を散らした。この聖域の弱体化効果も、俺の前では無意味に等しい。


「姫様、いけません! 奴に攻撃魔法は通用しないのです。すべて打ち消されてしまいます!」


 サー・ガイウスが喉を枯らして叫ぶ。

 緊急事態ゆえに、前線での情報伝達が不完全だったようだ。


 それを聞いたエレノアは、絶望に瞳を揺らしながらも即座に判断を切り替え、腰の細剣を抜いて俺へと斬りかかってきた。


 だが、ドワーフの秘術を尽くした鉄の塊で構成されたこの機体を、華奢な剣で叩いたところで、ダメージはほぼ皆無だ。


 「ガキィン!」という虚しい金属音が響くだけ。

 おまけに機械の体である俺は、痛みすら感じない。


 俺は無造作にエレノアを捕獲すると、その身体に「睡眠魔法」を直接流し込んだ。


 柔らかい身体の感触が、巨大なマニピュレーターを通して伝わる。

 今、俺の左右の手には、エレノア王女とヴィオレッタがそれぞれ握られている。


 目的は、完全に果たされた。


「ふははははっ! 人間界最強の戦士とやらも、この程度か。我ら魔人の敵ではないな。この二名は、オルカス様への土産にするとしよう。ではさらばだ。愚かなる人間どもよ!」


 俺は自らの喉を震わせる代わりに、音響装置を使って傲慢な高笑いを響かせた。


 捨て台詞を吐き捨てると同時に「転移」を発動。

 風景が歪み、一瞬の浮遊感と共に広場から姿を消した。


 春の柔らかな陽気の中、混乱の煙と、呆然と立ち尽くす騎士や兵士たちだけが、その場に取り残された。



 ***


 二人を捕獲した俺が次に向かったのは、魔界の永久に沈まぬ月光に照らされた、不吉な魔王城であった。


 城内で最も広大な「謁見の間」。

 冷たく湿った空気と、仄かに香る魔力の残滓。そこにはこの城の主である前魔王の娘・ルシフィールと、その護衛を務めるミュリルが待機していた。


 ルシフィールは前魔王と天使の間に生まれた娘であり、光と闇、相反する属性の魔力を併せ持っている。


 銀色の長い髪を夜風になびかせ、透き通るような白い肌。

 その真っ黒な瞳の奥では、黄金の瞳孔が獲物を狙う獣のように怪しく光る。


 一方、彼女に仕えるミュリルは、完璧に糊付けされたメイド服を纏った小柄で可憐な美少女だ。


 短く切り揃えられた黒髪に、大きな黒い瞳。

 そこにはエメラルドグリーンの瞳孔が輝いている。


 彼女たちには、俺がここへ来ることを事前に伝えてあった。


「……これがゼノス様の仰っていた、鉄の巨人ですか。近くで見ると、異様な威圧感ですね」


「また面勇なものを。お前という奴は、次から次へとこの城で騒ぎを起こしおって。退屈はせんがな」


 二人は五メートルを超える鉄の巨躯を見上げて、驚きの声を漏らす。

 事前に話を聞いていたとはいえ、実際に目の当たりにした鋼鉄の質感を伴う怪物は、彼女たちにとっても相当なインパクトがあったのだろう。


 俺は深い眠りについたままのエレノアを、そっとミュリルに預けた。そして、視界が歪む「転移」を再び行使し、自邸の庭にある薄暗い倉庫内へと戻った。


 これで今回の救出ミッションは、ひとまず終了だ。

 あとは、事後処理を進めるだけである。



 ***


 (ゼノス・本体視点)


 俺が倉庫内で分体の到着を待っていると、計画通りに事を終えたキラー・マシーン二号機が、ヴィオレッタを伴って帰還してきた。


 二号機はヴィオレッタをゆっくりと地面へ下ろす。


 俺は転移で現れた機体から、分割していた魂を回収した。

 魂が肉体に戻る瞬間、視界がチカチカとし、自分の身体の重みを久々に感じて深く息を吐く。


「どうやら、すべて上手くいったようだな」


 俺は縄で縛られたままのヴィオレッタに歩み寄り、その拘束を解いてやった。

 彼女の指先は微かに震えており、処刑台での恐怖がまだ冷めていないことを物語っていた。


「……無茶が過ぎますわよ、ゼノス様。本当に、心臓が止まるかと思いました」


「だが、まあ、これでいい。お前を救出したとしても、アザレア公爵家に責が及ぶことはないはずだ」


 俺の計算通りだ。


 何しろ、処刑直前の令嬢を強奪されたのは、騎士団の明白な落ち度である。

 しかもこちらは「魔界から召喚された、魔法を無効化する異形の巨人が人質として連れ去った」という体裁をとっている。


 こうなれば、帝国の姫に対する暗殺未遂事件そのものが、不可抗力によってうやむやにならざるを得ないだろう。


「しかし、この後は国中が大混乱になってしまいますわよ? 陛下も黙ってはいないでしょうし……」


「なに、それで大変な目に遭うのはリアム王子だ。俺ではない」


 俺はヴィオレッタを伴い、夕闇が迫る庭を横切って、悠々と屋敷へと向かった。



 ***


 屋敷内では、すでにリーリアたちが受け入れの準備を整えていた。


 これからヴィオレッタは、ほとぼりが冷めるまでこの屋敷の地下室で暮らすことになる。今日までリリアーナが過ごしていた、魔導具による空調設備が整った、清潔で豪華な貴賓室だ。


 代わりに、これまでそこにいたリリアーナは、魔界の別荘へと拠点を移す。


 リリアーナは一度魔王城を訪れたことがあり、ルシフィールやミュリルとも面識がある。あちらの住人たちからも、その愛くるしさで可愛がられているので、問題なく暮らせるだろう。


 さらにリリアーナからのたっての要請を受け、俺の専用メイドであるミナ、そして獣人のクーコとルミアを彼女の供として付けることに決めた。


 しばらくは不慣れな魔界での生活になるのだし、その程度の配慮は必要だろうと判断し、許可を出したのだ。


「リリアーナ様が、ここにいらしたなんて……」


 ヴィオレッタが、驚きに目を見開く。

 そういえば、そのあたりの事情はまだ彼女に詳しく話していなかった。


「まあ、いろいろあったんだ。情報王イグナツィオに誘拐されていたところを俺が救出し、この屋敷で保護していたんだよ」


 俺の印象が悪くならないよう、すべての罪を、この場にいないイグナツィオに着せて手短に説明する。


 ヴィオレッタの身の回りの世話は、同じく専用メイドのリーリアに任せ、地下室へと案内させた。



 ***


「エレノアお姉さまと、久しぶりに会えますわね。楽しみですわ!」


 魔王城の謁見の間。

 リリアーナが期待に頬を染めながら、俺の手をぎゅっと握って言った。


 もう一方の手でミナの手を握り、クーコとルミアは俺の足にじゃれつくようにしがみついている。


 眠っていたエレノアは、すでに俺たちが用意した、彼女の好みを反映させた専用の部屋へと運ばれたようだ。現在、この広い空間には、王座に不敵な笑みを浮かべて鎮座するルシフィールがただ一人。


「あら、リリアーナ姫。久しぶりですね。歓迎しますよ」


「お久しぶりでございます、ルシフィール様。わたくしたち姉妹を匿ってくださること、心より感謝申し上げますわ」


 リリアーナはすぐにでもエレノアの下へ駆け付けるかと思いきや、まずは一国の王女として、城主であるルシフィールとの対話を優先させた。


 これからこの城で暮らす以上、主との友好関係は何よりも重要だ。

 すでに親しい仲とはいえ、それに甘えることなく、しっかりと礼儀を尽くして挨拶を交わしている。


(……そのあたりの機微は、流石といったところだな。教育の賜物か)


 拠点が王都、魔界と多岐にわたり、管理も大変になってきたが――

 この魔王城に関しては、リリアーナに任せておけば安心だろう。

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