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第231話 鋼鉄の魔人

 (ゼノス・分体の視点)


 俺はアザレア公爵家の令嬢、ヴィオレッタを公開処刑から救出するため、処刑場となる広場を襲撃する準備をすべて整えた。


 倉庫内には、微かな油の匂いと、冷却された魔導回路が発する独特の金属臭が立ち込めている。俺は仕上げとして、今回の作戦の要である「キラー・マシーン二号機」に乗り込んだ。


 俺の意識の一部が、「写し身の魔法」を介して二号機の心臓部にある魔石へと宿った。ドクン、と心臓の鼓動が機体のマナ・パルスと同期する。


 この機体に乗り込んだ俺はいわば「分体」であり、操縦席の外、目の前で静かに佇んでいる生身の身体こそが、俺という存在の「本体」だ。


 本体はすぐさま「転移」を発動した。


 空間が紙を破くような音を立てて歪み、俺の本体は処刑の行われる広場へと移動していった。あちらで魔物を召喚し、場をかき乱す予定だ。


 分体である俺は、ひとまず屋敷の中庭にあるこの静かな倉庫で、待機することにする。



 ***


 十分ほどが経過した頃だろうか。


 空間が再び明滅し、倉庫の中に俺の本体が姿を現した。

 ローブの裾には微かに砂埃がついており、外の騒乱の激しさを物語っている。


「今からおよそ五分後だ。準備をしておいてくれ」


 本体が、どこか楽しげな色を瞳に宿してそう告げる。


 向こうでの工作は順調にいっているらしい。

 民衆の避難もあらかた完了したようだ。


 俺は機体の中で律儀に秒数を数えながら、その時をじっと待つ。

 

 三百秒を少し超えたあたりで、本体が目の前に転移してきた。

 広場の中央に、わざわざ「適当な」魔法陣を描き終え、転移でこちらに戻ってきたのだ。


 「鋼鉄の魔人」が禍々しい召喚魔法によって異界から現れるという、魔界や魔人に疎いこの世界の住人たちを騙すための演出。そのためだけに、わざわざ広場へ魔力による「それっぽい」偽の魔法陣を刻んできたのである。


 さて、ここからは分体である俺の出番だ。


 この鋼鉄の身体には、生身のような血の通った口こそついていない。だが、音響効果のある魔石を用いた特殊な発声装置が内蔵されている。


 これによって周囲の喧騒を拾い、また自在に大地を揺るがすような声を発することが可能なのだ。


 俺は存在しない口元を、ニヤリと歪めてから――


『跳躍』


 と、短く呟き、「転移」を発動。


 行先は秩父山中――ではなく、処刑が行われる予定の中央広場。


 内臓が浮き上がるような感覚と共に、先ほどまで本体が立っていた、混乱と熱気の渦巻く広場の中心へと空間を跳んだ。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 (王都騎士団長、サー・ガイウス視点)


「放てぇッ!」


 私の号令と共に、広場に集結した王国の精鋭たちによる魔法が、一斉に「鋼鉄の魔人」へと放たれた!


 全長五メートルはあろうかという白き巨躯を目掛け、紅蓮の炎、極寒の氷、そして轟く雷鳴――あらゆる属性が殺到する。


 放たれたマナの奔流は、私の視界を真っ白に覆い尽くし、空間そのものを埋め尽くさんばかりの勢いだ。


 ……だが、いつまで待っても、鼓膜を揺るがすべき着弾の轟音が響かない。


 それは、あまりにも奇妙で、魂が凍り付くような恐ろしい現象だった。

 放たれたはずの攻撃魔法が、鋼鉄の肌に触れる直前でフッと、朝露が消えるように霧散してしまったのだ。


 長年、数多の戦場を駆け抜けてきたが、魔法という超常の力がこれほど無慈悲に拒絶される光景は一度たりとも見たことがない。


「……なんだ。一体、何が起こっているというのだ!? 私の目は狂ったのか……!?」


 爆煙すら上がらない。

 鋼鉄の魔人は、傷一つなく、嘲笑うかのようにそこに佇んでいる。


 あまりの威容への焦りから、狙いを外した一発の火球だけが、虚しく石畳に着弾して小さな炎を上げている。


 それ以外の魔法は、まるで最初から存在しなかったかのように、すべて綺麗に消滅してしまったのだ。


 わかっている確かな事実は、ただ一つ。


(……この魔人を召喚した術者は、こいつのことを『魔界の次代の王、魔人オルカスの尖兵』と呼んでいた。つまり、主であるオルカスは、こいつよりもさらに強大で、理不尽な怪物だということか)


 そんな神にも等しい化け物が、この人間界の支配を企てている。


 その事実に、私の身は底知れぬ絶望に覆われた。

 喉の奥がカラカラに乾き、剣を握る籠手が嫌な汗で滑る。



 ***


 その時だ。

 白を基調とした魔人の巨躯が、駆動系を微かに唸らせ、全身を震わせるようにして言葉を発した。


『聞け! 愚かなる人間どもよ。我は偉大なる次期魔王「オルカス」様の配下――「鋼鉄の魔人」ガダームなり!』


 広場の騎士団も、生き残った王国軍の兵士たちも、その空気を物理的に震わせる重低音の響きに、ただ呆然と立ち尽くしている。


 逃げ遅れたカラスたちが、その不吉な声に驚いて一斉に飛び立った。


「鋼鉄の魔人……ガダーム……」


 あれほどの魔法掃射が、何ら抵抗もなく無効化されてしまったのだ。


 この、城門をも一撃で粉砕しそうな鉄の巨体を相手に、どう戦うべきか。

 もはや剣一本では見当もつかない。しかし、騎士としてここで「逃げる」という選択肢など、我が辞書には存在しなかった。


(……オルカスを『次期魔王』と言っていたな。まだ魔界を完全に掌握してはいないのか? だが、そんな不安定なタイミングで、なぜわざわざ人間界に干渉してきた?)


「ガダームと申したか! オルカスの狙いは何だ!? お前のような化け物が、一体、何をしにここへ現れた!」


 私が決死の覚悟で、震える声を絞り出して問いかけると、魔人は即座に応じた。

 その赤いモノアイが、ゆっくりと私を捉える。


『我が来た目的は「手合わせ」だ。この人間界で最も強い者を、今この場へ連れてこい! お前たちの実力を、このガダームが試してやろうではないか』


 ……手合わせ、だと。

 思わず、皮肉な笑みがこぼれそうになった。


(……この世界を武力で支配するために、まずは人間の有力者の力量を測っておこうという腹か! 傲慢なことだ!)


 相手の狙いは判明した。

 だが、どう対応すべきか。


 私の心臓は、鎧を突き破らんばかりに早鐘を打っていた。



 ***


(この世界にいる実力者ということであれば、その一人はこの私だ。だが、対魔人戦となれば、聖なる天使を召喚できるリアム王子をおいて他にない。……しかし、殿下を今ここで危険に晒す真似はできん。それに万一、リアム殿下がこの魔人に無惨に敗北するようなことがあれば、人間側に打つ手は完全になくなる。希望の火が消える……!)


 この局面でリアム王子を出すのは、国家としての明白な悪手だ。


「手合わせを望むというのなら、この私――騎士団長ガイウスが相手になろう!」


 私は大声で宣言すると、身体能力を魔法で極限まで強化した。


 筋肉が膨張し、神経が研ぎ澄まされる。

 この化け物には攻撃魔法が通用しなかった。おそらくは、魔法そのものを霧散させ、打ち消す特殊な術に長けているのだろう。


(裏社会の情報屋から仕入れた忌々しい話では、あのゼノス・グリムロックに雇われていたという「漆黒の魔剣士」が得意としていた魔法だ。「そういう理不尽な魔法が存在する」こと自体は知識として知っていたが……いざ目の前で使われてみると、これほどまでに厄介とは……!)


 貴族にとって、そして騎士にとって、魔法とは絶対的な奥の手であり、己の誇りそのものである。


 それを使ったにもかかわらず何も起きず、無造作に打ち消される。

 

 それは精神を著しく摩耗させ、言いようのない焦燥感を激しく掻き立てるものだ。何しろ、これまで信じてきた武器が、すべて紙屑に変えられてしまったのだから。


 戦闘の最中に、世界の前提条件そのものを根底から覆されてしまったに等しい。

 だが、ここで騎士団長が膝を折れば王国の威信は失墜する。


 私は眼前にそびえ立つ白き悪魔を見上げ――

 死の恐怖を押し殺して不敵に戦いを挑んだ。

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