第230話 一斉斉射
(ゼノス視点)
俺は公開処刑が行われる広場から、少し離れた時計塔の影に身を置いていた。
石造りの壁に背を預けると、冷たい感触が肌に伝わる。そこから、騒がしいカーニバルの成り行きを冷静に観察する。
俺の召喚した魔物たちは、堰を切ったように広場へと雪崩れ込んでいった。
地を這うような低い咆哮、粘つくような体液の匂い。しかし、彼らは逃げ惑う民衆には目もくれず、迎撃に来た兵士とのみ戦闘を開始した。
魔物は本来、知性も低く本能に忠実な存在だ。
だが、召喚主である俺の命令は絶対的な強制力を持ち、今のところ指示に背く個体は一匹もいない。
広場にはかなりの人数が処刑を見物に来ていたが、彼らは兵士たちの誘導を受け、魔物が侵入した地点とは反対の方向へ逃げ去っていった。
王都の石畳を叩くおびただしい数の足音。
王国軍側も事前に避難誘導のシミュレーションを徹底していたようで、その手際は驚くほど鮮やかだ。 民間人に無駄な被害を出したくない俺としても、これには大いに助かった。
(……とはいっても、魔物も一つの命であることに変わりはない。『無抵抗で一方的に殺されろ』とは、流石に指示できないからな)
鉄と肉がぶつかり合う鈍い音。
兵士の中には魔物との戦闘で負傷し、命を落とす者も出るだろう。
だが、それは仕方のないことだと割り切っている。俺は自分の指先に残る、地面の冷たさを確かめるように拳を握り込んだ。
(俺は聖人ではないし、ましてや正義の味方でもない)
死んだのなら、それは単に実力がなかった、そいつの責任だ。
俺の目的はただ一つ。
この茶番じみた処刑を叩き潰し、俺の女を奪い去ることだけだ。
***
広場の民衆があらかた避難を終えると、魔物たちは本格的に牙を剥いた。
これまでは防戦一方だったが、狙いを騎士団に定め、一斉に襲いかかっていく。
対する王国軍も、後方に控えていた魔導士部隊による一斉砲撃を開始。
空気中にマナの焦げるような異臭が漂い、爆炎が石畳を黒く焦がしていく。
避難誘導に人員を割いていた一般兵たちも、部隊ごとに集結し、次々と戦闘に加わっていった。
戦場が最高潮の混乱を迎えたその隙に、俺は「転移」を使い、一瞬で自宅の中庭にある倉庫へと移動する。
広場の喧騒が嘘のような静寂。そこには、オイルと磨かれた鋼鉄の匂いを纏い、鉄の巨躯を誇る「キラー・マシーン二号機」が静かに佇んでいた。
「……今からおよそ五分後だ。準備をしておいてくれ」
月明かりのような魔導ランプに照らされた機体に、それだけ告げる。
返事はない。
だが、内部の魔石が脈動するように微かに光った気がした。
俺は再び、広場の周囲にある薄暗い路地へと姿を戻した。
俺は白いローブを纏い、顔はフードと仮面で完全に隠している。
指には『変身の指輪』を装着し、認識阻害の魔術式によって、正体が露見せぬよう万全を期していた。
そのいでたちのまま、俺は混乱の極致にある広場の中へと足を踏み入れ、真っ直ぐに進む。騎士団と魔物の群れが激しく交戦し、血飛沫が舞うその中心地点を目指して。
春の穏やかな日差しの中で、信じられないほど血腥い戦いが繰り広げられている。王国軍の兵士たちは眼前の魔物を捌くのに必死で、俺のような不審者にかまっている暇はないようだ。
誰に邪魔されることもなく、俺は優雅に、かつ不気味に歩みを進める。
すべては、最後にして最大の仕掛けを完成させるために。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(王都騎士団長、サー・ガイウス視点)
アースガルド王国、その中枢たる王都の中心部に突如として現れた魔物の群れ。
降り注ぐ魔法、飛び散る魔物の血。
我が騎士団と王国軍の兵士が死闘を演じるこの地獄のような広場に、一人の不審者が悠然と姿を現した。
(……なんだ、こいつは。どこかで見たことがあるような……?)
魔導士の風体だが、魔力が全く感じられない。
何より、この鼻につく「胡散臭い」雰囲気には強烈に身に覚えがある。
だが、それが誰だったのか、どうしても思い出せないのだ。
まるで喉の奥に小骨が刺さったまま取れないような、深刻な「ど忘れ」に陥っている感覚――思い出せそうで、全く見当がつかない苛立ち。
くそっ、記憶の靄が邪魔をする!
正体を探るのは後回しだ!
「止まれ、怪しい奴め! 貴様は何者だ!!」
私は腹の底から、戦場に響き渡る大声で誰何した。
すると、そいつはその場にぴたりと足を止め、思いのほか朗々とした、それでいて芝居がかった声で応じた。
「私は『魔界の次代の王、オルカス』様の眷属が一人――オルカス様はこの世界の支配を望んでおいでだ。私は我が身を賭して、この非力な人間界に、偉大なる尖兵を召喚する! いでよ、『鋼鉄の魔人』!!」
男は高笑いと共に叫ぶなり、地面に両手をついた。
刹那、その魔導士を中心に、見たこともないほど巨大な魔法陣が石畳を侵食するように展開された。
闇の魔力で描かれた禍々しい紋様。
直後、地面からは噴水のように、漆黒のドロリとした魔力がほとばしった。
あまりの重圧に、近くにいた兵士たちが膝をつく。
それと同時に、男の姿は霧が晴れるように掻き消えた。
(どういうことだ!? 身を賭して……と言ったな。自分の存在すべてを、召喚魔法の糧にしたというのか!?)
私は何が起きても対処できるよう、手の平の汗を拭い、大剣の柄に全身の力を込めて身構える。
周囲の魔物たちの討伐は順調に進み、終息へと向かいつつあるが、この不気味な静寂こそが最大の恐怖だった。部下たちも緊張に顔を強張らせ、鎧の擦れる音だけが虚しく響く。
だが――
数秒が経過しても、何も起きなかった。
「なんだ……?」「ハッタリかよ」「召喚に失敗したんじゃないのか?」「だが、奴は忽然と消えたぞ。あれは一体……!?」
我々が呆気に取られていた、まさにその時だ。
突然、太陽の光を遮るように、目の前の空間を埋め尽くす巨大な質量が現れた。
ドォォォォンッ!!
石畳が悲鳴を上げ、粉塵が舞う。
それは、まさしく「鋼鉄の魔人」だった。
その全長は五メートルに及ぶ。
我々が手を焼き、数人で包囲してようやく仕留めるオーガですら、その半分程度の高さでしかない。
これまで戦ってきた魔物の中には石造りのゴーレムもいたが、これは明らかに格が違う。磨き抜かれた鋼の光沢、無慈悲に光る赤い眼。圧倒的な存在感、そして絶望的なまでの威圧感。
(……しかし、どういうことだ? こいつからは、魔力が全く感じられんぞ!?)
魔法の感知に頼れない不気味さ。
だが、戸惑いを無理やり振り払い、私は全軍へ向けて大声で指示を飛ばす。
「魔導士部隊! いや、魔力にまだ余裕のある者すべてだ! 迷うな、一斉砲撃を行う! タイミングを合わせろ。発動は十秒後だ!!」
十秒――。
熟練の魔術師ならば、三秒で高火力魔法を放てるだろう。
だが、今は威力を少しでも底上げしたい。幸いなことに、敵は出現した位置に佇んだまま、沈黙を貫いて微動だにしない。
(なぜ動かない……? いや、考えるのは後だ!)
魔物との乱戦で、多くの者が魔力を消耗している。
喉の奥は砂を噛んだように乾き、呼吸は苦しい。
だが、我が騎士団はこの国の精鋭中の精鋭。
私を含め、まだ奥の手は残っている。
周囲の王国軍兵士の中にも、死を覚悟した目で魔法の詠唱を開始した者がいる。
大気がビリビリと震え、魔力の共鳴が広場を満たしていく。
この一斉攻撃にすべてを懸け、奴に致命傷を与えねばならない。
頼む、この一撃で片付いてくれ……!
私は祈るような心地で、振り上げた剣を振り下ろした。
「三、二、一……全弾、放てぇ!!」
百人を超える魔導士と騎士による、魔法の一斉掃射。
紅蓮の炎、極寒の氷槍、轟く雷鳴。
あらゆる属性が混じり合った、さながら神の怒りのような濁流の大火力が、鋼鉄の魔人を目掛けて放たれた。
広場が、光で真っ白に染まる。
その光景を目にした誰もが、勝利を確信した。
――いかに魔人といえど、これを受ければ跡形もなく消し飛ぶはずだ、と。




