第227話 公開処刑は、春の訪れと共に。
カストル侯爵家と俺との間に生じた「物理的な衝突」に対し、王家や学園は一貫して不介入の姿勢を貫いている。
本来、王家は俺という存在を蛇蠍のごとく嫌い、強く警戒しているはずだ。隙あらば政治的な攻勢を仕掛け、俺の首に鎖を繋ぎたいところだろう。
だが、カストル侯爵家に明確な謀反の兆し――それも俺がリークした「一万人分の武具」という動かぬ証拠がある以上、今は俺を刺激するのを控えるべきだという賢明な判断を下したのだろう。
バルトロメウスが予測していた通り、王家側もすでに内偵調査を完了させているはずだ。
そうなれば、侯爵領内の不自然な徴兵状況や、隠匿された兵糧の数も早晩明らかになる。現在、王家の連中はその事後処理と防衛計画の策定で、文字通り寝る間もないほど頭がいっぱいなのだ。
このタイミングで、カストル侯爵家への武器売却を真っ先に阻止した功労者(俺)を敵に回すのは、明らかな愚策。
当面の間、彼らには俺の私生活にまで首を突っ込む余裕などない。
ちなみに、俺が文字通りボコボコにしてやったオーギュストら不良三人組は、あの日以来、一度も学校に姿を見せていない。重症という話だが、まあ、死んではいないだろう。
***
刺すような冬の冷気が和らぎ、屋敷の庭に湿った土の匂いが立ち込め始めた。
ようやく、春の気配が近づいてきた。
この冬の間、俺は学園での退屈ではあるが有意義な勉学と、中庭の訓練場での戦闘訓練に文字通り精を出していた。
魂を二つに分割し、「写し身の魔法」でキラー・マシーン一号機へと意識を沈める。
視界が空間把握によるの感知世界へと切り替わり、歯車が噛み合う微かな振動が、分割された俺の魂へと直接伝わってくる。
俺自身の機械操作の精度が劇的に向上した結果、生身の俺(本体)は次第に苦戦を強いられるようになっていた。
今や「加速魔法」を使用しなければ、四本の腕を持つ鉄の巨体の懐に入って有効打を与えることすら困難なレベルにまで達している。
「ガギィィン!」と、硬質の打撃音が春を待つ静かな庭に響き渡る。
火花が散り、熱を帯びた鉄の匂いが鼻腔を突く。
この模擬戦は、近接戦闘能力のみならず、分割した精神を制御する複雑な魔法操作能力の向上にも大きく寄与してくれた。
俺はいつものように訓練を終えると、マシンのコア魔石に触れ、分割していた魂を回収する。
脳が溶けるような不快な浮遊感のあと、どっと重力が全身にのしかかる。
俺は呼吸を整え、額の汗を拭った。
それから工房へと向かい、キラー・マシーン二号機の最終整備に励むエイルたちに声をかけた。
工房内は魔法溶接の青白い光が明滅し、油と焼けた金属の匂いが充満している。
「どうだ? 予定日までには使えそうか?」
「はい! ゼノス様。駆動系の調整はほぼ終わりました。それまでには確実に仕上げてみせます。ただ、操作には一号機以上の精密さが求められますから、できるだけ早めに完成させますね」
この二号機のコンセプトは「大型化」だ。
外装の設計も一号機とは根本から異なり、俺のリクエストで装甲は白を基調とした、いかにも「ロボット」を思わせる塗装に仕上げてある。 そして、この機体にはすでに「使い道」が決まっている。
一号機よりも早く、実戦デビューを飾る予定なのだ。
おそらく一回限りの使い捨てになるだろうが、俺にとっては極めて重要な局面での投入となる。
もうじき春が来れば、学園の三年生が卒業する季節だ。
そうなれば、エレノアはクロウリー公爵家の嫡男、バルトロメウスと結婚することになる。
……自分の気に入った女が、俺以外の男と誓いのキスを交わすのを、指をくわえて見ているような殊勝な人間ではない。バルトロメウスに恨みはないが、すでに花嫁を強奪する決心を固めていた。
一号機の全長は約二メートルほどだが、この二号機は全長五メートルに及ぶ巨躯を誇る。
さらに周囲の音声を感知し、魔石を介して自らも声を発することができる。
特殊な音響魔法装置を取り付けてあるのだ。
***
来るべき「花嫁強奪計画」の備えを着々と進める俺のもとに、ある衝撃的な知らせが届けられた。
夕暮れ時、屋敷の応接室に現れたのはエリザベート・アドラステア。
帝国の王女にして、リアム王子の婚約者。
彼女の纏う高級な薔薇の香水が、今日はどこか不穏に揺れている。俺の屋敷を訪ねてきた彼女の口から、無視できない情報がもたらされた。
「……昨日、ヴィオレッタ様が近衛騎士団によって拘束されました。現在は王宮にて、厳重な軟禁状態に置かれています」
その報告を聞き、俺は持っていたティーカップをソーサーに戻した。
磁器が触れ合う高い音が、静まり返った部屋に小さく響く。
本来であれば、それはゲームシナリオ通りのイベントであり、驚くようなことではないはずだ。
この世界の悪役令嬢、ヴィオレッタ・アザレア。
アザレア公爵家の令嬢である彼女は、これまでエリザベートに対して執拗な嫌がらせ――あるいは暗殺未遂を繰り返してきた。
ゲームのシナリオ通りなら、彼女はその罪によって、清廉潔白を地で行くリアム王子から処刑を言い渡される。そして春を祝う祭りの最中、衆人環視の中で公開処刑が行われ、ギロチンによってその首を撥ねられる。
その「処刑ルート」を辿った場合、後の戦争パートにおいて、娘を殺されたアザレア公爵家は主人公(王家側)に対して非協力的態度をとる。
一方で、密かに処刑を回避させる「隠しルート」も用意されており、その選択肢を選べば公爵家から兵力と資金の提供を受けることができるのだ。
どうやら、この世界の「リアム王子」は処刑ルートを選択したらしい。
(だが、おかしいぞ……。あいつはもう、嫌がらせなんてしていないはずだろ)
悪役令嬢ヴィオレッタは、すでに俺が徹底的に「躾け」て改心させている。
彼女はとうの昔に、エリザベートに対する陰湿な攻撃を止めているはずなのだ。
今このタイミングでの処刑宣告とは、一体どういう風の吹き回しだ。
俺の疑念を察したように、エリザベートが経緯を詳しく説明してくれた。
彼女の手は微かに震え、膝の上のドレスを握りしめている。
「リリアーナ姫の捜索を続けていた騎士団が、ある犯罪組織の拠点を摘発しました。その際、わたくしを害する――盗賊に襲わせ、辱めるための依頼書類が見つかったのです。随分と前の日付で、依頼自体は直前にキャンセルされていたようなのですが……。毒物の調達記録なども残っており、王家としては到底捨て置けないとのことでした」
(キャンセルされた時期……。なるほど、俺が彼女の鼻っ柱をへし折って、従順な牝犬に変えた辺りだな)
リアム王子という為政者の立場からすれば、過去の犯罪であれ「殺害依頼」という事実は重い。処刑は当然の法的判断だろう。
帝国との外交関係も考慮すれば、ここでヴィオレッタを断罪するのは国際的なパフォーマンスにもなる。アザレア公爵家との繋がりを考えれば、内々に処罰を軽減するという政治的な妥協案もあるはずだが、光属性の魔力を持ち、正義を信仰するリアム王子にはその発想はなかったはずだ。
もし俺が彼の立場であっても、法と秩序を優先するなら同じ決断を下したかもしれない。何しろ、かつてのヴィオレッタはエリザベートを何度も殺そうとしていたのだから。その大罪に対する報いは、厳然と受けさせねばならない。
(とはいえ、俺がすでに「改心」させた後なんだよなぁ……)
エリザベートとヴィオレッタの仲も、すでに修復済みだ。
この屋敷に二人を呼び、俺のベッドの中で「競わせた」ことだって何度もある。
一人の男を巡る女の戦い。
その対象はリアム王子ではなく、いつの間にか「俺」にすり替わっている。
ともかく二人は陰湿な刺し合いではなく、正々堂々と(?)健全に競い合う仲になっていたのだ。互いの身体の相性を認め、尊重し合える関係にまで昇華されていたはずなのに。
「わたくしも何とかとりなそうとしましたが……被害者の身であるわたくしが庇い立てするのも不自然だと思い……。こうして、ゼノス様に相談に参ったのです」
エリザベートの瞳には、ライバルを案じる真実の色が宿っていた。
繰り返すが、リアム王子の判断は法に照らせば正しい。ここでヴィオレッタを助け出したいという願いは、俺の単なる「わがまま」であり、横暴だ。
だが俺は、この世界に転生して以来、ずっと自分の好きなように生きてきた。
そして、これからもその姿勢を変えるつもりはない。
「……公開処刑、か」
俺は立ち上がり、窓の外の柔らかな日差しを眺めた。
そして、ヴィオレッタを処刑から救い出すことに決めた。
用意していた「ロボット」の出番が、少し早まりそうだ。




