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第226話 なるほど、そういうことですか。

 カストル侯爵の嫡男、オーギュスト率いる不良グループを文字通り「掃除」した翌日の放課後――俺は加害生徒として、生徒会室に呼び出されていた。


 重厚なマホガニーの扉を開けると、暖炉の爆ぜる音さえ聞こえないほどの静寂が部屋を支配していた。


 冬の斜光が窓から差し込み、宙を舞う埃を白く照らしている。


 そこには、柔和な双眸を向ける生徒会長バルトロメウスに加え、憮然とした表情のリアム王子、そして細かいことは何も考えていないアルドリックと、神経質そうに眼鏡のブリッジを押し上げるエリオットが待ち構えていた。


 高級な茶葉の香りと、隠しきれない殺伐とした空気。

 俺は促されるまま、彼らの正面にある硬い椅子に腰を下ろした。


「……相手の言い分に対して当然異議はありますが、さて、どこから説明したものやら」


 俺は説明の切り出しに困り、喉の奥がチリつくような乾燥を覚えた。

 別にもったいぶっているわけではない。背景となる前置きがあまりに長く、どこから話し始めるべきか脳内の索引をめくっていたのだ。


「……ひょっとして、先日の手紙の件が関係しているのか?」


 沈黙を破ったのはリアム王子だった。

 探るような、射貫くような視線。


「ええ、まあ、そうなりますね。手紙の内容は、バルトロメウス会長もご存じで?」


「ええ。私も事前にリアム殿下から情報共有を受けております。学園の平穏を脅かす種は、把握しておく義務がありますから」


 バルトロメウスが淡々と、だが有無を言わせぬ響きで答える。


 話が早くて助かる。

 俺は少しだけ肺に溜まった重い空気を吐き出した。


「では、多くを語らずとも、おおよそのことは察していただけていますね」


 オーギュストはザイツ商会に対し、一万人分の武具――時価にして金貨六万枚相当を、わずか金貨一千枚で用意しろと無理難題を吹っかけていた。


 武具の提供元であるドワーフ領は俺の管轄下にあるし、ザイツ商会のバルタザールは俺の子分のようなものだ。


 俺の大事な財布と利権に泥靴で踏み込んできたから、叩きのめした。

 構図としては、ただそれだけのことだ。



 ***


「事情は理解できなくもないが……。それにしても、やり方が汚すぎるのではないかね?」


 リアム王子が、苦虫を噛み潰したような顔で苦言を呈してきた。

 相手の言い分では、『俺が駐車場の影に潜み、背後から不意打ちして三人に一方的な暴行を加えた』ことになっている。


 事実はまるで違う。

 奴らがノコノコ現れるのを正面から待ち構え、宣戦布告してからボコった。


 だが、俺はあえてその誤解を解かないことに決めた。

 リアム王子には、まだ『俺が身体強化なしで三人を圧倒できるほど強い』という事実は伏せておきたいのだ。


 魔力ゼロの「敗北者」というラベルは、盾としてあまりに使い勝手がいい。


「喧嘩の詳細については、双方の主張が食い違うでしょうね。あの時、あの場所で何があったのかを証明する術はありません。監視の目も、魔法の記録もないのですから。――ですが、事の本質はそこではないはずです」


 俺はわざとらしく、乾いた唇を舌で湿らせてから続けた。


「金貨一千枚で一万人分の武具を用意しろなどと、彼が無茶を吹っかけてきた点にあります。俺はザイツ商会と懇意にしていますし、ドワーフ領を管轄する責任者でもある。もしカストル様の要求を受け入れれば、現場で働くドワーフたちは低賃金の奴隷労働を強要されることになる。……リアム殿下としても、亜人に対しての差別的な奴隷契約は、望まないでしょう?」


 喧嘩の『内容』に関してはあえて争わず、喧嘩の『理由』を毅然と主張しておく。


 公明正大なリアム王子も、こう言われれば俺を一方的には糾弾できない。

 案の定、殿下は苦渋の色を浮かべて目を閉じ、反論を喉の奥へ飲み込んだ。


 しかし、主君が黙れば、代わって側近が噛みついてくるのが世の常だ。

 エリオットが、リアム王子の背後から俺を攻撃する。


「だとしてもだ! やり方というものがあるだろう! 何も暴力を振るわずとも、言葉を尽くして相手を説得すれば済む話だ。重傷を負わせ、廃人寸前にまで追い込まなければならない理由など、どこにもないはずだぞ。あと少し打ち所が悪ければ、カストル様は命を落とすところだったんだぞ!」


 ……確かに、それはその通りだ。

 俺にとっても、そこは想定外だったのだ。


 売られた喧嘩を買い、圧倒的な力で叩きのめす。

 その絶望の底で「ザイツ商会から手を引け」と交渉する。


 俺の当初の計画はそうだった。

 まさか、全く勝ち目のない状態で、自分の弱さも理解できず、いつまでも負けを認めずに父親の威光を喚き散らすような馬鹿だとは思わなかったのだ。


 俺だって、本来は穏便に、省エネで話を付けるつもりだった。

 それなのに、あの馬鹿が往生際悪く反抗し続けたせいで、俺の拳が止まらなくなってしまった。


 あいつは自分の命とプライドを天秤にかけて、最悪な形で「プライド(失笑)」を取ったのだ。お世辞にも立派な生き方をしているようには見えなかった奴が、土壇場でそんな狂信的な選択をするとは、普通は思わないだろう。


 こっちだって、いい迷惑だ。



 ***


「そうは言ってもよう。元を辿れば、カストル先輩の方が悪いわけだしな。カストル侯爵家が謀反を企んでるんだろ? だったら、武器を売らなかったこいつの判断は間違ってねーだろ。侯爵家に本気で反乱を起こされると、流石に厄介だからな」


 武闘派のアルドリックは、退屈そうに指を鳴らしながら俺の味方をしてくれた。


 同時に、彼の言葉から重要な情報が得られた。


 現在、王家はリリアーナ姫の捜索を名目に、軍事行動の準備を進めている。

 ただしその対象は、侯爵家のような大物ではなく、もっと身分も領地も小さい「小物」を狙う予定だったようだ。


 ゲーム知識のある俺から見れば、カストル侯爵など戦争パート序盤の雑魚キャラに過ぎない。だが、これが現実となった世界では、『侯爵家の反乱』という響きは凄まじい政治的インパクトがあるらしい。


 王家がそれを避けたいと思うのは当然のことだ。


 アルドリックの擁護に対し、エリオットが即座に激昂する。


「だからこそ、この男に相応の罰を与えねばならんのだ! 反乱の口実を与えないためにも、『卑怯な不意打ちで重傷を負わせた』という貴族にあるまじき暴挙を働いたこの男を、即刻退学にすべきだ! そもそも、カストル侯爵家の謀反の疑いなど、現時点ではこの男の推測に過ぎない。侯爵家の常備兵は八千人。一万人分の武具を新調すること自体、不自然ではないだろう!」


(……なるほど。俺からすればカストル侯爵の謀反は確定した未来だが、ゲーム知識のない彼らにとっては、まず『反乱計画は本当か?』というゼロ地点から考えなければならないのか)


 価値観の相違。

 これはどう説得したものか。


 俺が彼らを、どう言ってけむに巻こうか考えていると――。


 生徒会長のバルトロメウスが、独り言のようにぽつりと呟いた。


「……なるほど。そういうことですか。流石はグリムロック様だ」


 ――ん?

 どういうことなんだ、バルトロメウス。


 俺の行動のどこが「流石」なんだろうか??



 ***


「まず、常備軍八千人のために一万人分の武具を新調する可能性は低いでしょう。今のカストル領の財政にそこまでの余力があるとは思えません。……こう仮定しましょう。カストル侯爵が約六十万の領民から一万人を強制徴兵し、武具を調達し、訓練を施してから反乱を起こそうとしているのだと。――今はまさに、その武具調達の段階です」


 バルトロメウスは、何かに取り憑かれたような淀みのない早口で自説を述べていく。


「もしこの段階で反乱が起きれば、彼らは武装も訓練も不十分なまま、未熟な戦力で戦いに挑むことになる。どうせ戦うのであれば、相手に準備をさせないうちに、こちらの土俵へ引き摺り出した方が被害は少ない。……さらに言えば、侯爵から反乱を起こさせるメリットが生まれる。――王家側から攻撃を仕掛ければ他の貴族の反発を招きますが、相手側から仕掛けさせる形にすれば、諸侯の反発を抑えられます。結果として、反乱の広がりを最小限に留めることができるのです」


 一気にまくし立てられたバルトロメウスの推論。それを受けたリアム王子が、雷に打たれたような顔をして一つの結論を導き出した。


「つまり……彼はあえて理不尽な挑発をすることで、侯爵家に『冷静さを欠いた早すぎる反乱』を誘発させようとした、というのか……?」


「ええ。カストル領内に内偵を放ち、徴兵状況を確かめる必要はありますが……。反乱計画が事実であれば、ここでわざと嫡男を叩き、謀反を早めさせるのは、将来的なリスクを最小限に抑えるための『究極の上策』かと――」


 俺の関与しないところで話が勝手に成層圏まで飛躍していき、最終的に俺はお咎めなしということになった。


 そもそも、同格の貴族同士の諍いには、特別な政治的思惑がない限り学校側は介入しないのが基本だ。


 反乱への具体的な対応は、これから王家やクロウリー家が担うことになるだろう。


「……では、私はこれで」


 俺は深く追求される前に、さっさと生徒会室を後にした。


 扉の外に出れば、そこは夕闇が迫り、冬の寒さが支配する静かな廊下だった。

 俺は一気に気が抜けてしまい、少しだけ身を震わせた。指先の冷えが、ようやく現実に戻ってきたことを教えてくれる。


(……戦略的挑発か。俺はただ――腹が立ったから蹴り続けただけなんだけどな)


 自分の皮肉な「高評価」に苦笑いしながら、俺は暖かい夕食を求めて、足早に帰宅の途についた。

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