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第224話 通報しました。

 ザイツ商会での打ち合わせを終え、屋敷に戻った俺は、冷え切った書斎の机に向かった。


 羽ペンが分厚い羊皮紙をひっかき、カリカリと乾いた音を立てる。

 揺れるキャンドルの炎が、壁に俺の影を長く、不気味に引き伸ばしていた。


 俺がしたためめたのは、リアム王子へ向けた一通の手紙。


 内容はシンプルだ――

 カストル侯爵に謀反の兆しあり。


 この国の安寧を脅かす火種は、小さいうちに王家に通報しておく。

 それが、隠居生活(予定)を決め込んだ俺なりのリスク管理だ。


 カストル侯爵の息子、オーギュスト・カストルがザイツ商会に対し、金貨一千枚で一万人分の武具を用意しろという、正気の沙汰とは思えない無理難題を吹っかけている。


 それはメリンダ嬢をバルタザールから奪うための方便である可能性も高いが、ゲーム知識を持つ俺の読みは違う。カストル侯爵は、本気で一万人分の武具を揃えるつもりでいるはずだ。


 彼らの勢力は、ゲーム内での戦争開始と同時に「反乱軍」として名乗りを上げる。


 本来なら反乱の首謀者として世界を焼き尽くすはずの俺が、一向に動かないせいで、設定上の悪役たちが焦って個別に動き出したのだろう。


 ゲームシナリオ上の戦争開始は約一年後。

 今から一万もの兵力を新規に用意しようとしているのだと考えれば、この時期の武具発注は辻褄が合う。


(金貨一千枚で、という「ゆすり」は息子のアドリブだろう。……あるいは、本当に金がないのかもしれん。本来の資金源――俺がばら撒くはずだった軍資金八十万金貨が、闇オークションに消えたからな)


 俺はこのゲーム世界のラスボスとして転生したが、もはや反乱などという面倒なイベントを起こす気は毛頭ない。このまま美味いものを食い、女たちを愛で、平穏を享受して生きていくと決めたのだ。


 反乱の芽があることをリアム王子に教えておけば、あとは正義感の強い彼が勝手に潰してくれるだろう。


 俺はただ、高みの見物を決め込むだけだ。


 手紙を書き終えた俺は、冷えた指先を携帯用の魔道具カイロで温めると、予定通り魔導具の改良作業に着手した。



 ***


 冬季休暇の残り二日は、予定通りに戦闘訓練と魔導具開発で費やされた。

 そして、ついに学校の新学期が始まる。


 俺は教室に着くや否や、婚約者のセシリアとリゼルから情報を収集した。

 教室には冬の朝独特の澄んだ空気と、貴族の子弟たちが纏う高価な香水の匂いが混じり合っている。


 調査対象は、オーギュスト・カストルについてだ。


 そいつの人となりは、聞くまでもなくおおよそ想像がつく。

 反乱勢力に加担する以上、闇属性の魔力の持ち主だろうし、性格もそれに応じた歪んだものだろう。


 俺が真に聞きたいのは、学内におけるそいつの人間関係だ。


「……彼には、常に付き従う影が二つありますわ」


 セシリアが声を潜めて教えてくれた。


 オーギュストの取り巻きは二人。


 グラーフ子爵の息子、レオニード・グラーフ。

 ヴァイスブルク伯爵の息子、ルシアン・ヴァイスブルク。


 レオニードは大柄な体格の武闘派であり、ルシアンは細身で端正な顔立ちの男だそうだ。


 グラーフ子爵は武門の家柄。

 そしてヴァイスブルク伯爵は、光の神「アウロラ」を信仰する国教の司祭を務めている。


 なるほど、グラーフは反乱の際の武力担当――そして、ヴァイスブルクは宗教的なお墨付きを与える役割を担う。


 そういう手筈なのだろう。

 実にわかりやすい悪役の布陣だ。


 この三人は、貴族が集うこの学校内では比較的おとなしく振る舞っているという。


 ただし、そこは三流の悪役貴族。

 身分が低く、大人しい生徒を人気のない場所へ連れ込み、「こっそりと虐める」ことで鬱憤を晴らしているらしい。


(これまで目立たないように立ち回っていたようだが――俺の知り合いに手を出したのが、奴らの運の尽きだな)


 喉の奥が微かに熱くなる。

 俺は放課後、そのオーギュストに直接会いに行くことにした。



 ***


 授業が終わると、俺は馬車の駐車場へと向かった。


 高位貴族の子弟にとって、豪華な馬車での通学は重要なステータスだ。

 俺はカストル侯爵家の紋章――翼を広げた猛禽が刻印された馬車の前で、ターゲットが現れるのを待ち構えることにした。


 夕暮れ時の駐車場は、冷たい北風が吹き抜けている。

 乾燥した藁の匂いと、馬たちの吐息が白く混ざり合っていた。


 やがて、オーギュストがレオニードとルシアンを引き連れてやってきた。

 ちなみに、オーギュストとレオニードが俺の上級生、ルシアンが下級生にあたる。


 三人とも、いかにも悪役貴族といった風体だ。その雰囲気は、前世の言葉を借りるなら「不良グループ」というのがしっくりくる。


「今日こそ首を縦に振らせてやる。お前たちもついてこい」


 オーギュストが、傲慢な笑みを浮かべて言い放つ。


「もちろんです。あの商人、少し絞めればすぐ鳴きますよ」

「……好きに暴れても良いんですよね? 学校では目立たないようにしてるせいで、体がなまってるんですよ」


「ああ、構わん。許可する。親父からもせっつかれてるんだ、手早く済ませるぞ。……ああ、そうだ。あの小デブの婚約者もついでに貰ってくるとするか。お前たちで好きにしろ」


「いいんすか? やったぜ! あの女、結構いい体してましたもんね」

「……そこまでやって大丈夫ですかね。一応、貴族の娘でしょう?」


「心配するな。相手は貧乏男爵家の娘だ、侯爵家に逆らう気概などあるまい。ザイツ商会もたかが平民の商人だ。貴族に歯向かうほど馬鹿ではなかろう。それにあの小デブ……バルタザールだったか? あいつはいかにもな『いじめられっ子』だったぞ。顔に書いてあるんだ。『ボクのことを虐めてください』ってな」


「ははっ、マジっすか! 傑作だな!」

「そこはまあ、問題ないとして……例の『ゼロの敗北者』は大丈夫ですかね?」


「それこそ問題ない。クロウリー家とのフェーデに勝ったと言っても、所詮は実家の武力に物を言わせただけだろ。あいつ自身が凄いわけではない。結局は魔力ゼロのゴミだ。それ以外の武勇伝も大したことはない。――まだ魔力の扱いに不慣れな下級生をボコっただけだろう? レオニードの敵ではない。……いや、俺一人でも勝てるんじゃないか?」



 ***


 奴らが駐車場に現れたのは、授業終了から三十分ほどが経過した頃だった。

 学校が終わってすぐに帰る生徒はもうおらず、残って活動する生徒も当分は来ない。そんな時間帯――駐車場は墓場のような静寂に包まれている。


 普段は大人しくしているという話だったが、三人揃って気が大きくなったのか、あるいは人気ひとけがないせいか。彼らは本性を剥き出しにした会話を繰り広げていた。


 どうやら今日は、これから三人でバルタザールの元へ向かい、ゆすりをかける予定だったらしい。


 俺は「気配遮断」の魔法を解き、影の中から三人の目の前に姿を現した。


「よう、元気そうだな! お前ら、何かいいことでもあったのか?」


 陽気に、それでいて底冷えのする声で語りかけてやった。

 駐車場にはヒュウと冷たい風が吹き抜け、オーギュストの金髪を乱す。


 突如として目の前に現れた俺に対し、奴らは最初こそ、心臓を鷲掴みにされたような驚愕の表情を見せていた。


 だが、すぐにオーギュストとレオニードが、険しい表情で俺を睨みつけてきた。


「……なんだお前、待ち伏せか? 魔力ゼロのゴミが」


「ああ。おしゃべりに夢中で気づかなかったようだからな。退屈しのぎに声をかけてやったんだ」


 武闘派のレオニードが、苛立たしげに一歩前へ出る。

 彼の巨体が落とす影が、俺の足元を覆った。


「てめぇ……殺すぞ!」


 それを、オーギュストが手で制した。

 彼の瞳には、嗜虐的な光が宿っている。


「三人でやるぞ。俺とルシアンは奴の左右から攻める。逃がすなよ」


 レオニードが正面を受け持ち、オーギュストとルシアンが左右に回り込む陣形だ。高位貴族の嫡男が取り巻きと三人がかり。


 普通なら絶望的な状況だろう。


(さて、どうやって倒すかな?)


 考えるまでもなかった。


 目撃者は、ここにいる三人だけだ。

 ならば、手加減などという繊細な真似をする必要もない。


 俺は「加速魔法」を行使した。

 意識の速度が跳ね上がり、周囲の風景が、そして奴らの動きが、ハチミツの中に沈んだように鈍化する。


 刹那。


 どごっ!!


 腹に響くような鈍い衝撃音が、凍った空気の中に炸裂した。

 次の瞬間には、レオニードの巨体が、糸の切れた人形のように宙を舞っていた。

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