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第222話 新たな騒動の幕開け

 砂漠の王国ザハラでの一騒動が終わり、俺は久方ぶりに拠点である自宅へと戻った。窓の外にはアースガルドの冬景色が広がっている。


 乾燥して肌を刺すような寒気と、暖炉で爆ぜる薪の匂い。

 このギャップが、ようやく帰還したのだという実感を俺に与えてくれた。


 冬季休暇、といっても残り期間はあと三日だ。

 この僅かな安息を、俺は趣味と実益を兼ねた魔道具の開発、そしてキラー・マシーンの操作習熟に充てることに決めた。


 エイルたちドワーフの開発班は、俺が不在の間も休まず働いていたらしい。

 工房には鉄を打つ高い音と、魔力炉が発する独特の駆動音が絶え間なく響いている。彼らは早くもキラー・マシーン二号機、および三号機の開発に着手していた。


 二号機のコンセプトは「巨大化」。

 城門をも一撃で粉砕する圧倒的な質量。


 対する三号機のコンセプトは「小型化」。

 一号機を縮小したサイズの量産機だ。


 それぞれ運用思想の異なる兵器を並行して組み上げていく彼らの熱量には、俺も少なからず当てられてしまう。



 ***


 俺はドワーフたちの活気溢れる鍛冶場を通り抜け、新設されたキラー・マシーン専用倉庫へと向かった。作業中のエイルに軽く片手を挙げて挨拶を済ませると、鎮座する一号機を見上げる。


 鈍く光る金属の装甲に触れると、指先から芯まで冷えるような感覚が伝わってきた。俺は「写し身の魔法」を発動させ、その機体へと意識を沈める。


 実は、この魔法には独自の改良を加えてある。

 使い慣れて操作レベルが上がった結果、新たな術式の構築に成功した――というより、さらなる禁忌の領域に足を踏み入れたというべきか。


 この魔法の最大の弱点である「無防備な本体」をカバーするため、俺は自らの精神を二つに分割することにしたのだ。


 精神の一部を強引に切り離し、それをキラー・マシーンの擬似人格コアへと直接投入する。

 以前、エルフの森の大樹から精霊を(半ば強制的に)分祀して守護精霊シルフィーを作り出した時の経験が、この「魂の引き裂き」を可能にした。


 いかにも闇魔法の「禁忌」といった趣だが、倫理観よりも好奇心が勝るのが魔導師の性だ。幸い、精神が摩耗したような感覚以外に異変はない。


 俺は自分(本体)と、俺の精神が宿ったキラー・マシーンと共に、冬の冷気が支配する倉庫の外へと出た。



 ***


 雪が薄く積もった庭で、俺対俺の戦闘訓練を開始する。

 本体の俺は訓練用の木刀を構え、相対する六本足の機械体もまた、四本の腕すべてに木刀を換装して俺を見据えている。


「……行くぞ」


 乾いた木刀の打撃音が、静まり返った冬の庭に響き渡る。


 相手は四本の腕。

 死角から同時に襲い来る四連撃に対し、こちらは二本の腕で一本の木刀を握っている。手数において、あまりにも絶望的な差があった。


 俺は正面からの真っ向勝負を避け、吐く息を白くさせながら距離を保つ。

 四本の木刀による包囲網を封じる秘訣は、三本以上の射程圏内に同時に入らないこと。


 常に斜め後ろへとステップを踏み、敵の「腕」を重なり合わせることで、擬似的に手数を減らす。


 だが、相手は六本足。重心が極めて安定しており、氷の上でも一切体勢を崩さない。機械側の俺も、本体の思考を読み取っているかのように先回りしてくる。


 ドシュッ!


 空振った木刀が地面の雪を跳ね上げる。

 この刹那、重心がわずかに移動した隙を逃さず、俺は一気に接近して渾身の一撃を叩きつけた。


 ガキィイン!


 金属と木材がぶつかり、衝撃が俺の手首を痺れさせる。

 だが機械の俺は、打撃を受けても構わずに即座にカウンターへ転じてきた。


 三方向からの同時刺突。


 俺は必死に一本を受け止めたが、残りの二撃を逃しきれなかった。

 左腕と背中に、鈍い痛みが走る。


「……ッ、完璧に防ぐのは無理か」


 俺たちは一度体勢を立て直し、再び剣戟の嵐へと身を投じた。



 ***


 訓練を終え、蒸気のように汗を流しながら倉庫へと戻る。


「お疲れさまでした、ゼノス様。お顔の色が少し優れませんが……」


 エイルが心配そうに、温かいタオルを手渡してくれる。


「ありがとう。……初めて試す魔法で、疲れたようだ」


 俺は汗を拭いながら「身代わり術式」を発動させた。

 訓練で負った打撲や筋肉の強張りを、ストックしてあるゴブリンへと転移させる。 それから一号機のコアに触れ、分割していた俺の意識を回収した。


 瞬間、マシン側で得た「機械の身体感覚」が本体の意識へと一気に逆流し、分体が蓄積した操作技術と戦闘能力が共有される。


 脳内が激しく揺さぶられるような、実に不思議で不快な、だが心地よい全能感。

 現状はまだ操作が追熟しきっていないが、いずれはこの鋼の身体が、生身の俺を凌駕する最強の矛になるだろう。



 ***


 屋敷に帰ると、健気に出迎えたリーリアを強く抱きしめてから、昼食を取ることにした。


 保有する魔力に魂は引きずられるものだ。

 禁忌に近い闇魔法を連発した後は、こうして彼女の温もりに触れて中和しなければ、俺の人格はどんどん冷酷で危険な方向へ変質してしまう。


 これは俺にとって、欠かせない「メンテナンス作業」なのだ。


 食事といえば、地下室に捕らえていた暗殺者の少女――アリアの「餌付け」にも、ようやく成功した。


 ザハラ王国の西部が俺の縄張りになったことを伝え、実際にイスファラまで連れて行って事実を確認させたのが効いたらしい。


 彼女の主であるカリム大臣から届いた「ゼノス・グリムロックには逆らうな」という旨の手紙。そして水の供給が再開された街の光景。


 それらが彼女の「部族を守る」という想いを解放した。


 俺の配下になることを誓ったその日の夜は、屋敷の風呂に入れてたっぷりと可愛がってやった。 散々手こずらされた分、相応に愛でてやらねばならない。

 褐色の肌にまとわりつく湯気、そして俺に縋り付いてくる彼女の震える指先を、心ゆくまで堪能させてもらった。


 今では彼女、アリアは――

 踊り子兼護衛として、俺の劇場型レストランに花を添えている。



 ***


 昼食を終え、食後の茶を楽しもうとした矢先、一通の知らせが届いた。

 ザイツ商会からの緊急の文だ。


(……珍しいな。あのバルタザールが向こうから連絡してくるとは)


 期待半分で封を切る。

 「新しい美少女奴隷でも入ったか?」という皮肉めいた予想は、その中身を読んだ瞬間に霧散した。


 手紙に綴られていたのは、バルタザールからの悲鳴に近い「SOS」だった。

 カストル侯爵の息子――オーギュスト・カストルが、ザイツ商会に難癖を吹っかけているらしい。


(ここで、『カストル侯爵』か……)


  アースガルド王国の南西に領地を持つ彼らは、ゲームの戦争パートが開始されると同時に王家に反旗を翻す「反乱軍」だ。


 農業が盛んな肥沃な領地。

 兵糧確保の重要性から、プレイヤーはまずここを平定しなければ詰むことになる。


 そのため最優先で攻めるべき領地――

 いわば「最初の壁」として設定されている勢力だ。


(そこの放蕩息子が、俺の大事なビジネスパートナーにちょっかいを出してきたか……)


 俺は午後に予定していた魔道具の改良をキャンセルした。

 冷え切った紅茶を一息に飲み干すと、すぐさまザイツ商会へと向かうための準備を開始した。

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