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第221話 俺の縄張り

 俺は今、目の前に積み上がった莫大な黄金を眺めている。


 砂漠の王国の悪徳大臣カリムから、半ば強引にふんだくってきた『二十五万枚』もの金貨。薄暗い金庫室の中で、それは魔導光を反射し、暴力的なまでの輝きを放っていた。


 だが、これほどの富を手にしても、俺の気が晴れることはなかった。

 胃の腑の底に冷たく沈殿した、どろりとした苛立ち。


 他人にいいように扱われ、蔑まれた記憶が、黄金の輝きを塗り潰すように脳裏にこびりついている。


 この衝動を、どこかに叩きつけなければ収まりがつかない。


(だがなぁ、八つ当たりは良くないよな。……そうだ。イスファラが正式に俺の『縄張り』になったことを、あいつらに知らせておかないと)


 ザハラ王国の地方都市、イスファラ。

 表向きは俺が統治するわけでもなければ、そこから直接的な税を得るわけでもない。街の暗部に巣食う「サンド・ファング」の残党が消えるわけでもない。


 ただ一点。

 都市の衛兵も盗賊も――すべての生殺与奪の権は俺が握る。

 俺の意向こそが、砂漠の街における唯一の法律。


 カリムとの「商談」を経て、そういう取り決めになったのだ。


 あの街の領主サーメフ・ザカリアとは、すでに協力関係を築いている。

 俺はカリムとの話がついたことを直接「通告」してやるため、サーメフの屋敷へと転移した。



 ***


 ひんやりとした地下金庫の空気から、一転して、肌を焼くような砂漠の熱気へと身を投じる。


 出現場所は、サーメフに提供させている俺専用の客室。

 熱風が窓から吹き込み、乾燥した砂の匂いが鼻を突く。俺は出現と同時に視線を走らせ、室内を「検品」した。


(……性懲りもなく、また付けやがって)


 隅の調度品。

 そしてベッドの裏。


 俺はすぐさま二個の魔導盗聴器を発見した。

 魔法で自らの気配を断絶したまま、それらを指先で摘み取る。冷たい金属の感触が、内側の苛立ちに油を注いだ。


 俺がカリムと商談を開始したのは、今日の昼前だった。

 東にある首都アル・ジャバルとこの街には時差があるため、イスファラではまだ太陽は真上にあり、一日の暑さはこれからが本番だ。


 昨晩は商隊の護衛で夜通し神経を削り、一睡もしていない。鉛のように重い瞼を精神力でこじ開け、俺はサーメフに会うべく部屋を出た。



 **


 屋敷の廊下を歩いていると、巡回中の衛兵が俺の姿を見て、幽霊でも見たかのように硬直した。俺は無言で顎をしゃくり、サーメフの居場所まで案内させた。


「こ、これは漆黒の魔剣士殿! 二十日間も姿を見せぬゆえ、我ら一同、心配しておりましたぞ……!」


 商隊の護衛任務にあたっていた期間、俺はこの街を訪れていなかった。

 サーメフは俺の再訪を、首を長くして――いや、喉が干からびるまで待ちわびていたようだ。


 もちろん、そこに親愛の情など微塵もない。


 この街は現在、カリムの手によって生命線である水を止められている。

 俺から水の供給がなければ、街は砂に呑まれる。


 蓄えられた水は断水開始時点で、残り約一ヶ月分。

 二十日間も俺が現れなかったことで、奴は供給が永遠に途絶える恐怖に、じりじりと焼かれ続けていたのだろう。


「おいでいただいて早速ですが、どうか、どうか水の供給を――」


 サーメフが必死に媚びを含んだ言葉を紡いでいる最中、執務室の扉が乱暴に蹴破られた。入ってきたのは、彼の息子二人。


 教養という言葉を母親の腹の中に忘れてきたような、無作法な乱入だった。


「おい貴様! 今までどこをほっつき歩いていた!」

「貴様がいなければ、水は減っていく一方なのだぞ!」


「ええい忌々しい。貴様のような底辺の男に、この街の命運を握られているとはな!」

「もっと責任感を持て。三日に一度はこの街に来て水を出すのだ。これは命令だぞ!」


 息子二人は交互に、唾を飛ばしながら俺を罵倒した。


 俺は奴らの暴言を一切無視し――

 懐から取り出した二つの盗聴器を、無言で三人の前のテーブルに放り投げた。


「……これに見覚えのある奴はいるか?」


 乾いた金属音が響く。

 サーメフの息子の片方が、一瞬で顔を土色に変えた。


「お、お前……。何で、わかった……?」


 犯人確定。

 俺は迷わず、脳内のスイッチを切り替えた。


 『加速魔法』――発動。

 同時に、相棒の『クロノス・ヴァイス』を音もなく抜き放つ。



 ***


 時が止まったかのような、静止したモノクロームの世界。


 鼓動の一打ちが永遠のように長く、俺だけがその停滞した空気の中を自由に滑る。超高速移動に伴う身体への猛烈な反動は、『プロテクション』によって対処済み。後の疲労の心配はない。


 この溜まりに溜まった澱を吐き出すとしよう。


 俺はまず、盗聴器を仕掛けた息子の首を、意識が追いつく前に刎ね飛ばした。

 続いて両手、両足、そして胴体へと、怒涛の刃を叩き込む。


  一秒間に十二連撃。

 三秒間という、他人にとっては瞬きほどの短い静寂の中で、計三十六の斬撃を肉体に刻みつけた。


(……身体強化を使わなければ、こんなものか)


 これほど斬らずとも一太刀で殺せる相手だが、今はとにかく八つ当たりをしたい気分だった。男の形を保っていたものは、俺が動きを止める頃には、ただの赤い肉塊と白い骨へと成り果てていた。


 サーメフともう一人の息子には、俺の姿は捉えられなかったはずだ。

 だが、この三秒間に起こった「異常」の予兆は、肌で感じ取っていただろう。


 突然部屋に吹き荒れた不自然な烈風。

 そして、飛び散る凄まじい量の鮮血。


 直後、――ズシャッ! 

 という、無数の肉と骨を断つ耳障りな音が重なって爆発。


 加速魔法を解除すると、止まっていた物理現象が怒濤の勢いで現実を侵食する。

 部屋に詰めていた衛兵たちは、主人の息子が、何の前触れもなくバラバラに弾け飛んだ光景に、絶叫することさえ忘れて硬直した。



 **


 凄惨な処刑を終えた後、俺は一滴の返り血も浴びぬまま、立ち尽くすサーメフに静かに、そして冷徹に語りかけた。


「……命令したはずだぞ。口の利き方を改めておけと」


 死神の宣告のような叱責を受け、サーメフが弾かれたように動く。

 彼は生き残った次男の頭を掴み、腰を抜かしている息子の顔を強引に地面へと押し付けた。


「も、申し訳ございませんでした……! 許して、どうかお許しをッ!」


「俺は心が広いからな。これで許してやる。だが、今のうちにちゃんと教育しておかないと、もう一人の息子も失うことになるぞ。……いいな?」


 念のために釘を刺しておく。


「き、肝に銘じておきます……!」


 さて、本題だ。

 こんなゴミ掃除のために、わざわざ貴重な魔力を使って足を運んだわけではない。


「いいことを教えてやろう。カリムと話を付けてきた。この街は今この瞬間から、俺の『縄張り』だ。止まっていた水も送るように言っておいたから、そのうち供給も再開されるだろう」


 サーメフの顔に、安堵と絶望が同時に広がっていく。

 水が手に入る喜びと、この化け物に支配されるという恐怖。


 そのせめぎ合いが、見ていて実に愉快だ。


「それとな、サーメフ。そいつを殺したのは、お前ということにしておけ。理由は『俺に対する不敬を咎めたため』だ。……いいな?」


「は、はは~~っ! 畏まりました、漆黒の魔剣士様!」


 俺はその後、傍らで石像のように固まっていた衛兵のもとへ歩み寄り、血の付いた剣の腹でその肩をトントン、と叩いた。


「お前もだ。……いいな?」


 屈強な体格の男は、ガチガチと歯を鳴らしながら「は……はい……」とだけ、消え入りそうな声を絞り出した。


 俺は満足し、この屋敷の客室を経由して、アースガルド王国の自邸へと転移した。



 ***


 屋敷に戻ると、まずは凍える体を温めるべく、風呂を沸かせて入ることにした。


 こちらアースガルドは冬の盛り。

 砂漠の熱気から一変、空気が肌を刺すように冷え込んでいる。


 駆けつけたリーリアも一緒に湯船に誘い、彼女に体を洗わせる。

 俺もまた、お返しとしてリーリアの白い体を丁寧に洗ってやった。


 湯気の中に漂う石鹸の清潔な香りと、リーリアの柔らかい肌のぬくもり。

 一緒に湯に浸かり、まったりとした無言の時間を過ごしていると、それまで胸に渦巻いていた泥のような苛立ちが、雪が溶けるように消えていった。


 最後には心身ともにすっきりとした心地で、二人で風呂から上がる。


「お前のおかげで、旅の疲れがとれたよ。ありがとう、リーリア」


 俺の言葉に、リーリアは頬を桃色に染め――

 嬉しそうに、そして慈しむように優しく微笑んだ。

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