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第217話 興味があるのは贅沢な暮らしと、女、それに黄金だ。

 砂漠の王国ザハラの首都アル・ジャバル。


 俺は乾燥した空気と、不当な関税への苛立ちを抱えながら、ベッドの上で一時の休息を取っていた。だが、静寂を切り裂く微かな衣擦れの音が、俺の意識を強制的に覚醒させる。


 招かれざる客の、お出ましだ。


 奴らは窓の隙間を抜け、音もなく室内へと侵入してきた。

 全身を死装束のような白で包み、その両腕の先には、肉を抉るために特化した無骨な「鉤爪」が鈍い銀光を放っている。顔は厚い覆面で覆われ、覗く瞳には一切の人間性が欠落していた。


 迷うまでもない。

 暗殺者だ。


 その数は全部で五人。

 砂の上を滑る蛇のような手際で、彼らは俺を取り囲む。一歩、また一歩と距離を詰める足音さえ、この宿の古びた床を鳴らすことはない。


 淀みのない滑らかな動き。


(……ふーん。随分と手練れを揃えたもんだな)


 対する俺は――

 指先一つ、眉根一つ動かさず、ただ静かに座っていた。


 冷めきった心と目で、そいつらを見ている。


 暗殺者たちの鋭い鉤爪が、無防備を晒す俺の喉元へと、最短距離で突き出された。空気が裂ける鋭い風切り音が鼓膜を打つ。


 その瞬間――

 俺の内側で渦巻いていた苛立ちは、ついに臨界点を超えて爆発した。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 


 (悪徳大臣・カリム視点)


 ワシは王宮の、絹のように滑らかな肌触りの寝具の上で目を覚ました。


 この壮麗な宮殿で最も豪華な部屋を、ワシ専用の寝室として確保させている。

 本来の主であった無能な王族共は、とっくにネズミのように隅の方へと追いやった。名実ともに、この国を統べる「王」はワシなのだからな。


 目覚めて早々、ベルを鳴らして側仕えの者たちを呼びつける。

 香油の香りが漂う中で、彼らに手際よく身支度を整えさせる時間は、何度味わっても飽きぬものだ。


 今日は格別に、朝の空気が清々しい。

 昨日、アースガルド王国からの最後となる、莫大な「金貨の輸送」が滞りなく完了したのだ。


 あの忌々しくも美しい王女姉妹、ファティマとレイラを闇オークションで売っぱらった金。

 それを一度に運ぶのは、流石のワシでも骨が折れた。

 金貨の国外持ち出しには法外な制限があり、裏社会のルートを駆使したとしても、数トンの現金を一度に移動させるのは至難の業なのだ。


 ゆえに、計画的に、そして周到に分割して輸送させていた。


 その全行程が、昨日ようやく完了したというわけだ。



 **


 思い返せば、あの王女姉妹はオークションにおいて、期待を遥かに上回る高値で売れてくれた。


 落札総額は、なんと驚天動地の「八十万金貨」。

 ザハラ王国の国家予算の数年分にも匹敵する、天文学的な巨額である。


 聞き及べば、アースガルド王国の「ゼノス・グリムロック」とかいう、辺境を治める領主のドラ息子が競り落としたらしい。

 よほどのバカか、それとも頭のネジが外れた放蕩息子か。


 オークションの全売上のうち、『真の出品者』であるワシの懐に転がり込む取り分は、経費を差し引いても金貨二十五万枚にものぼる。

 大金で競り落としたどこかの「名もなきバカ」のおかげで、ワシは史上稀に見る黄金の山を手に入れることができたのだ。


 この王女売却に関わった様々なギルドや闇組織も、ワシの差配のおかげで随分と懐が潤ったはずだ。

 これでワシの足元を固める支配体制も、さらに盤石なものになるであろうな。


 あまりの機嫌の良さに、いつもより早く目覚めたワシは、意気揚々と朝食の席へと向かった。

 銀の食器が並ぶテーブルに座ると、秘書の男が音もなく傍らに立ち、定時報告を始める。この秘書は冷徹で有能な部下であり、ワシはあらゆる面倒な国政の雑事をすべてコイツに丸投げしている。


 だが、報告を行う男の、血の気の失せた顔に僅かな焦燥が滲んでいるのをワシは見逃さなかった。


 カップの中で揺れる茶を一口啜り、重々しく問いかける。


「どうした。何か懸念事項でもあるのか? ワシの朝食を不味くするような報告ではないだろうな」


 秘書はワシに内面を見抜かれたことで、ますます額に汗を滲ませたようだ。

 隠し通しているつもりだったのか。


 フン、まだまだ甘いな。


「……はい。二十日ほど前――サンド・ファングを半壊させたという、あの男についてですが……」


 ああ、確か「黒の放浪剣士」だとかいう、野良犬のような男だったな。


「それがどうした? とっくに砂漠の露として消し去ったのであろう?」


 ワシは以前に報告を受けた際、即座に「始末しろ」と冷酷に命じておいたはずだ。その剣士を仕留められなかった不甲斐ない地方都市イスファラに対しても、見せしめとして「水を止めておけ」と非情な言い渡しをしてある。


 優秀なこの秘書のことだ。

 ワシの言葉を待つまでもなく、必要な手はすべて打ったものと思っていたのだが。


 しかし、秘書は言いにくそうに視線を泳がせ、震える声で報告を続けた。


「実は、その男の『死』はまだ確認できておりません。『漆黒の魔剣士ゼノス』なる男は行商の護衛として、既にこの聖都アル・ジャバルに辿り着いております。……もっとも、奴が持ち込んだ交易品の半分は、既に関税として強引に没収済みです。その上で、奴が泊まった宿には、我が国最強のS級暗殺者五名を、既に放ったところでございます」


 ――なるほどな。

 この秘書は有能だが、悪い癖で「遊び」を好む側面がある。


 もっと早く始末できたはずの剣士に、わざわざ聖都まで高価な交易品を運ばせ、それを関税という名の略奪で奪い取る。絶望と旅の疲れがピークに達した、その瞬間に最高クラスの暗殺者をぶつけるというわけか。


 こやつが気まずそうにしていたのは、その悪趣味な「遊び」が想定より長引いたせいで、未だに奴の首が届いていないからか。


 本来なら「むち打ち」にして叱りつけてやりたいところだが、この秘書はワシの代わりにあらゆる泥仕事を完璧にこなす。


 この程度の「道楽」は、大目に見てやるとしよう。


「最高ランクの暗殺者を五名も送り込んだのであれば、もはや問題あるまい。そ奴の死はお前自身で確認しておけ。いちいちワシに報告にくる必要はないぞ」


 ワシは下賤な者の生き死になどに、これ以上の貴重な時間を割くつもりはなかった。



 ***


 ワシが心から興味を持っているのは、この贅沢な暮らしと、美しい女、そして何より輝かしい黄金だけだ。


 ワシはかつて王族専用であったハレムへと向かい、そこで蕩けるような時間を過ごすことにする。


  清らかな水をたっぷりと蓄えた豪奢なプール。

 その水面に身を浸し、芳香を纏った美しい女どもを左右に侍らす。窓の外は地獄のような灼熱の砂漠だが、この室内には冷ややかな水と極上の涼が満ちている。


 これこそが、権力を手にした者だけが享受できる至上の贅沢というものだ。


(この後は、地下金庫の検分にでもいくか。二十五万枚の金貨が積み上がっておるはずだ。黄金の山を心ゆくまで堪能するとしよう)


 今日の予定を心の中で甘美に反芻していた、まさにその時だ。


 ワシ専用のハレムの扉が、不躾な音を立てて開かれた。

 警備兵すら通さぬこの聖域に、無粋極まりない「侵入者」が姿を現したのだ。


 

 **


 ありえぬ。

 あってはならぬことだ。


 踏み込んできたのは、一人の男だった。

 何かが詰まった大きな袋を引きずり、血の匂いをまとったまま、そいつはやってきた。この神聖な部屋へ、土足で―― 。


 ワシ以外の男がこの場所に足を踏み入れることは禁じられている。


 万死に値する。

 いや、それ以上の苦痛を与えて殺すべき狼藉である。


(いや待て。この男……どうやってここまで侵入した。この王宮は、この国でも最高レベルの魔法警備と兵力を敷いておるのだぞ)


 ここまで辿り着けたという事実だけで、ただ者ではないことは理解できる。


(安易に敵対するのは危険……だが、なんだ。この妙な違和感は。何故こやつは、これほどまでに『弱そう』なのだ?)


 ワシは目を細めた。

 そいつからは、一切の「魔力」の揺らぎが感じられない。


 石ころや雑草と変わらぬ。

 魔力を操る者特有の、あの肌を刺すような圧がまるでない。


 だからこそ、本能がこやつを『弱者』と断じてしまう。


(魔力を完全に隠蔽しておるのか? 相手を油断させるためだとしたら、とんだ食わせ者よな……。こやつの要求次第だが、始末せず抱え込むのも手か)


 ワシはプールの縁に腕をかけ、水面に浮かんだまま、侵入者を冷静に観察し続けた。


 この男に対する「最適解」を導き出すために。

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