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第216話 関税交渉と募る苛立ち

 砂漠の国での護衛任務、その最終日。


 乾燥しきった熱風を浴び続け、喉の奥がヒリつくような十九日間の旅路を経て、俺が護衛を務めた商隊はついにザハラ王国の首都へと辿り着いた。


 ザハラ王国の聖都、アル・ジャバル。


 その都市は、天を衝くような巨大な岩山のふもとに、へばりつくようにして築かれていた。山の斜面の最も高い位置には、白亜の神殿と壮麗な王宮がそびえ立ち、照りつける太陽を反射して、遠目からでも目を焼くような眩い輝きを放っている。


 この過酷な砂漠の地下には、悠久の時をかけて蓄えられた巨大な帯水層が眠っているという。


 その水が地上へと湧き出す唯一の出口が、あの古代神殿の直下にあり、聖なる水の恵みはそこから導水管を通じて王国全土へと配給されていた。


 この街もまた、富の多寡によって明確に区分けされている。


 絶えず涼やかな噴水が音を立て、緑豊かな庭園が軒を連ねる貴族や富裕層の「上層区」。そして、乾いた土埃が舞い、密集した石造りの家々が並ぶ民衆の「下層区」。


 商隊は、重い足取りで聖都の巨大な外門へと入る。


 だが、その安堵を味わう前に、厳重な検問所で「関税」を支払わなければならなかった。


 俺自身も、旅の途中で手に入れた品を持ち込んで商売をするつもりだ。

 当然、ここで正規の手続きを済ませる必要がある。


 『転移』の魔法を使えば無税で商品を運び込むことなど容易だが、今の俺――『漆黒の魔剣士ゼノス』は、間違いなくカリム大臣の監視対象となっているはずだ。


 関税の支払い記録がないまま街で高級品を捌くような迂闊な真似をすれば、法を盾にした敵に、絶好の攻撃の口実を与えるだけである。


 ここは大人しく、この国の法に従っておこう。



 ***


 関税の支払い手続きを待っていたアル・ナジャット族の間に、突如として不穏なざわめきが起こった。彼らは俺の姿を認めるなり、隠そうともせず、憎々しげな殺気すら込めて睨みつけてくる。


  何事か分からぬまま、俺は彼らの後に続いて、自分の手続きの番へと進んだ。


 そこでようやく、彼らの怒りの理由が判明した。


「……次だ。お前たちの関税は一律五十パーセントとする。持ち込んだ箱の中身は香料か。ふむ、これは最高級品だな、市場なら金貨七百枚で売れる。よって、関税は金貨三百五十枚だ。金貨で払えぬなら、今すぐ品物の半分をここに置いていけ」


 役人の、事務的で傲慢な声が響く。

 この香料は、旅の途中の物々交換で手に入れた金貨三百枚相当の品だ。


 元を辿れば盗賊から奪ったラクダが原資なので、原価自体はゼロに等しい。

 だが、それにしても、いきなり利益の半分をふんだくられるとなると、流石にこめかみの血管がピクつく。


 そもそも、この商品は本当に金貨七百枚で売れるのか?


 首都の富裕層が「質の良い香料」を常に求めているのは事実だろうし、高値が付くのは間違いない。


 だが、それほどの大金になる保証などどこにもないのだ。


(……ムカつくが、ここで揉めると商隊に迷惑がかかるかもだしな)


  文句の一つも叩きつけてやりたかったが、ここで衛兵を相手に事を荒立てるつもりはなかった。俺は奥歯を噛み締め、大人しく品物の半分を没収という形で支払い、ようやく首都の門を潜った。



 ***


 俺はアル・ナジャット族の長と、旅の締めくくりとなる最後の挨拶を交わす。


「今回の旅を無事に終えられたのは『漆黒の魔剣士』殿のおかげです。……形ばかりではありますが、ありがとうございました」


 一応の礼は言われたが、長の表情は凍りついたように冷ややかだ。

 そして、彼の背後に控える商人たちは、相変わらず俺を射殺さんばかりの目で見ている。


 俺が商隊にいたせいで、徴税官に目を付けられ、関税が五十パーセントまで跳ね上がった――彼らはそう確信しているらしい。  

 通常、この街の関税は二十パーセントから三十パーセントが相場だというから、彼らの言い分にも一理ある。


 俺としては、手元に残った香料を有利に捌きたかったので、おすすめの買い取り業者でも聞こうと思っていた。


 だが、そんなことを呑気に相談できる雰囲気ではない。


 別れを惜しむ言葉もなく、俺たちは弾かれるようにして別行動となった。



 ***


 一つの長い、そして過酷な旅を終えたというのに、胸に宿る達成感は微塵もなかった。あるのは、砂を噛んだような後味の悪さと、収まりのつかない腹立たしさだけだ。


 俺は適当に見つけた、それなりに格の高そうな店に入り、香料を売却した。

 提示された買取価格は、金貨二百五十枚。


(……ぼったくりか?)


 ――と疑ったが、店内に並ぶ他の商品や、客と店員のやり取りを見る限り、相場から大きく外れてはいないようだ。


 物の値段に定価などない世界だ。


 売る時期や相手の懐具合によっては金貨七百枚になったのかもしれないが、あの関税職員が不当な高値を吹っかけて俺を嵌めたという疑念は、もはや確信に変わっていた。


 しかも、代金は金貨ではなく、この国の首都でのみ流通しているという「紙幣」で支払われた。

 価値を裏打ちする魔法の刻印は確かにあるが、金属の重みを感じないその紙切れは、俺の神経をさらに逆撫でした。


 俺は、旅の剣士が泊まるには不釣り合いなほど少しばかり高級な宿を取り、案内された部屋へと入った。中に入るなり、乱暴にベッドへ腰を下ろす。


 そしてそのまま、上体を後ろへと倒した。


 ――ぼすっ。


 俺は、ただ天井を見つめて寝転んだ。



 **


 宿の柔らかなベッドに身を沈めながら、俺は独り、暗い天井を仰いで考える。


(……なんか俺、嫌われ過ぎじゃないか?)


 確かに、正体を隠した怪しい振る舞いは多々あった。

 関税の件だって、俺がいたせいで商隊に大損をさせたのは事実だ。


 嫌われる理由は、頭では理解できる。


 だが、それにしてもだ。

 俺はあいつらの命の恩人でもあるはずだ。


 夜の砂漠で盗賊を蹴散らし、大型モンスターを三体も撃破した。

 気前よく金を支払って、部族に利益をもたらしたことだってある。


 なにより、十九日間という短い期間とはいえ、同じ釜の飯を食い、共に死線を潜った仲間ではないか。


(そういえば、前世の記憶に、主人公が『悪徳領主』になろうとするタイプの小説があったな)


 アニメ化されるほど、結構な人気ジャンルのはずだ。

 主人公が「悪い事」を自称して実行しているのに、本人の意図に反して誤解が重なり、なぜか嫌われず、逆に皆から慕われてしまうタイプの話。


 面白い仕掛けだとは思う。

 思うのだが、俺はどうにも、その手の物語を手放しで好きになれない。


 主人公が何をしても、どんな無礼を働いても、結局は世界が都合よく解釈して好かれる――。その不自然なパターンの繰り返しに、読み進めるうちに主役に対して段々と苛立ちが募ってくるのだ。


(こいつ、本当に嫌われる気があるのか? ……と思ってしまうんだよな、俺の場合)


 その手の話を好む読者は「最終的に主人公が愛される姿」を見たいのだろうし、作者も絶対に「読者が望まない展開」にはしないのだろう。


 だが、俺のひねくれた感性は、主人公がその目的を本当に果たし、きっちりと周囲から疎まれるところを求めてしまうのだ。


(自分が少数派なのは承知しているが……主人公が『悪徳領主』を目指しているのなら、領民から、清々しいほどに『ちゃんと嫌われる』ところを見たいと思ってしまうんだよなー)


 翻って、今の俺はどうだ。


 俺はこの旅で、「嫌われよう」なんて微塵も思っちゃいない。

 ただ、カリム大臣と話をつけ、自分の目的を果たしに来ただけだ。


 「嫌われる」という目標もなく、むしろ命がけで戦って、剣を振るって商隊を守り抜いた。


『旅の仲間たちと、適切な距離感を保ちつつも絆を深め、最後にほろ苦い別れを惜しんで旅が終わる』


 そんな王道でいいじゃないか。

 もし俺のこの冒険が小説だったなら、読者だってきっと、そんなカタルシスのある結末を望んでいたはずだ。


 なのに、現実のこのオチは何だ?

 なぜあいつらは命を救ってやった俺を、恨みがましく睨んでいるんだ?


(関税をかけて商品を没収したのはカリム大臣で、俺じゃない。恨むのは筋違いだろう――なんなんだよ、あいつら!)


 意味が分からない。


 ――この結末は、理不尽にも程がある。


 俺の苛立ちは、柔らかな毛布の中でも収まるどころか、暗いおりのようにどんどん膨れ上がっていった。



 **


 俺は、その澱を吐き出すようにして、苛立ち混じりに上体をゆっくり起こした。

 別に、考えすぎて眠れなくなったからではない。


 窓から差し込む朝日が、わずかに揺れた。

 部屋の中に、音もなく「招かれざる侵入者」が現れたからだ。


「……今度は、暗殺者のお出ましというわけか」


 俺は冷めた心持で、そいつらのことを眺めていた。

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