第215話 激闘の果て、一件落着?
俺が護衛を引き受けている砂漠の商隊は、突如として三体の巨大なモンスターに襲撃された。だが、その内の一体――地中から牙を剥いたグランド・サンドワームは、既に撃破している。
砂漠の夜を鮮やかに彩るように、爆裂魔法が引き起こした火柱が、轟音とともに勢いよく立ち昇った。
周囲には、焼けた砂と魔物の肉が焦げる鼻を突くような悪臭が立ち込め、荒れ狂う業火は、冷え切った蒼い夜空をドロドロとした朱色に染め上げている。
グランド・サンドワームを仕留めた俺は、次にアリ地獄のような魔物を操っていた術者へと牙を向いた。
「がっ……!?」
俺は逃げようとする男の顔面に、容赦のない鋭い拳を叩き込んだ。
拳から伝わる鼻骨の砕ける確かな手応え。
続けざまに支えを失った足首へ払いをかけ、地面へと転倒させる。砂を噛み、泥のように這いつくばった背中へと、俺は無慈悲に数回の蹴りを見舞った。
敵が戦意を喪失し、適度に行動不能となったのを確認してから、冷徹に言い放つ。
「お前の命は助けてやる。……その代わり、襲撃の失敗をカリムに伝えろ」
俺はその男を殺さず、大臣への動くメッセンジャーとして生かしておくことにしたのだ。
***
後方の脅威を沈黙させた俺は、一度商隊の方へと視線を向けた。あちら側では、商隊の面々が残る二人の魔物使いに対し、既に降参していた。
商隊の行く手には、依然として【砂焔の大蛇】ジャハル・ナーガと、【砂岩の巨像】デザート・ゴーレムが不気味に鎮座している。
大蛇が吐き出す熱気が夜の冷気と混ざり合い、視界をゆらゆらと歪ませていた。
これら二体の巨躯を前にして、並の人間が戦意を保つなど不可能だ。到底かなう相手ではないと悟り、彼らは早々に絶望という名の膝を折ったのだろう。
向こうの会話を盗聴していた俺は、既にすべてを知っている。
魔物使いたちの狙いは積み荷の略奪だけではない。
俺自身の身柄をも要求していたのだ。
これまでの旅路でカリム大臣が目立った動きを見せなかった理由。
それは、戦力を小出しに浪費することなく、旅の終わりであるこの場所で、最大戦力を一気にぶつけて俺を確実に仕留めるためだったのだ。
流石は一国の大臣というべきか。
これほど強力な魔物たちを、私兵のように自在に動かせるとはな。
(……しかし、相手が悪かったな)
俺は自分のラクダを指笛で引き寄せると、そのたくましい背に跨った。
恐怖で静まり返った砂漠に、ラクダの蹄が砂を刻む音だけが規則正しく響く。
俺は商隊が立ち往生している前線へと向かった。
***
俺が接近していくと、ジャハル・ナーガとデザート・ゴーレムが迎撃のためにこちらへ向かってくるのが見えた。
商隊と魔物使いの間では一旦話がついていたようだが、後方でサンドワームが華々しく散った光景を見て、二人の術者は優先順位を切り替えたらしい。
(ここでの最善手は、『商隊を人質にして俺を牽制する』ことだろうに……)
あいつらは、自分たちが操るモンスターの圧倒的な破壊力に、絶対的な自信があるらしい。搦手など使う必要もないと判断したのか、正面から堂々と喧嘩を売ってきた。
(それは、こっちにとっては好都合だ)
俺はラクダを走らせながら、腰の専用武器「クロノス・ヴァイス」を静かに抜き放った。白銀の刃が月光を吸い込み、冷たく澄んだ輝きを放つ。
こちらに向かって突進してくる二体の魔物は、その移動スピードが大きく異なっている。
先に動いたのは、ジャハル・ナーガだ。
地表を滑るような、摩擦を感じさせない高速のうねりで迫る大蛇は、あっという間に俺との距離を詰め、喉奥から硫黄のような臭いを吐き出してきた。
俺はサンドワームの時と同じく、ラクダの背を強く蹴って大きく空へと跳躍した。
ジャハル・ナーガは空中に逃げた獲物を逃さぬよう、その巨大な口を裂けるほどに開き、俺を丸呑みにしようと食らいついてくる。
俺は空中で、迫りくる敵の巨大な牙を剣で真っ向から受け止めた。
ガキィイイン!
火花が散り、凄まじい衝撃を受けて俺の身体は後方へとはじけ飛ぶ。
しかし、圧倒的な質量を持つジャハル・ナーガは、衝撃を受けてものけ反ることなく、執拗に二撃目、三撃目と俺へ食らいついてきた。
俺はその猛攻を、空中で姿勢を制御しながら剣一本で次々と弾いていく。
滞空状態での激しい攻防――五度ほど金属音が荒野に響き渡る切り結びを経た後、俺は砂の地面へと着地した。
ダッ!
着地した瞬間、間合いを測る暇も与えられず、お互いに攻防を再開する。
敵の鋭い噛みつきを、俺は最小限の剣筋でいなし続け、致命的な一撃を紙一重でかわしていく。
気づけば、俺の周囲は敵の長い身体によって、とぐろを巻くように取り囲まれていた。細長い蛇の胴体が、高速で円を描くように接近し、俺を骨ごと締め上げようと迫りくる。
俺は逃げることなく、逆に腰を深く落とし、飛び込んできた敵の身体へと深く剣を突き入れた。
ズシュッ!!
ジャハル・ナーガがその巨体で俺を捕らえ、圧壊させようと力を込める。
それと同時に、俺の放った剣が蛇の硬質な鱗を突き破り、その奥にある熱い肉を深く屠った。
俺は剣の柄を通じて、練り上げていた『時限式爆裂魔法』の魔力を、蛇の体内に一気に流し込んだ。
蛇の身体に捕らわれた密着状態から、『転移』を起動し、即座に離脱。
敵から数十メートル離れた、風の抜ける安全な距離へと瞬時に移動する。
獲物を取り逃がしたと悟ったジャハル・ナーガは、怒りに身をよじって再び俺を襲おうとする。
だが、魔物が動き出すよりも一瞬早く、その体内の魔力が臨界に達した。
ドゴォオオン!!
とぐろを巻いた巨大な蛇が、内側から風船のように爆発した。夜空を焦がす巨大な火柱が上がり、粉砕された鱗が火の粉となって砂漠に降り注ぐ。
(……これで、残るはあと一匹だ)
次に、デザート・ゴーレムが「ズシン、ズシン」と地響きを立て、重厚な足取りで俺に迫ってくる。
***
仲間の魔物が目の前で爆砕されたというのに、デザート・ゴーレムには怯えや躊躇の欠片も一切見られなかった。
もとはただの無機物。
そこに術者が魔力で無理やり生命を吹き込んだだけの疑似生命体だ。
感情など持ち合わせていない。
奴の弱点は、顔面の中央についている、土色に鈍く光る魔石だ。
俺は敵の繰り出す、一撃で岩をも砕く重量級の拳をまともに受けぬよう、軽やかに躱していく。力自慢の敵に対し、身体能力を魔法で強化した身軽さで翻弄するのだ。
砂丘の斜面は足を取られやすく、本来なら動きにくい地形だ。
だが、巨体ゆえに敵のスピードもそれほど速くはない。俺は心臓の鼓動を一定に保ち、危なげなくその拳をかわし続けた。
指先の鋭い爪は厄介だが、それも剣の腹で最小限に受け流して凌ぐ。
掠れば人間の身体など一撃で粉砕される破壊的な攻撃の嵐の中、俺は冷静に敵の動きを観察し続けた。
(さて。爆裂魔法を打ち込めば簡単に勝てるが……あの額の魔石は無傷で回収したいんだよな。後々、金か素材になるし)
俺は敵の攻撃を紙一重で躱しながら、資産価値を損なわない最良の倒し方を模索する。
敵の大きな攻撃が空振りし、その巨腕を引き戻す直前の、ほんの一瞬に生じる「慣性」の隙。俺はそこを突き、敵の腕の関節部分へと、あえて微量の「時限式爆裂魔法」を込めていった。
身体全体を破壊するには至らない、関節という特定部位だけに絞った精密な魔力。それは数秒のタイムラグを経て、プシュッ、と局所的な爆発を引き起こす。
俺は敵の猛攻を華麗に避け続けながら、同様の手法で各関節へ局所爆破を幾度も繰り返した。
すると、やがて敵は自壊を始めた。
デザート・ゴーレム自身の重みと、桁外れの膂力が生み出す凄まじい運動エネルギー。それらに、爆発で損傷した関節部が物理的に耐えきれなくなったのだ。
動けば動くほど、その強固な体は自分自身の力によって引き千切られていく。
最後には両手足が根元からもげ落ち、巨像は砂の上に無残に崩れ、行動不能に陥った。
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敵が完全に沈黙してから、俺は悠々とその巨体へと歩み寄り、額の魔石を回収する。手に魔力を込めて強度を増し、強引に石をもぎ取ってやった。
ついでに、手に残っていた端余の魔力をそのままデザート・ゴーレムの本体へと注入しておく。
俺はゴーレムが最後の大爆発を起こす前に、一旦自宅の書斎へと『転移』した。
砂の匂いが漂う砂漠から、古い紙とインクの匂いがする静かな書斎へ。
引き出しを開け、手に入れた貴重な魔石を、宝石箱の中に放り込む。そして、すぐに元の砂漠へと舞い戻った。
直後、デザート・ゴーレムが轟音を上げて完全に砕け散り、砂の露と消えていた。
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俺は自分のラクダを再び呼び寄せ、それに跨って商隊の方へとゆっくり向かう。
そこでは、アル・ナジャット族の面々が、皆一様に口を半開きにし、唖然とした表情で立ち尽くしていた。
「……魔物はすべて片付けた。さて、そっちの連中はどうするんだ?」
俺はラクダの上から、族長に対し、静かに問いかける。
二人の魔物使いもまた、商隊員たちと同じく呆然自失の体であった。
彼らは俺の冷めた声を聞き、はっと我に返る。自分たちの立場が完全に逆転し、捕食者から獲物へと成り下がったことに気づくのが、あまりに遅すぎた。
彼らは慌てて逃げ出そうとしたが、既に冷静さを取り戻していた商隊の護衛たちに、あっけなく組み伏せられ、捕縛された。
「これで、一件落着だな」
モンスターを退治し、積み荷も守り抜いた。
商隊員たちにもこれといった被害はない。
文字通りの大勝利だ。
だが、それにもかかわらず、アル・ナジャット族の者たちは、俺に対してよそよそしい態度を崩さなかった。
強敵に勝利した喜びも、危機を脱した安堵の共有も、そこには一切存在しない。
それどころか、彼らの濁った目には、守ってくれた恩人に対する感謝ではなく、「理解不能な厄介者」に対する、隠しきれない憎しみと恐怖すらもが、暗くこもっていた。




