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第212話 相談と商談

 俺は砂漠を旅する商隊の護衛任務を、淡々と継続している。


 昨夜、待ち伏せていた盗賊団「サンド・ファング」の襲撃を受けた。

 結果は、しんがりを務めた俺が十七名を殺害し、残る三名を完膚なきまでに叩き伏せて降伏させた。


 夜の冷気はどこへやら、既に陽は高く昇っている。

 砂漠の空気は急激に熱を孕み始め、陽炎が遠くの砂丘をゆらゆらと歪ませていた。


 俺は捕らえた三人に命じ、戦利品であるラクダを回収させた。

 昨夜まで奴らが跨っていたそれらの背には、今や十七体の「物言わぬ遺体」が、乱暴に括り付けられている。


 ゆさゆさと揺れるたびに、死体の関節が嫌な音を立てて軋み、立ち上がり始めた死臭に砂漠の蠅が群がる。

 俺はサーメフからせしめた高級ラクダの毛並みの良さを楽しみながら、死体を運ぶこの世の終わりを煮詰めたような隊列を率いて、次の目的地へと進んだ。



 ***


 到着した町の行商宿では、先に逃げ延びたアル・ナジャット族が、喉の渇きと不安に顔を歪めながら俺を待ち構えていた。


 彼らは俺の姿を認めるなり、一様に息を呑んだ。

 しんがりを任せた不審な魔剣士が生きて戻ったことへの驚き。

 そして、その後ろに続く二十頭もの略奪品と、その背に揺れる凄惨な遺体の山――その視覚的な暴力性に戦慄したのだろう。


「よくぞ……ご無事で。まさか、お一人でこれほどの賊を返り討ちになさるとは」


 部族の長が代表してねぎらいの言葉をかけてきたが、その表情は岩のように硬い。


 俺に向けられる視線は、窮地を救った英雄に対するそれではない。

 自分たちの理解を拒絶する、底の知れない怪物を見つめる恐怖そのものだった。


「なに、この程度は朝飯前だ。運動の後は腹が減る。ねぎらいは必要ない。――それより、俺の分の食事は残っているか?」


 静まり返った広場の、張り詰めた空気を完全に無視して尋ねると、長は慌てて宿の者に指示を飛ばした。


 理不尽なまでの実力差を見せつけた後、食事が出るまでの間――

 俺は生き残りの三人に「最後の仕事」を命じた。


 盗賊たちの遺体を、町の入り口へと晒すのだ。


 地面に深く打ち込んだ杭に、俺が切り飛ばした首のない死体を並べ、腐敗が進む前に縄で縛り付けさせる。


 視覚的にも倫理的にも最悪の光景だが、これはカリム大臣への「名刺」代わりだ。別に趣味でやっているわけではない。


 敵の目を「俺という個人」に集中させ、他の商隊への被害を逸らすための挑発である。


 アル・ナジャット族の面々が、それまで以上に俺を避けるようになったが、無理もない。一族を救った恩人ではあるが、素性の知れぬその男は返り血の匂いをさせたまま、平然と死体をディスプレイして朝食を待っているのだ。


 狂気の沙汰に見えて当然だろう。


 俺は、背後で杭が軋む音と吐き気を催すような遺体の列に背を向け、運ばれてきた香辛料の効いた料理を、無心で胃袋へと平らげた。



 ***


 食後、俺は役割を終えた三人の盗賊を解放した。


 恐怖によって精神を徹底的にへし折ったこいつらを野に放てば、カリムの下へ『漆黒の魔剣士ゼノス』の名が、最悪の逸話と共に届くだろう。


 その後、俺は族長の下へと出向き、改めて商談を持ちかけた。


「さて、仕事の話だ。この戦利品のラクダを売りたいのだが、相場を教えてくれ」


 長は俺の向かいに座りながらも、その指先は微かに震えていた。


「……左様ですな。軍用個体、かつこれほど肉付きが良ければ、本来なら金貨四十から六十が妥当ですが。いかんせん、賊の烙印があるものは足がつきます。一頭二十五、計五百金貨程度で捌くのが、現実的かと」


 砂漠においてラクダは資産であり、力だ。

 前世の感覚で言えば、程度のいい中古の軽トラを二十台手に入れたようなものか。


「手数料は弾む。お前たちのコネクションで、これらを一括で販売し、換金してほしい」


「承知しました。ですがゼノス様、この小規模な町にはそれほどの現金はございません。物々交換になりますが、よろしいでしょうか?」


 この町の金貨をかき集めても、せいぜい百五十枚ほどらしい。


「ああ、構わない。この町では何が手に入る?」


「高価な品であれば乳香や没薬などの香料ですな。少量でも高値で取引され、運びやすい。あとは、この近辺の岩山で採掘される宝石の原石です。未加工ですが、腕の良い職人が磨けば、恐ろしい価値に化けますぞ」


 なるほど。

 香料は転売に向くし、宝石の原石は屋敷に持ち帰ってエイルに渡せばいい。

 彼女の技術なら、魔導具の核にも高級宝石にも化けるだろう。


 エイルは今、「キラー・マシーン」の製作で手いっぱいかもしれない。

 ならばドワーフ領に送って加工を頼むのも悪くない。


 どちらにせよ、俺にとってはちょっとした小遣い稼ぎだ。

 本気で取り組むほどの話でもない。


「よし。ではラクダと引き換えに、香料と原石を同等の価値で揃えてくれ。手数料として、金貨七枚を支払おう」


 俺の護衛料の残額を、そのまま提示した形だ。


 護衛の報酬は金貨十枚。

 前金で三枚を受け取っており、残り七枚は護衛終了日に支払われる契約になっている。


 つまり、その七枚分で交渉を丸ごと任せたわけだ。


 この護衛任務で端金を稼ぐつもりはない。

 むしろ代理人への大盤振る舞いは、今後の不信感を拭い、口を閉ざさせるための投資でもある。


 それに、彼らとの信頼関係を築くためにも、気前の良さを見せておきたかった。

 だが、長は喜ぶどころか、むしろ警戒の色を濃くした。


「これほど多く……。ゼノス様、何か他にお考えがあるのですか?」


 得体の知れない人間が気前のいいことを言うと、それはそれで疑われるらしい。

 話を聞いていた部族の者たちも、大きな儲けがあったというのに、むしろ俺への不信を強めたようだ。


『何か企んでいるんじゃないのか、こいつは?』


 そんな疑念を向けられてしまった。


 彼らは行商人だ。

 無法地帯を高価な品を抱えて町から町へ渡り歩く。

 一瞬の油断で、財産も命もあっけなく失う世界で生きている。

 簡単に人を信用するはずがない。


 砂漠の無法地帯を渡り歩いてきた海千山千の行商人にとって、“気前の良すぎる他人”とは“何かを企む悪党”と同義なのかもしれない。


 それは死を招く罠に他ならない。


 そう考えると、怒る気にもなれなかった。


(……まあ、無理もない。だが、いちいち誤解を解くのも面倒だ。好きなだけ疑っていればいい)


 そう割り切り、俺は一気に取引を完了させた。


 結果として、金貨三百枚相当の香料と、二百枚相当の原石を入手した。

 ずっしりと重い原石の袋は、人目を盗んで転移し、自宅の書斎に仕舞っておく。


 これで輸送の手間もリスクもゼロだ。


 この町での用件は、これで全て終わった。

 夕刻の出発まで、砂漠の熱を避ける石造りの宿で、静かに体力を回復させるとしよう。

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