第206話 写し身の魔法
俺はグリムロック邸の中庭で、からくり人形と「写し身の魔法(術)」の開発を進めている。
ドワーフの姫、エイルたちが製作した戦闘用カラクリ兵器。
その胸部に埋め込まれた動力コアの魔石に、俺の意識を移しているところだ。
――重い。
それが、機械の体に入った最初の感想だった。
(この身体を動かすには、魔力で関節部を稼働させる必要があるわけか……)
このからくり人形には目がない。
だが時間と空間を操る魔法が得意な俺には、『空間把握能力』がある。視界は真っ暗だが、周囲の情報はすべて把握可能だ。
小屋の外の風の揺らぎ、ドワーフたちの心拍、地面の凹凸。
本体である戦闘人形を中心に、球状のレーダーを展開しているかのように、周囲の様子が手に取るようにわかる。
試しに手を動かしてみた。
ギィン、という微かな駆動音と共に、四本の腕が鎌首をもたげる。
人間とは違う関節構造。四本もあるので動かしにくいと思ったが、それほどでもない。内部の歯車が噛み合い、魔力がオイルのように潤滑油となって、予想以上に滑らかに動く。
自在にというわけにはいかないが、意図したとおりに動いてくれる。
次は歩くことにする。
足は六本あるので、腕よりも難易度が高い。
意識を脚部に集中させる。
多脚戦車をイメージして、地面を掴む。
ザッ、ザッ、ザッ。
六本の鋭利な脚が、正確なリズムで土を穿つ。
問題なく動かせた。
(エイルたちの技術力は凄いな)
俺の意識を宿しているといっても、肝心のカラクリが機能しなければ、腕も足も動かすことはできない。この精密な金属の塊は、俺の意思を完璧に物理運動へと変換している。
俺はしばらく体を動かしてから、意識を自分の本体に戻すことにした。
空間把握の感覚で、自分の「抜け殻」を見る。
俺の本来の身体は、意識を失い、糸の切れた人形のように椅子にもたれかかっている。客観的に見ると、死んでいるようにしか見えない。
その頬に、人形の手で触れる。
手には剣が取り付けてあるので、自分の顔を傷つけないように、切っ先を逸らし、氷のように冷たい剣の腹で慎重に触れた。
ヒヤリとした、金属の冷たさ。
それが、俺が感じているのか、触れられている身体が感じているのか、境界があいまいになる。
そして、意識を戻す。
世界が裏返るような浮遊感。
***
ハッ、と息をのんで、俺は目を開けた。
色彩が戻ってくる。
匂いが戻ってくる。
椅子に座っている自分の身体の重みと、尻の痛みが、生身に戻ったことを告げている。
目の前には異形のからくり人形があり、その人形に取り付けてある武器が、俺の頬に当たっていた。鋼鉄の怪物が、俺の喉元に刃を突き付けている構図だ。
(移し身の魔法も、人形の起動実験も、両方成功だな)
俺の様子を、部屋の中にいる五人のドワーフ少女たちが固唾をのんで緊張して見守っていた。油と鉄の匂いが染みついた作業着を握りしめ、不安そうにこちらを見ている。
「実験は成功のようだな。五人ともよくやってくれた。後で褒美を取らせよう」
俺の言葉に彼女たちは、一斉に安堵の息を吐き、顔を真っ赤にする。
「そ、そんな、褒美だなんて滅相もない。報酬は十分に……」
エイルは謙遜して手を振るが、俺は彼女の、職人特有の硬いタコのできた小さな手を握り、遮った。
「遠慮することはない。これだけの仕事をしたのだ。もっと自分たちを誇ってもいい」
彼女の潤んだ瞳を見つめながら、そう言った。
エイルはポカンとした顔をしながらも、俺の言葉に、徐々に嬉しさが込みあがってきたのか、その顔を花が咲くように綻ばせてくれた。
**
「では、もう少し、練習して使い慣れておく」
俺は再び、人形のコアに触れて、『移し身の魔法』を使った。
ドクン。
再び、心臓が鉛に変わる感覚を経て、俺は鋼鉄の怪物になる。
人形の身体に入り、操作して、庭に出る。
六本の脚が、砂利を踏みしめる音を響かせる。そこで性能テストもかねて、体の動かし方を確認していった。
(この魔法も、『身代わり術式』と同様に、王国に知られると、禁忌指定を食らいそうだな)
思い付きで作った魔法だが、いくらでも悪用できる魔術だ。
今は空っぽの人形に入っているが、理論上は、他人の意識を乗っ取り、完全になり替わることもできるだろう。
欠点としてはその間、意識を失った自分の身体が完全に無防備になってしまうことだ。今の俺のように、椅子で意識を失い寝ている状態になる。
そこを狙われれば終わりだ。
試したことはないが、対象の魔力を上回る力で魔法を込めれば、生きた人間の精神障壁を突破して、相手の身体を乗っ取ることができるはずだ。
直接接触することと、相手の魔法抵抗をねじ伏せる必要はあるが、この魔法を使えば重要人物に成りすますことができてしまう。
例えば、王様にでも乗り移れば、たった一人で国を滅茶苦茶な状態にもできてしまうのだ。
戦争を起こすことも、国庫を空にすることも思いのままだ。
(闇魔法というのは恐ろしい可能性を秘めている)
ただ闇の魔力の持ち主は、歴史的に見ても「まじめに勉強する」ということがない。本能のままに力を振るうか、狂気に吞まれる者が大半だ。
だから、この系統の魔法は発展していないのだが、俺は努力を怠らない異端者だ。
学校の授業を真面目に受けているし、前世の記憶もある。
魔法の研究や開発が好きなこともあって、危険な力をどんどん開発、発展させていっている。俺自身が、歩く禁忌となりつつある。
**
季節は冬に入りかけていて、風には冷たい刃が含まれている。
生身では肌寒いが、機械人形の身体には寒さは感じない。ただ、外殻に当たる風の圧力を感じるだけだ。
試しに装備している剣の峰を、自身の体に少し押し当ててみた。
ガチン、と硬い音が響くが、痛みは感じない。
痛みというのは危険を知らせる重要な信号だが、生身の本体ではなく、からくり人形の身体であれば必要はない。
腕がもげようが、足が砕けようが、恐怖を感じずに突撃できる。
戦闘では大きなアドバンテージになるだろう。
この機械人形を停止させるには、体を動かせないほど物理的に破壊するか、動力源である魔石を砕くしかない。
(かなり厄介な兵器だな)
俺は動作確認をしながらそう思った。
足が六本ついていて、重心も安定している。
足場の悪い岩場でも、蜘蛛のようにしっかりと踏み込める。
身体に前と後ろの区別はなく、首のない胴体はどこへでも回転する。
空間把握で全方位360度をカバーできる。
四つの腕に武器があるので、死角なく複数に囲まれても、竜巻のように対処可能。
そして何より、俺の最大の強みである『魔封印』が、この身体でも作用してくれている。機体を中心に、半径二メートルまで魔法無効範囲を広げることができた。
魔法が効かず、剣も通さず、痛みを感じずに全方位を攻撃してくる多脚の怪物。
(無敵なんじゃないか、こいつ……?)
俺は自分で命じて制作したからくり人形に、うすら寒さを覚えた。
敵に回したくない相手だ。
**
動作訓練を終えて、元の身体に意識を戻す。
魂が肉体に定着する際の、軽いめまい。
「写し身の術」を使用中、魔石が砕かれれば、俺の意識が本体に戻れる保証はない。魂が霧散するのか、永遠の闇に閉じ込められるのか。
その場合どうなるのかは、実験のしようがないので分からない。
解らないままやっている。
かなりダークな実験だ。
気疲れも大きい。
「ふぅ……。今日の訓練はこのくらいにしておこう」
俺がこめかみを揉みながらそう言うと、エイルたちがキラキラした目で駆け寄ってきた。
「お見事な操縦でした! まるで生きているようでした!」
「そうだ、この人形に名前を付けるか」
いつまでも『からくり人形』では格好がつかない。
識別名は欲しいところだ。
俺の相棒となる兵器なのだから、威厳のある名前がいい。
「それでしたら『死ね死ねマシーン』という名前はどうでしょう」
エイルが大真面目な顔で、とんでもないことを言った。
「……?」
「他の名前の候補として『スゴイ・ツヨーイ』や『ポチ太郎』、それに『癇癪虫』などの名前の案もありました。ゼノス様のお好きな名前を付けてください。私のお勧めはやはり『死ね死ねマシーン』なのですが――」
エイルは胸を張っている。
どうやら本気らしい。
他のドワーフたちも、「ポチ太郎がいい」「いや癇癪虫だ」と真剣に議論している。
俺はなるべく表情を変えないように必死に考えるふりをする。
内心では冷や汗が滝のように流れていた。
(全部糞ダサいじゃないか!! 却下だ、即刻却下だ! こんな名前の人形には死んでも乗りたくない。「行け、ポチ太郎!」なんて叫びながら戦えるか!)
しかし、女の子の提案を、無下にすることもできん。
彼女たちの技術には敬意を払っているが、そのネーミングセンスは絶望的だ。
困ったな……。
俺は本気で悩みぬいた挙句、ある解決策を思いつく。
「ふむ、そうだな……。エイルのお勧めの名前も捨てがたいが、もう少し精錬して『キラー・マシーン』というのはどうだろう。俺たちが協力して作っているのだし、名前もお互いの意見を取り上げるのが良いのではないかな?」
『死ね死ね(キル)』と『機械』を合わせた、苦し紛れの折衷案だ。
俺の提案にエイルは「なるほど!」と手を叩き、嬉しそうな顔で了承した。
「それは素晴らしいですね。私たちとゼノス様の合作に相応しい名前です」
納得してくれたようでよかった。
彼女たちは腕の立つ職人だが、ネーミングセンスはいまいちのようだ。
俺は安堵のため息をこっそりと吐いた。




