第205話 天然なのか、計算なのか――
俺はザハラの地方都市イスファラの領主の屋敷にいる。
昨日は彼らに殺されたが、その後、協力関係を結ぶことができた。
俺のために提供させた客人用の部屋で、領主の娘フィラーマと二人きりの時間を楽しんでいた。
窓の外では、砂漠特有の暴力的な日差しが街を焼き尽くしているが、この屋敷には水がふんだんに蓄えられており――俺の改良したものと比べると性能はあまり良くないが、魔法による空調も効いている。
カーテンの隙間から漏れる強烈な陽光とは対照的に、室内はひんやりとした薄暗さに満ちていた。
そんな快適な空間で、俺たちは昼間から熱っぽい汗を流している。
俺が親密にしているフィラーマは、協力する見返りとして領主サーメフから提供された。正確には脅し取ったのだが、支配下に置いた対価だ。細かいことはどうでもいい。
彼女も俺に気があったようで、俺の支配を喜んで受け入れていた。最初から従順に、そして積極的に、俺とのコミュニケーションを楽しんでいる。
「はぁ……、ぁ……ゼノス様……」
フィラーマは息も絶え絶えに、恍惚な表情でシーツの海に沈んでいる。
褐色の肌に玉のような汗が浮き、それが窓からの光を反射して艶かしく輝いていた。部屋の中には、甘い香油の匂いと、情事の余韻である麝香のような香りが充満している。
彼女の身体に、俺の存在を存分に教え込んだ後、備え付けの冷蔵庫から冷えた果実水を取り出す。
ガラスのピッチャーには氷が浮かび、カランと涼やかな音を立てた。
二人分のコップに注ぎ、彼女の傍にもっていってやる。
**
喜びの余韻に浸っていたフィラーマは、少ししてその身を起き上がらせ、ベッドに腰かける。豊かな胸が揺れ、乱れた黒髪が肩にかかる様子は、一枚の絵画のように扇情的だ。
「ありがとうございます。ゼノス様」
俺から果実水を受け取って、口に含む。
乾いた喉を潤す音が、静かな部屋に微かに響いた。
「お前にこれを渡しておく」
俺は懐から通信用の小型の魔道具を取り出した。
掌に収まるサイズの、無骨な黒い金属片だ。中央に通信用の魔石が埋め込まれている。
遠距離に信号を送受信できるタイプだ。
「ボタンを押せば俺に信号が届く。カリムが動きを見せれば俺に知らせろ」
カリム大臣は子飼いの犯罪組織、サンド・ファングを半壊させられた報復として、この町に供給している水を止めるだろう。
それを回避するには、犯罪組織を半壊させた張本人である俺を殺して遺体を差し出すしかない。
それができなかった以上、報復は必至だ。
水が止められる事態になれば、俺の方で対処してやろう。
「私がゼノス様に会いたいから押すのは駄目ですか?」
フィラーマは上目遣いで、コップの縁に指を這わせながら尋ねてくる。
それもうれしいが、俺も一人の女にかまいきりになれるほど暇ではない。
「あまり余計な「おいた」が過ぎると、罰を与えるぞ」
ここは厳しく言っておこう。
俺は彼女の顎を指ですくい上げ、冷たい視線で見下ろした。
「まあ怖い。……では、早くカリム大臣が水を止めるのを祈るしかないですね」
彼女はわずかに身体を震わせて怯えるが、その怯えが演技なのか本心なのかは微妙なところだ。その瞳の奥には、恐怖よりもむしろ、嗜虐心を煽るような期待の色が見え隠れしている。
ただ、俺に会いたいがために「町民の命綱である水が止まるのを祈る」と言い放った彼女。
どこまでが天然なのか、あるいは計算づくなのかはともかく――
非常に優秀で、そして油断ならない女だ。
男を喜ばせるすべを心得ている。
(毒のある花ほど美しいというが、まさにそれだな)
だが、悪い気はしない。
俺は部屋からフィラーマを出し、一人になってから転移を使い自分の屋敷へと戻った。
***
屋敷に戻ると正午前だった。
一瞬の浮遊感の後、鼻腔をくすぐるのはインクと古紙の匂い。
俺は使用人たちにボタンで帰還を知らせて、俺の分の昼の用意もさせる。
(これから学校に向かってもいいが、今日はさぼるか――屋敷でやることもあるしな……)
俺は重厚な執務机に向かい、羽根ペンを走らせる。
カリカリ、カリカリ。
静寂な書斎に、ペン先が紙を引っ掻く音だけが響く。
あて先はドワーフ領で、用件は上質な魔石の確保だ。
ドワーフの暮らすアイゼン山脈では、上質な魔石が出土することが多い。
良い品は俺のために優先的に確保させている。
それを取り寄せることにした。
上質な水の魔石と俺の魔力量があれば、イスファラの水問題も短期的にではあるが解決できる。
(これで、カリム大臣の最大の武器を無効化できる)
魔石に蓄積された水の魔力も、俺自身の魔力も無限ではないが、イスファラで使用される、数か月分の水であれば供給可能のはずだ。
転移で直接取りに行けば速いのだが、あそこの管理は複数の商会の人間に任せてある。学校に通っているはずの俺が突然姿を現せば、不審に思われることは目に見えている。
この世界の通信手段は限られているが、転移を頻繁に使っていれば、どこかで足がつき、俺の能力にたどり着く者が現れるかもしれない。
不便ではあるが、能力を隠蔽するためにも、緊急でもなければ、この世界の「常識」に沿って行動しておくべきだろう。
(慎重すぎるくらいが、真の力を隠す『ラスボス』としては丁度いい)
そのついでに銀細工のアクセサリーの商品開発も進めるように指示を出しておく。
俺が手紙を書き終え、封蝋を押していると、ノックの音がして専用メイドのミナが俺を呼びに来た。
昼食の準備ができたようだ。
リーリアが来れば乱暴に抱きしめてキスをしてやりたい気分だったのだが、まだ幼いミナにそれをするわけにもいかない。
小動物のような愛くるしい瞳で、こちらを見上げている。
俺はミナの頭を優しく撫でて、「良く知らせてくれた。偉いぞ」と言ってねぎらってやった。
「えへへ……ありがとうございます、ご主人様」
ミナは嬉しそうにはにかみ、頬を桜色に染めた。
この純粋な笑顔に癒されるのも悪くない。
二人で一緒に食堂へと向かう。
***
食事を終えてから、広大な屋敷の中庭にあるドワーフ小屋に向かう。
そこではドワーフの姫エイルと、四人の少女ドワーフが暮らしている。
彼女たちには「からくり人形」の開発を進めてもらっている。
俺が顔を出すと、エイルたちは顔を輝かせて歓迎してくれた。
居住している小屋の隣、煤と油の匂いが染みついた鍛冶場で、彼女たちは製作した人形の確認作業をしていた。
「進捗はどうだ?」
「ご要望に沿ったものができたかと」
エイルが指さした先には、異様なシルエットが鎮座していた。
人形は基本的に人の形を模しているが、細部は決定的に違う。
一番違うのは足だろう。
「二本の足で立って歩くというのはバランス制御の難易度が高かったですので、安定性を求めて六本足としました」
昆虫の節足のような鋭利な脚が六本、床を踏みしめている。
それらは胴の部分に集まり、全長2.5メートルの鉄の体を支えている。
異形の怪物といった風情だ。
関節部分からは、機械油の匂いが漂ってくる。
「腕も二本にこだわる必要がなかったので、四本にしました。手の部分には剣を取り付けてありますが、武器の取り外しは可能です」
手で握っているのではなく、手首から先が直接ブレードになっている。
冷たい金属の光沢が、殺傷能力の高さを物語っていた。
「顔はありますが、何の機能もないただの飾りです」
のっぺりとした、目鼻のない鉄仮面のような頭部がついている。
表情がない分、余計に不気味さ(アンキャニー・バレー)を醸し出していた。
「なるほど、悪くない。……で、動力の魔石は?」
俺が問いかけると、エイルは人形の胸の部分を開いて見せる。
カシャッと金属音がして装甲がスライドし、内部機構が露わになる。
「ここに装着してあります」
俺の魔力を込めたブラックサファイアが、心臓のように埋め込まれている。
漆黒の闇を閉じ込めたような宝石が、鈍い光を放っていた。
「この石に動力として、ゼノス様の魔力を込めてください。それで動くはずです」
俺には闇属性の魔力が宿っている。
これまでに「身代わり術式」などの魔法を開発してきた。
今回使うのは、新たに開発した「写し身」の魔法。
まだ実験段階で未完成のものだが、この人形の開発と共に、魔法の精度もあげようと思う。
俺は椅子に座り、人形に埋め込まれたブラックサファイアに触れる。
宝石は氷のように冷たく、そして指先が吸い込まれそうな感覚がある。
そして『写し身の魔法』を使った。
俺の意識を、人形の魔石に流し込むイメージで、魔力を込める。
ドクンッ。
心臓が大きく跳ねたかと思うと、俺の意識はいったん途絶え、魂が肉体から強引に引き剥がされるような浮遊感に襲われた。
視界がブラックアウトし、次の瞬間、ズルリと何かが滑り込む感覚。
俺の意識は魔石の中に入り込み、魔石から魔力回路を通って、人形の身体全体に熱い魔力となって奔流のように行き渡った。




