第204話 マイペース
俺はサーメフ・ザカリアと協力関係を結ぶことになった。
お互いに信頼してのことではない。サーメフは、そうするよりほかに仕方ないという状況だったからだ。言わば、強制された主従関係だ。
俺の方も積極的に手を組みたいわけではない。
それどころか、深い考えがあってのことではない。
――俺にとってはザハラ王国の『カリム大臣』が目障りだ。
だから、とりあえず、あいつに喧嘩を売るために、子飼いの犯罪組織を半壊させた。そして、カリム大臣の支配下にいるサーメフ・ザカリアを寝返らせて味方に加えた。
ここまでは計画通りだ。
だが、この先はノープラン。
何も考えていない。
(まあ、なるようになるだろう)
俺はサーメフの屋敷に一室を提供させている。
異国情緒あふれる天蓋付きのベッドは、砂漠の夜風を遮り、快適そのものだ。
その部屋から、誰もいない隙を見計らって転移を使い、自分の屋敷へと帰還した。
**
一瞬の浮遊感の後、見慣れたアースガルドの自室に戻る。
ぴりっとした冷気が肌を刺す。
書斎に戻ると、使用人を呼ぶ。
部屋に備え付けのボタンを押す。俺の帰還を知らせる小さな赤いランプがチカチカと点滅する。
他にもランプと共に「ジリリリリ」と音が鳴るボタンと、屋敷全体に大きな警報が鳴る非常用ボタンがあるが、夜なのであえて音は出さなかった。
俺はこの屋敷の主だし、貴族で偉いのだから、そんな気遣いなどせずに使用人をたたき起こせばいいのだが――
前世の記憶の影響で、どうしてもそういった気遣いをしてしまう。
夜の二十二時。
夜も遅い時間だが、誰かしらは起きているだろうが。
しばらくすると、廊下を急ぐ衣擦れの音がして、専用メイドのリーリアが現れた。
今日は砂漠の都市に泊まると言ってあるが、帰還する可能性も伝えておいた。
ランプの点滅に目ざとく気が付いたようだ。眠い目をこすっているかと思いきや、その瞳はきらりと冴えわたっている。
「まだ起きていたのか?」
「少しだけ、夜更かしをしようと――ご主人様が戻られる可能性もありましたので……それよりもそのお姿は?」
彼女は慌てた様子で尋ねてきた。
俺の衣服は切り刻まれて、血だらけの格好だ。
白いシャツは赤黒く染まり、裂け目からは肌がのぞいている。
鉄錆のような血の匂いが部屋に充満した。
「案ずるな。襲撃されたが返り討ちにした。今は無傷――怪我はゴブリンに移し替えてある」
「もう、またご無体をなさって」
彼女は頬を膨らませ、すねたように怒りながら、小言を言ってきた。
その声には、呆れと安堵がない交ぜになっている。
「相手が攻撃してきているんだ。そうも言ってられん。とりあえず着替えを用意しろ。それとお湯。風呂場で軽く体を拭いておく」
「かしこまりました」
その後、書斎に駆け付けたメイドに、リーリアと共にお湯を用意し風呂場に運ぶように命じる。
俺は一足先に風呂場に入る。
冷え切ったタイルの床が、足裏にひやりと冷たい。
着替えとお湯を用意してきた二人に、体をタオルで入念に拭わせる。
熱い蒸しタオルが血糊をふき取るたび、身体が心地よくほぐれていく。
服を着てからリーリアを抱きしめる。
季節は冬に入りかけている。
彼女の体温が、俺の冷えた体をじんわりと温める。
「暖を取ってから、また出かける」
俺はリーリアを抱きしめながら、そばにいたもう一人のメイドの身体に手を伸ばし、その柔らかさを確かめた。
「ご、ご主人様……」
メイドは顔を赤らめ、身をよじる。
湯気で少し上気した肌は、滑らかで弾力があった。
抱きしめているリーリアが、可愛らしく口をとがらせて不満げに俺を睨む。
「そう嫉妬するな」
「嫉妬などいたしておりませんわ。それよりも、体を温めるのであれば、お茶を用意しております」
身体をふく用のお湯を作ったときに、保温瓶にお茶用のお湯を取り置きしていたようだ。
さすがは俺の専用メイド。
気が利く。
俺たちは書斎に移動して、お茶を飲んで体を温める。
湯気の立つカップから、ハーブの香りが立ち上る。夜も遅いし三人しかいない場なので、束の間の無礼講だ。
「俺はまだ少しやることがあるので、また屋敷を空ける。留守は頼んだぞ」
リーリアともう一人のメイドが自室に戻ってから、明かりを消して転移を使い、サーメフの屋敷へと移動した。
専用メイド以外の使用人には俺の能力の詳細は教えておらず、あいまいにしている。
サーメフから提供された客人用の部屋で、ベッドに入った。
先ほどまでのメイドの温もりとは違う、冷たいシーツの感触。
(これでまた、目覚めた時に死んでいたら笑えるな)
そんなことを思いながら、眠りについた。
***
目覚めると、サーメフの屋敷の使用人が俺を呼びに来た。
朝食の用意ができたようだ。カーテンの隙間から、強烈な砂漠の朝日が差し込んでいる。
俺は身支度を整えてから、顔を出す。
サーメフと二人の息子、それにフィラーマがその場にいた。
サーメフは人のよさそうな顔を貼り付けて俺を出迎えた。
しかし、そのこめかみには青筋が浮いている。二人の息子は俺に対する恐怖と敵対心が顔に出てしまっている。俺と目が合うと、ビクリと肩を震わせ、視線を逸らす。
父親と比べてまだ未熟なようだ。
そして、フィラーマは兄二人の様子がおかしいことに気づきもせずに、世間知らずな顔で呑気に俺に近づいてくる。
「おはようございます。ゼノス様、いい朝ですね」
俺の腕を組んで、豊満な胸をぐいっと押し当ててきた。
どうやら俺のことを、相当気に入っているようだ。昨夜、自分も睡眠薬を盛られたことすら気づいていないのかもしれない。
(父親たちから事情を聞かされていないのか。――まあ、睡眠薬を盛ったとか、殺したけれど生き返ったとか、言いづらいだろうしな……)
俺たちは豪華な朝食を食べることにする。
色とりどりのフルーツと、焼きたてのパンの香りが食欲をそそる。
砂漠の朝はまだ涼しいが、これから気温はどんどん上昇していくだろう。
**
朝食の席で、サーメフがナイフとフォークを止め、尋ねてきた。
「それで『漆黒の魔剣士』殿、この先、どう動かれるのですかな?」
予定を聞かれても困る。
特に何も考えてはいない。
「ふむ、そうだな――とりあえず、相手の出方を見る。俺が暴れまわった後、奴がどう動くのか、お手並み拝見と行こうじゃないか」
自信満々に、ワイングラスを傾けながら、そんな無責任な提案をする。
ガタンッ!
サーメフの二人の息子が椅子を蹴って立ち上がり、キレた。
「きさま、ふざけているのか!」
「どう出るかお手並み拝見? 水を止められれば、この都市は立ちいかなくなるのだぞ!」
彼らは「貴様のせいで……」と言いながら、顔をゆがませる。
今にも掴みかかってきそうな剣幕だ。
二人の兄の剣幕に、フィラーマが「こわーい」と言いながら、俺の腕に抱き着いた。 彼女の甘い声が、ピリついた空気に場違いに響く。
「お客様に失礼よ。お兄さま」
兄を窘める。
サーメフが場を取りなすように俺に質問する。
「申し訳ありません。二人が失礼を――ですが、この町の現状が危機的なのも事実、水の供給を止められてしまえば、地下水は一カ月と持ちません。対抗策はおありでしょうか?」
サーメフは柔和な笑みを浮かべているが、目は笑っていない。
その瞳の奥底には、冷え冷えとした殺意が隠しきれず充満している。俺と協力する一方で、今度こそ確実に殺す算段も考えているのだろう。
俺はサーメフの殺意を完全に無視した。
彼らの不安は、取るに足らないことだと言うように答える。
「それに関してはもちろん考えがある。一カ月も猶予があるのならどうとでもできる。心配するな」
俺の答えにサーメフたち三人は、疑わし気な目を向ける。「本当に大丈夫なのか、こいつは――」という心の声が聞こえてきそうだ。
だが、現状では俺に頼るしかない。
ひとまずは矛を収める。
「そうですか、期待しておりますぞ。魔剣士殿」
念を押すようにそう言った。
「ああ、任せておけ。その見返りとして、この女を貰うことにする。異存はないな」
俺はフィラーマを片腕で抱き寄せ、その髪の匂いを嗅ぎながら確認を取った。
只で助けてやるとは言っていない。
(報酬はきっちりと貰わないとな)
サーメフは一瞬、苦虫を噛み潰したようなぶぜんとした顔になったが、抵抗できず不承不承了承した。「ぐぬぬ」という呻き声が漏れそうなほど、悔しそうな表情だった。




