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第203話 権力者VS人でなし

 俺はイスファラという町の領主、サーメフ・ザカリアに招待され、夕食を馳走になった。


 だが、その宴は甘い罠だった。

 提供された豪華な料理には、たっぷりと睡眠薬が盛られていたらしい。


 俺と、俺の隣で無邪気に料理を食べていた領主の娘フィラーマは、抗う間もなく深い眠りについた。


 フィラーマは衛兵によって丁寧に自室へ運ばれて行き、俺はその場で――

 殺された。



 ***


 ふと、意識が覚醒する。

 鼻孔をくすぐるのは、甘い香辛料の残り香と、それ以上に強烈な鉄錆の臭い。


 俺はこの部屋に集められた衛兵たちによって、惨殺されたようだった。


「……なるほど、こう来たか」


 視線を落とせば、身体のあちこちが鮮血に濡れている。

 白いシャツは赤黒く染まり、剣で突き刺されたり斬られたりした箇所には、無残な穴がいくつも開いていた。


 床には俺から流れ出た血が、水たまりを作っている。


(カリムに引き渡すのではなく、いきなり殺害するとはな)


 俺はこの町の盗賊団、【砂のサンド・ファング】を半壊させている。

 奴らはこの国を牛耳るカリム大臣の子飼いだ。大臣の利益になる汚い仕事を請け負う彼らを潰したということは、すなわちカリム大臣に喧嘩を売ったのと同義。


 この町の領主としては、カリムに反逆を企てていると疑われないよう、俺を始末する必要があったわけだ。


 カリム傘下の盗賊団が、大損害を被った責任問題もある。

 名誉挽回のためには、俺の首が必要だったのだろう。


 この町の領主、サーメフ・ザカリアには、盗賊団からすでに報告が上がっているはずだ。『漆黒の魔剣士ゼノス』は常識外れに強い、と。


 真正面から戦えば勝ち目がないと悟ったサーメフは、食事に睡眠薬を盛り、俺を眠らせてから始末するという「確実な手」を選んだ。


(食事に毒を盛るというのは、古典的だが効果的だ)


 自分の娘に接待をさせて、彼女にも同じ皿の料理を食べさせることで、俺の警戒心を解いた手腕は評価してやろう。『毒殺』ではなく、『眠らせただけ』なのは、娘をそこまで巻き添えにする気はなかったからだ。


 眠らせたうえで、衛兵たちを呼び、抵抗できない俺を寄ってたかって斬り刻んだ。

 賢いやり口だ。



 ***


 だが、残念だったな。

 俺の身体には『身代わりの術式』が刻印されている。


 自分の身体に受けた傷や状態異常を、『身代わりの首輪』を付けた対象に移し替えることができる。

 致死ダメージを受ければ、術式はオートで発動し、たとえ心臓が止まっても即座に蘇生が可能だ。


 俺は血の海の中で、状況を冷静に分析した。

 事前に何かしら危害を加えてくる可能性も考慮していたので、驚きはない。

 当然の帰結だ。


 身体に残っていた睡眠薬の成分も、身代わり術式を通じて、あらかじめ屋敷の庭の檻に入れておいたゴブリンに移しておいた。今頃、移されたゴブリンは、泥のように眠っていることだろう。


 身体の切り裂かれた皮膚はすでに再生している。

 術者である俺にも、詳しい原理は不明だが――

 失った血液さえも補填されていて、体調は万全だ。


(――さて、ここからは俺のターンだな)


 俺は血だまりの中でむくりと上体を起こした。


 死体検分を終え、安堵の息を吐いていたサーメフ・ザカリアとその息子二人。

 そして剣についた血をぬぐっていた衛兵たちが、ぎょっとして固まる。


 部屋の空気が凍り付いた。

 俺は彼らに向かって、あくまで穏やかに声をかける。


「随分と手荒な歓迎ですね。お気に入りの服がボロボロになってしまった」


 冗談めかしてそう言ってから、血まみれの顔でニヤッと笑ってやった。



 **


「な、なぜ、生きているッ!?」

「ひぃ、ば、化け物!」

「おい衛兵、どうなっているんだ!」


 サーメフとその息子たちは、驚愕のあまり椅子から転げ落ちんばかりに狼狽えていた。顔面は蒼白で、まるで幽霊でも見たかのような反応だ。


「なんだ、こいつ……?」「生きているのか?」「馬鹿な……確かに、心臓を突き刺したぞ!?」「首だって斬ったはずだ!」


 俺を囲んでいる衛兵たちも、パニックに陥っていた。

 何度も剣を振り下ろし、抵抗しない肉体をめった刺しにした確かな感触が手に残っているはずだ。


 彼らは困惑している。

 なぜ殺したはずの男が、傷一つない身体で起き上がるのかと。


「え、ええい! もう一度だ。確実にもう一度、殺せ! 首を切り落とせぇえ!」


 サーメフの裏返った悲鳴のような命令で、衛兵たちが弾かれたように動く。

 恐怖を振り払うように剣を振りかぶり、もう一度俺を惨殺しようと殺到する。


 彼らが剣を振り下ろす、その刹那。

 俺は魔法を行使した。


 『加速魔法』と『プロテクション』。


 フッ、と世界から音が消える。


 時間の流れが泥沼のように遅くなる。

 衛兵たちの表情が、恐怖と殺意で歪んだまま固定されている。振り下ろされる剣の軌道も、空中を舞う埃さえも、すべてが止まって見える。


 俺はその静止した世界の中で、ただ一人、悠然と立ち上がる。


 取り囲んでいる衛兵の顔に、順番に拳を打ち込んでいった。


 一人目の顎を砕き、二人目の鳩尾みぞおちに拳をめり込ませ、三人目の側頭部をフルスイングで殴りぬく。


 顔だけではなく、その胴体にも正確に何発か入れていく。

 『プロテクション』を使っているので、鉄の鎧の上から殴っても、こちらの拳には痛痒つうようすら感じない。『精霊王の加護』によってダメージカットを90パーセント以上で使える。


 チート能力の二枚重ね――

 八人全員に十分な打撃を与えたことを確認し、俺は元の位置に戻ってポーズを決める。


 そして、『加速魔法』を解除した。


 その瞬間――


 ドゴォオオオオオオン!!!


 豪快な打撃音が重なって轟き、俺を取り囲んでいた八人の衛兵が、爆発したかのように同時に四方八方へと吹っ飛んだ。


 彼らは壁に叩きつけられ、あるいはテーブルを粉砕し、白目を剥いて沈黙した。



 **


 シーン……。


 静まり返った部屋の中には、俺と、領主親子三人だけが立っていた。

 俺はサーメフとその息子二人に、血のついた手を軽く拭きながら声をかける。


「安心してください。殴っただけですので、死んではいないでしょう。俺は紳士ですからね。殺しはしませんよ」


 俺は両手を軽く広げ、これ以上危害を加えることはしないと、余裕をもってアピールする。だが、血まみれの服を着た人間に「紳士」と言われても、説得力は皆無だろう。


 案の定、彼らは安心するどころか、恐怖のどん底に叩き落されていた。


 サーメフと二人の息子は、怯えと猜疑心を顔に張り付けて、ガチガチと歯を鳴らしながら俺を詰問する。


「お前はいったい何者なんだ……?」

「この町に何の用だ? 何をしに来たんだ!」


「サンド・ファングの連中をあんなに殺して、取り返しがつかないぞ。どうしてくれるんだ!」


 口々に俺を非難するが、その声は震えている。


 俺はゆっくりと、血の滴る足音を響かせながら彼らに接近した。


「何者かと聞かれてもな。最初に言ったろ。俺は『漆黒の魔剣士・ゼノス』。この町に来た目的は、強いて言えば――観光、かな。いや、放浪の旅の途中といった方が分かりやすいか。まあ、そんなところだ」


「か、観光だと……?」


「盗賊団を殺したことを非難されてもな。放浪の身の俺としては、この町がどうなろうと『知らんがな』と言うしかない。――あいつらを殺すと、何か不味い事でもあるようだが、それに対しても『自分たちでどうにかしろ』と言うしかない」


 俺の答えを聞いた息子二人は、恐怖で涙目になりながらも、さらに非難してくる。


「後先考えずに盗賊団を殺して回るなんて、なんて無責任な奴だ。この人でなし! 悪魔!」

「おい、衛兵たち。早くそいつを捕らえるんだ! カリム大臣にそいつの死体を差し出さなければ、水を止められてしまうんだぞ!」


 そう命令するが、誰も動かない。頼みの綱の衛兵たちは、俺に殴られて全員、床でピクリとも動かずに伸びている。


 俺の歩みを止める者は、この部屋にはもういない。


「意外と頭が悪いな。俺がその気になれば、いつでもお前らを殺せるというのが、この惨状を見ても分からないのか?」


 近づいてそう問いかけると、二人の息子たちは揃って「ひぃいッ!」と情けない声を上げて、その場に尻もちをついた。


 サーメフだけは青い顔で、テーブルに手をついて何とか立っている。

 彼は震える手で汗を拭い、忌々しげに俺を睨みながら、それでも領主としての意地で交渉してきた。


「……このようなことを、何の考えもなしにしているわけではないのだろう。カリム大臣と敵対するということは――アジーム殿下にでも雇われたか?」


「さあ、な」


 俺がとぼけておくと、相手もそこは追及せずに話を進める。

 彼は自分の息子たちの無様な姿と、全滅した衛兵たち、そして血まみれでも平然としている俺を見比べ、覚悟を決めたようだ。


「……まあ、いい。こうなった以上は、我らもカリム大臣と敵対するよりないようだ。貴様の思い通りに動いてやるから、貴様も手を貸せ」


「いいでしょう。商談成立ですね」


 こうして俺は、恐怖と圧倒的な暴力によって領主サーメフ・ザカリアを支配下に置き、カリム大臣に対抗するための最初の足がかりを得たのだった。

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