第202話 歓迎の宴
俺は砂漠の王国ザハラの地方都市、イスファラに巣食っていた犯罪組織【砂の牙】の支部を単身で襲撃し、半壊させた。
宿に帰ってくつろいでいると、この町の衛兵が俺を訪ねてきた。
宿の主人が、衛兵の姿を見て青ざめているのが見える。
なんでも、この町の領主サーメフ・ザカリアが、俺を夕食に招待したいらしい。
俺の討伐したサンドファングのこの町の構成員は約50人。
末端を含めるともっと多いだろう。
この町の治安機関の人員は約200名。
彼らにとって厄介な、規模の大きい犯罪組織を半壊させた俺をもてなしたい意向のようだ。
俺はその申し出を受けることにした。
***
衛兵に先導されて、俺は領主の屋敷に入る。
この町で一番立派な建物だ。
高い壁で囲われている広い敷地、中に入ると敷地内だけは贅沢な植栽と立派な噴水があった。チョロチョロと流れる水音が、この渇いた都市では何よりも贅沢な音楽だ。その奥に白漆喰で塗られた豪華な建物がある。
砂漠の熱気を払う贅沢な空間だ。
夕焼けの中、砂漠の中にポツンとある都市は、美しく赤く染まる。
空は血のように赤く、影は長く伸びて、夜の冷気を予感させる。
季節は冬が近づいている頃、夜は冷えるので防寒もしっかりしている。
俺は領主の屋敷の、客をもてなす部屋に案内された。
分厚い絨毯が足音を吸い込み、異国の香が甘く漂う。
かがり火が焚かれた空間に、豪華な料理が並んでいる。
香辛料をたっぷりと使った肉料理、色とりどりの果実、そして冷えたワイン。
(高い金を払った宿の食事を食い損ねた……)
そんなことを口にすると小者臭くなるので言わないが、ちょっとだけ勿体なかったなという思いが抜けない。こっちの方が豪華なのだろうが、ただ飯が食えるのであれば高価な宿を取ったのは失敗だった。
――おまけに、今日はこの館に泊めて貰えるらしい。
(人生とは思い通りにはいかないな。どれほど思慮を巡らせたとしても、最善の選択をし続けることなど、不可能ということか……)
まあ、結果オーライだと思って、気持ちを切り替えることにしよう。
せっかく豪華な料理を振舞ってもらえるのだ。
これを美味しくいただくことが、今の俺にとっての最善のはずだ。
部屋にはイスファラの都市長官サーメフ・ザカリアがいた。
小太りで、口ひげを蓄えた男だ。その目は笑っているが、奥底には油断ならない光が宿っている。
表面上は穏やかそうな男だが、カリム大臣に取り入って上手くやっているそうなので、油断のならない相手だろう。
だが、俺はあえて――この場で『油断する』ことにした。
まずは相手の好きにさせて、本心を見極める。
**
「ようこそ、いらっしゃいました。旅の剣士よ」
サーメフから歓迎の言葉を受ける。
「お招きにあずかり光栄です」
俺が挨拶を返すと、彼の隣にいる女性を紹介される。
褐色の肌に、エキゾチックな美しさを持つ美少女。
金の装飾品が肌によく映え、甘い香水をまとっている。育ちの良さからか、どこか世間知らずで傲慢な雰囲気を漂わせている。
「私の娘のフィラーマです」
どうやら、歓迎のための接待要因のようだ。
彼女以外にも、彼の息子二人も列席している。
ここでは男の名前は重要ではないので、割愛する。彼らはサーメフの左右に座って、共に食事を取る。
フィラーマは俺の側に来て腕を組み、豊かな胸を押し付けながら、そのまま隣に腰かける。
俺の隣で食事を取るようだ。
**
サーメフは食事を開始する。
「どうぞ召し上がって下さい。ぜひとも貴殿の武勇伝を聞きたいものですな」
「ええ、よろこんで」
俺はこの町で財布を盗まれて、その後、サンドファングの拠点に乗り込み、半壊に追いやった話をした。
全てを正直に話したわけではない。
機密情報は隠して、話半分で語った。
金貨に仕込んだ発信機は秘密なので、財布をすられたことに気づいて犯人の後を追ったということにした。
門を爆裂魔法で破壊したことも秘密にして、財布を盗んだ奴が「鍵をかけ忘れていた」らしく、押したら開いたことにした。
中に入って財布を返すように要求したら、「犯罪者が建物から沢山出てきて襲ってきたので、返り討ちにした」ことにした。
サーメフや俺の隣で話を聞いていたフィラーマは、俺の話に驚きながらも興味深そうに聞いている。
「そんなに大勢に襲われて、怖くはなかったのですか?」
「いえ、あの程度のゴロツキ共など、俺にとっては敵ではありませんよ。何しろ俺は地獄の門番ケルベロスや、不死身の化け物デュラハンを退治したこともある英雄ですからね」
自分で英雄を自称する。
ワインを傾けながら、得意げに。
「まあ、凄い」
フィラーマが顔を赤らめて、俺の顔を覗き込む。
かなりいい感じだ。
俺はつい、彼女の腰に手を回す。
嫌がるそぶりはない。
さらに調子に乗って抱き寄せる。
彼女の肌は温かく、滑らかだ。
サーメフもフィラーマも聞き上手だ。
俺は上機嫌で食事会を楽しんだ。
***
この町での盗賊退治の話を終えると、次はこちらから話を求める。
サーメフにこの町の行政や、交易について話を振った。
「将来は貿易商を立ち上げたいと思っているので、お話を伺えれば幸いです」
サーメフは素直にアドバイスをくれた。
「そうですな。王国からの品ですと、シルクやワイン、化粧品などが人気です。王国からは武具の輸出が禁止されておりますので、この国で流通しているのは帝国製の商品になります。王国製の武具を密輸をするのであれば、危険は大きいですが利益は見込めると思いますよ」
行政機関のトップが、堂々と密輸を進めてくる。
彼らにとっては『密輸』など、大した悪事ではないのだろう。
腐敗の根は深い。
「こういった銀細工はどうですか?」
俺は懐に入れて持ってきた髪飾りを見せる。
繊細な彫金が施された、月を模した髪飾りだ。
ドワーフの姫エイルの作ったものだ。
彼女には剣を打って貰ったが、こういった細工も得意なのだ。
エイルには俺と親しくしている女性たち用の、銀細工もいくつか作って貰っていて、いずれも好評だ。
今は「からくり人形」の製作を依頼しているので彼女は手いっぱいだが、俺の統治するドワーフ自治区にはこういった細工を作るのが得意な者はたくさんいる。
武具以外の特産品の開発と、市場開拓――
それに交易路の確保も進めたい。
「まあ、素敵! きっと人気商品になります」
俺の隣で食事をしていたフィラーマが食いついた。
好感触だ。
「良ければどうぞ。プレゼントしますよ」
彼女は喜んで受け取り、それを早速身に着ける。
黒髪に銀の輝きが映える。
「ありがとうございますゼノス様」
「よくお似合いですよ」
それからしばらくして、彼女は俺の隣で眠りについた。
コクリ、コクリと船を漕ぎ始め、やがて俺の肩に寄り掛かってくる。
「どうやら飲み過ぎたようですね」
サーメフが衛兵に命じて、彼女を部屋へと運ばせる。
その様子を見ながら、俺も眠りについた。
突然、急速に眠くなり、意識がもうろうとなる。
視界が歪み、世界が回転し始める。
手足の感覚が、泥の中に沈んでいくように消えていく。
「おやおや、どうやら客人も眠くなったらしい」
「やっと効いてきたか……おい、ここを片付けて、衛兵を集めろ」
俺は霞がかった意識で、罠に嵌まったことを自覚する。
サーメフの声が、遠く、冷たく響く。
俺とフィラーマの料理には、睡眠薬が仕込まれていたようだ。
(何も知らない娘に同じ食事を取らせて、俺を油断させたというわけか――娘ごと、罠にはめるとはな……)
意識が混濁し、体の自由がきかない。
ここで俺の意識は完全に途切れ――
そして死んだ。
殺されたのである。




