第201話 カウントダウン
俺は砂漠の王国ザハラの地方都市、イスファラに来ている。
そこで密輸や誘拐や強盗を生業としている犯罪組織【砂の牙】と対峙していた。
奴らは俺から金貨5枚を盗んだので、それを取り返しに来たのだ。
犯罪組織のボスが俺の前に立ち、その左右に三名ずつ男がいる。
その背後には約40名の犯罪者たちの姿がある。
対して俺は一人だけ。
そんな俺が、「大人しく盗んだ金を返すなら、それで許してやる」と啖呵を切って制限時間を設け、数を数えだした。
「十、九、八……」
俺はゆっくりと、死神の足音のように数を十から順に減らしていく。
その手に、抜身の専用武器「クロノス・ヴァイス」を持って戦う意思を示している。白銀の刃が、無慈悲な冷たさを放っている。
しかし、犯罪組織の面々は五十人いるという優位性から、余裕の表情だ。
口々に俺をあざける言葉を吐いている。
「おいおい、カウントダウンだってよ!」
「怖くて震えが止まらねえや、ギャハハハ!」
犯罪組織に所属しているだけあって、お調子者が多いようだ。
仲間が大勢いることもあって気が大きくなっているのだろう。彼らの哄笑が、乾いた空気に不快に響く。
灼熱の太陽が、男たちの脂ぎった肌を照らし、獣臭さと汗のにおいが鼻をつく。
俺は構わずにカウントダウンを続けた。
**
俺が数を減らしていっても、砂の牙の面々は、ただ俺をあざけるだけで、金を返す気はないようだ。
彼らにとってこれは戯言なのだ。
にやけ面で「おお、こわ~」「な、なにをする気なんだ~(笑)」「た、たすけて~、ぎゃはは」などと言って馬鹿にしている。
下品に歪んだ口元、侮蔑の色を浮かべた瞳。
それら全てが、俺の網膜に焼き付く。
「……二、一、ゼロ」
俺は数を数え終えた。
十から数えて、ゼロといった。
ゼロといった直後、俺は『加速魔法』と『プロテクション』を発動する。
フッ、と世界から音が消える。
時が止まる。
正確にはスローモーションのようにゆっくりと動いているのだが、「止まった」と表現して差し支えないレベルで動きは遅い。舞い上がった砂埃の一粒一粒が、空中で静止している。
その中で、俺だけが普通に動けた。
さらに「身体能力強化」の魔法も使い、時が止まった世界で、高速で動く。
俺の身体は疾風となり、静止した世界を駆け抜ける。
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まずは、ボスの周囲にいる六人の男を血祭りにする。
一人につき六回、骨と肉を断つ斬撃を食らわせた。
時が止まった世界で、一人残らずその体を切断する。
肉を断つ感触が手に伝わるが、血飛沫すら上がらない。
物理法則が、俺の速度に追いついていないのだ。
順番に体を切り刻んでいく。
犯罪者たちは俺の動きに反応できず、剣の試し切りに使う藁人形のようにじっとしていた。嘲笑を浮かべたままの顔が、これから起こる惨劇を知らずに固まっている。
六人を斬り終えたところで、俺はいったん加速の魔法を切った。
**
ズパァンッ!!
突如として、破裂音と共に鮮血が舞った。
六人の男の身体が、内側から爆発したかのように、肉片となって四散する。
その後、俺が高速移動をした余波で突風が吹き荒れ――
砂埃と血の雨が、ボスに向かって叩きつけられる。
数瞬遅れてザシュッ!!
という、人を斬った斬撃音が、何重にも重なって響いた。
俺は剣をひと振りして、刀身についた血を飛ばす。
赤い雫が、乾いた大地に黒い染みを作る。
犯罪者たちは唖然としている。
嘲笑は消え失せ、口を半開きにしたまま、目の前の惨状を見つめている。
何が起きたのか理解ができないが、仲間が殺されたことだけははっきり見えていた。身体が突然、飛び散って爆ぜた。だが、その出来事に、感情が追い付いていない。
恐怖が沸き上がっては来なかった。
ただ茫然としている。
――サンド・ファングの面々は、そんな感じでぼけっと立っている。
俺はそんな彼らにかまわずに、建物に向かい歩き出す。
もう一度「加速魔法」を使う。
それから身体強化を使い、超高速で移動する。
建物の中と外にいる犯罪組織のメンバーを、ランダムで切り刻み殺していった。
二、三人殺してから加速を切り、一呼吸おいてから同じことを繰り返す。
***
犯罪者たちから、どう見えていただろうか。
彼らは俺の姿を捕らえることはできない。
突然姿が消えたと思ったら、仲間が次々に爆発するように粉みじんになっていく。
「ギャッ」という短い悲鳴すら上げる間もなく、命が刈り取られていく。
周囲をあまりにも不自然な、突風と足音と斬撃の音が、あちこちで不気味に響く。見えない死神が鎌を振るう音だ。
彼らは自分がいつ、どのように殺されるかわからない危機的な状況にいることを段々と理解していき、理解できない現象への恐怖がその体を包んでいく。顔面は蒼白になり、足はガクガクと震え、失禁する者もいる。
俺が敵の半数を始末して、加速魔法を切ってから、暫くすると――男たちから小さな悲鳴が起こり始めた。
「ひぃぃぃっ!」
「ば、化け物だぁ!」
「わ、わかった、降参する。金は返すから許してくれ!」
リーダー格の男が必死な形相で降参を申し出てきた。
顔中、部下の返り血で真っ赤に染まっている。
俺はちょうど、建物の入り口にいた。
そこからリーダーに声をかける。
「まあ、いいだろう。金を返すのであれば俺もこれで手を引こう」
男は後ろから声をかけられてびくっとなったが、すぐに部下に指示を出す。
「お、おい、早く金を返せ!」
**
俺から財布を盗んだ少年が、その隣にいた男を見る。
男はボスから指示されて動いた。
震える手で懐を探っている。
きょろきょろと周囲の惨劇を見ながら、恐る恐る俺の方へと近寄ってくる。
足元には、かつての仲間の肉片が散らばっている。それを避けるように、よろよろと歩く。
その懐から、俺の財布を取り出して返してきた。
俺はそれを受け取ってから「二度と盗みを働けないように、その腕を斬ってやろうか?」と冗談で問いかけた。
男は「ひぃ!」と大げさに驚いて、尻もちをついた。
その顔には真の恐怖がある。
俺は建物の窓からこちらを見ている少年を見る。
みすぼらしい身なりから察するに、スラムの子供だろう。悪夢を見ているような表情を浮かべていた。その瞳から、生気が失われている。
(この後、組織内で彼がどんな目に遭うかは明白だ)
彼には、こうするよりほかに生きるすべはないのだろう。
だが、俺は彼を助けてやるつもりはない。
盗みを働いたことを責めるつもりもないが、同情もしない。
あの少年は運が悪かった。
ターゲットに俺を選んでしまったばかりに、とんでもない状況に置かれている。
あの少年に財布を盗まれた被害者たちは、「運が悪かった」と思うしかない。
彼も俺から財布をすったことを「運が悪かった」と嘆くしかないのだ。
生きていれば、「運が悪かった」という理不尽は常に存在する。
この俺も、そのうちの一つに過ぎない。
俺は悠然と歩いてその場を去った。
去り際にリーダの男の肩をポンと叩いて、「もう悪いことはするなよ」と声をかけた。男はその一瞬、心臓が止まるかのような顔をした。
***
犯罪組織【砂の牙】を半壊させた俺は、宿泊中の高級宿、【黄金の砂】に戻る。
居心地のいい部屋でのんびりと過ごしていた。
窓の外からは熱気が遮断され、噴水の水音が心地よい。灼熱の砂漠の都市で涼しく過ごすというのは、なかなかの贅沢だ。
日が暮れるころ、俺のところに領主の使いが来た。
衛兵が宿の受付にいるらしい。
俺が用向きを訪ねに行くと、領主が俺を食事に招待したいらしい。
なんでも、犯罪者を多数打ち取ったことに対する礼をしたいみたいだ。
俺の武勇伝も聞きたいと言っている。
(早速、かかったか……。この町の人間は上から下まで、誰もかれもが飢えている。エサを放り投げればすぐに食いついてくれる)
俺は口元に薄い笑みを浮かべ、招待を受けることにした。




