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第200話 追跡と訪問

 俺はザハラ王国の西北にある地方都市イスファラにやってきていた。


 宿を取り市場を見て回っていると、スリ被害に遭い、金貨五枚が入っている財布(巾着)を盗まれてしまった。


(さて、盗んだ奴が【砂のサンド・ファング】と繋がっていればいいのだが……)


 俺は目を閉じ意識を集中し、盗まれた財布の行方を追う。

 こんなこともあろうかと、財布に入れていた金貨五枚にはシールタイプの魔道具(追跡用の発信機)を取り付けておいたのだ。


 金貨のありかが鮮明に浮かび上がる。

 すぐに町の地図へと照らし合わせる。


(貧困街の端に向かっているな……)


 位置情報を確認した俺は、金貨を盗んだ犯人の向かっている先へと追跡を開始した。路地裏の熱気と、腐敗したごみの臭いが混じる風を切り裂いて進む。



 ***


 オアシス都市国家連合【ザハラ】の地方都市、イスファラ。


 その町のはずれ、砂漠との境界線近くの位置に、隊商宿がある。交易の中継地として生計を立てている都市なので、商隊が寝泊まりできる拠点はいくつもある。


 その中で、まともな商人が寄り付かない宿がある。

 いや、そこにはかつて隊商宿があったが、今は廃業してもぬけの殻になっているので、都市から都市へと移動している商隊は寄り付かない。


 高い日干しレンガの壁に囲まれ、入口の門は常に閉じられている。風化して崩れかけた外壁は、長年放置された廃墟特有の寂れた空気を漂わせていた。


 俺の財布を盗んだ者は、その中へと密かに裏口から入っていった。


(ここか、……【砂の牙】の拠点の可能性が高いな。――なるほど、潰れた隊商宿というのは、密輸商人や盗賊、誘拐組織なんかが身を隠すにはうってつけだ)


 そこは、屋根や壁の一部は砂嵐で崩れていて、荒廃した印象を受けるが、建物の中で身を休めることはできる。敷地には大きな中庭があり、運搬用のラクダを休めることもできる。


 【砂のサンド・ファング】とは関係ない単独の、組織に属さない犯罪者に財布を盗まれてしまっていた可能性もあったが、どうやらいきなり大当たりだったようだ。


 俺はつぶれているはずの隊商宿の、硬く閉まっている裏門に近づいた。

 隊商宿の正門は町の外、裏門の先は貧困街がある方向だ。


 その裏門を手で触れる。

 ざらついた乾いた木の感触。重厚な金属の補強が施されている。裏門とはいえ、こちらの方が街に面しているためか、かなり立派なつくりだった。


 体内から「時限式爆裂魔法」の魔力を、門へと流す。


 「危険感知」の魔法を使い、ギリギリのラインで暴発しないように見極めて魔力を込めた。木材の繊維の奥深くまで、熱を持った赤黒い魔力が浸透していくのを感じる。


 そして転移を使い、後方にある建物の蔭へと移動。

 ――数秒後、爆裂魔法が起動。


 どごぉおおおん!!


 轟音とともに火柱が上がり、爆風が周囲の砂埃を巻き上げた。

 鼓膜を揺らす衝撃波。

 飛び散る木片と石礫いしつぶてが、パラパラと雨のように降り注ぐ。


 俺は爆発の余韻の中、躊躇なく門へと向かう。

 門は見事に破壊されていた。

 周囲の壁も破損し、黒い煙が立ち上っている。


 俺はその惨状を意に介さずに、敷地の中へと踏み込む。



 **


 中は大騒ぎだった。

 『ハチの巣をつついたような騒ぎ』と表現してもいいかもしれない。


 廃業しているはずの隊商宿に、厳つい人相の男たちがわんさかいる。

 彼らは爆発に驚いて、宿の中から次々に姿を現した。


 庭にはラクダが五十匹以上はいた。

 「グゥオッ、グゥオッ」というラクダのいななきと、獣臭さが充満している。 それだけの物資を運んでいるということだ。


(拠点にいたのは五十名近くか。――結構多いな)


 そんなことを考えながら、中庭を進んでいく。

 土煙の向こうから、殺気立った男たちが現れる。


 七名の男たちが、剣を携えて、こちらに来た。

 日焼けした肌に、脂ぎった汗。薄汚れたターバンを巻き、それぞれの得物を構えている。


「おい、あれをやったのは、てめーか?」

「こんな真似をして、ただですむと思ってんのか? あぁん」

「落とし前はきっちりつけてもらうぞ、こらっ」


 男たちは口々に脅し文句を言ってくる。


 一番真ん中にいた、この集団のボスらしき男が、問いかけてくる。

 顔に大きな刀傷がある大男だ。


「てめーの名は? 誰にやとわれた? 洗いざらい吐いてもらうぞ」


 俺は無言で剣を抜いた。

 シャリッ、という鞘を走る音。


 腰に差していた専用武器「クロノス・ヴァイス」がその姿を現す。

 美しい白銀の刀身が、砂漠の熱気の中で冷たく輝いている。その輝きは、この薄汚れた場所にはあまりにも不釣り合いなほどに冷たく澄んでいた。


 俺が戦う意思を示したことで、男たちに緊張が走る。


 だが、それは「気を引き締める」というよりも「やる気か、コイツ?」といった感じだった。


 それもそのはず、敵はおそらく建物の中の人数も合わせると、五十人はいる。


 俺は一人だ。


 剣を装備している俺は「脅威」ではあっても、「自分たちを脅かす敵」ではないと捉えていた。


 俺は彼らに向かって、ここに来た目的を語りかけた。


「俺の名はゼノス――『漆黒の魔剣士ゼノス』だ。俺は今日この町に来て市場を見て回っていたのだが、その最中に財布を盗まれた。俺の財布を盗んだ奴が、この建物に入っていったので、盗まれた金を返してもらおうと、こうしてやってきたのだ!」


 大声で――

 あくまで『正義は我にあり』といった感じで目的を伝えた。



 ***


 俺の目的を聞いた男たちは、しばし唖然としていた。

 ポカンと口を開け、時が止まったような静寂が流れる。


 爆発音を聞いて建物の中から飛び出してきた30名ほどが俺を見ている。

 建物の中にいる20名ほども、窓から俺のことを眺めていた。


 その中の一人の子供が、周囲を見回している。

 おそらく俺の財布を盗んだ犯人だろう。みすぼらしい服を着た少年だ。顔面は蒼白で、ガタガタと震えている。


 まさか自分が財布を盗んだせいで、こんな騒ぎになるとは思っていなかったのだろう。相当に困惑している。

 財布を盗んで、組織の上役に渡して、見返りに多少の分け前を貰っていたところのようだ。彼の隣の男から、金貨に仕込んだ発信機の反応がある。


 後できっちり取り返してやる。


 だがその前に――

 この犯罪組織のボスと話をして、彼を納得させなければならない。


 向こうも俺と話をしたがっている。

 俺の前にいたリーダー格の男が、代表して質問してくる。


「お前、それだけのために、こんな真似をしたのか? 盗まれた金のために? はした金を取られたことに怒って、俺たちに喧嘩を売りにきたってのか?」


 信じられないと言いたげに確認してくる。

 常識で考えればそうだ。


 門を爆破するコストの方が高いだろう。

 それに、この規模の犯罪組織と敵対することになる。

 「そんな馬鹿な」と言いたげな顔になるのもわかる。


 俺は堂々と答えた。


「ああ、そうだ。大人しく盗んだ金を返すなら、それで許してやる。それでこちらも手を引こう。だが返さないのであれば、それ相応の報いを受けてもらう。猶予は与えない。今から十、数えるうちに金を返せ」


 俺は大声でそう言うと、数を数えだした。


「十、九、八……」


 犯罪組織【砂のサンド・ファング】の面々から、失笑が漏れた。


「おいおい、マジかよこいつ」

「頭がイカれてやがる」

「砂漠の熱にやられたか」


 どいつもこいつも、俺のことを呆れたような顔で嘲笑っていた。

  

 俺は奴らの嘲笑を無視し、十から順に数を減らしていった。

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