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第199話 砂漠の地方都市

 俺は学園の休日を選んで、ザハラ王国の地方都市のひとつである、『イスファラ』に転移した。


 あらかじめ、「転移の魔人」アシュラフを派遣し、位置情報を取得してこの場所への移動を可能にしてある。


 ザハラ王国はアースガルド王国と、アドラステア帝国の南方にある。

 東西に長く伸びる砂漠地帯を領土としている。


 その国土の西方にイスファラは位置する。

 アースガルド王国から最も近いザハラの地方都市だ。


 転移すると、乾いた灼熱の熱気が、熱した鉄板のように肌を包む。

 アースガルド王国は秋も深まり肌寒い日々となっているが、この国は基本的に一年中熱い。息を吸い込むと、肺の奥まで焼けるような乾燥した空気が入り込んでくる。


 しかし、夜間は急速に冷え込み、冬場は氷点下まで気温が下がるという。

 極端な気候だ。



 **


 地方都市イスファラの空は晴天。

 雲一つない蒼穹から、容赦ない陽光が降り注いでいる。


 町の中心部には巨大なドーム型の交易市場があり、今日も賑わいを見せていた。


 俺は人けのない裏路地に転移し、そこから中心部へと歩き出す。

 日陰になっているはずの路地にも熱気が籠り、腐敗臭と香辛料の匂いが混ざり合った独特の臭気が鼻をついた。


 俺はこれから、カリム大臣と話をするつもりだ。

 交渉するためには、まず相手を知らねばならない。

 だからこそ、悪徳大臣が支配するこの砂漠の地を自分の足で歩き、奴の影を探ることにした。


 カリムとの対話は、すでに始まっている。



 **


(……監視されているな)


 治安の悪い区域だ。

 見慣れぬ旅人がいればすぐにマークされる。


 後ろを付けてくる者がいるが、気付かないふりをして先に進む。

 視線の主は巧みに気配を消しているが、俺には筒抜けだ。


 この辺りは貧困地区のためか、土埃が舞い、建物は荒廃している。

 日干し煉瓦の壁はひび割れ、崩れかけている家も多い。水も不足しているのだろう、地面は干上がり、草一本生えていない。


 遠目に見える領主の館は、白漆喰で塗られた豪華な建物だ。

 太陽を反射して眩しく輝くその白さは、周囲の茶色くくすんだ世界の中で異彩を放っている。館を囲う壁の上には、豊潤な植物の緑が付きだしていた。


 館の敷地内だけは贅沢な植栽があるらしい。

 水が潤沢にある証拠だ。

 きっと噴水なんかもあるのだろう。



 **


 俺は町の中心の市場に来た。

 貧困街に近いこのあたりの露店は粗末なものが多い。


 ほとんどは地面に布を広げただけの小さな商い。

 地元産の香辛料や工芸品、それに食料を扱っている。ハエがたかる干し肉や、色の悪くなった果物。それを売る商人の目は、どれもぎらぎらと飢えている。


 俺は朝食を取ってきたので、買い食いはしない。


 市場を領主の館のある方に進むと、段々と露店も立派になっていく。


 領主の館の側にある屋台は、巨大なテントに店を構え、衛兵の保護を受けている。極彩色の布で作られたテントの下は、外の熱気が嘘のように遮断されているのだろう。


(私兵ではなく衛兵。権力者の保護を受けているのか……)


 貧困層の客は砂埃にまみれた、くすんだ色の粗末な衣装を着ていて、多くは痩せ細り、疲労や不安の表情を浮かべていた。彼らの乾いた唇からは、言葉少なに値段交渉をする乾いた声しか聞こえない。


 対して、富裕層の客は白や淡い色の高級な麻や綿の衣装をまとい、装飾品を身につけている。ジャラジャラと金細工の触れ合う音をさせ、高価な香油の香りを漂わせている。


 護衛の私兵や、衛兵を引き連れている者もいた。


 貧富の差が激しく、中間層が存在しない感じだった。

 これは支配構造の歪みがもたらす、典型的な病巣だ。


 売っている物も地元産の香辛料や乾燥果実、素朴な砂漠の工芸品などは銅貨で売買されている。

 富裕層向けのきれいな飲料水(1樽)、小麦粉(1袋)、乾燥肉などは金貨での取引となる。1枚から5枚程度だった。

 帝国製の鉄剣や、硬質な防具は3~15金貨。

 王都産シルク生地、王都の貴腐ワイン、王都貴族の化粧品は10~50金貨。


 水一樽が金貨一枚。

 命の値段が可視化されているようだ。


 ざっと見て回ったが、魔石などの魔道具関連商品は見当たらなかった。


(おそらくは、領主が独占しているのだろう。市場には出回らないようだ)


 転移能力のある俺が、王都で高級品を買いこの町に持ち込めば、いい小遣い稼ぎができそうだ。


(市場を荒らすような悪手は打たないがな)


 この町にはこの町のルールがある。

 下手に介入して引っ掻き回せば、どんなしっぺ返しがあるかわかったものではない。


 富裕層用の露店の前を歩く俺を、衛兵や護衛たちがそれとなく見ていた。

 彼らの視線は値踏みするようで、不快だ。


 俺の格好は「漆黒の魔剣士ゼノス」スタイルだ。

 変身の指輪は身に着けていないが、ここで知り合いに会うこともないだろう。商隊の護衛をしている旅の剣士が、市場を見て回っているという設定だ。



 **


 俺は一通り市場を見て回ってから、宿を取ることにする。


 市場の富裕層むけのテントの近くにある高級宿――

 【黄金のゴールデン・サンド】。


 白漆喰の壁に、鮮やかな青いタイルで装飾された豪華な建物。

 屋上には美しいバルコニーと日よけの天蓋がある。


 その優雅な佇まいは、周囲の喧騒を拒絶しているかのようだ。


 ここにしよう。


 入ろうとする俺を、警備兵がそれとなく妨害する。

 槍を斜めに構え、無言の圧力をかけてくる。


「どのような御用でしょうか?」


 丁寧な対応だが、顔は笑っていない。

 明らかに部外者を警戒している。


 この宿は王都から派遣された役人や、カリム大臣に近しい裕福な特権商人。

 他都市からの有力な取引相手が泊まる場所だ。


 得体のしれない旅人が、泊まれるほど安くはない。


「客だ。金はある」


 俺は懐から金貨の入った包みを取り出し、チャリ、と音をさせて見せる。

 直接中を見せなくても、その重みある音で上客だと察したようだ。


「これは、失礼いたしました」


 警備兵は脇にどいた。

 態度は一変し、慇懃な礼をする。


 部屋のタイプと一泊あたりの料金は、スタンダード・スイートが15金貨、ロイヤル・スイートが25金貨。


 完全に独立した警備と、プライベートな会談スペースが確保されているVIP 棟が30金貨。


(やけに高いが、砂漠の中のスイートルームだとこんなものか)


 町の中心で安全と水の安定供給を買う費用だと考えれば、ぼったくりともいえない妥当な金額だ。

 俺は15金貨を支払い、スタンダード・スイートの部屋を一泊分借りることにした。



 **


 各部屋は広く、贅沢な絨毯とクッションが敷き詰められている。

 足を踏み入れると、ふわりと沈み込むような感触。

 中庭には、豊かな水を使った小さな噴水があり、その涼しげな音は、暑さを忘れさせてくれる。


 従業員の話では、領主の館にある噴水よりは小さいそうだが、これでも貧困街の現状を考えると十分に立派なものだった。


 高級な香油と、王都から輸入された甘い菓子やワインの香りが漂っている。

 使用人の洗練された接客が居心地の良さをもたらしてくれる。


 折角なのでしばらく部屋の中でくつろいで過ごす。


 昼になると、豪華な料理が提供された。


 肉料理とパンとフルーツの盛り合わせ。

 瑞々しい果実は、この砂漠では宝石にも等しい価値があるだろう。


 それを平らげてから、散策を再開する。


 俺は宿から出て、貧困層の居住地の方へと歩いていった。

 再び熱気と土埃の世界に戻る。


 何者かが付けてくる。

 みすぼらしい身なりの子供だった。

 痩せた身体に、目だけが異様に大きく、ギラギラと光っている。


 そして――

 いつの間にか、気が付いた時には財布をすられていた。


(俺にそれと気づかせないとは――見事な手際だな)


 服が触れた感覚すら無かった。

 風のように、あるいは影のように、金は消えていた。


 この町には金貨20枚を持参してきた。


 宿代を前払いで払ったので、のこり金貨五枚。


 かなりの大金を盗まれてしまっていた。

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