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第198話 カリム大臣

 俺は裏社会の情報王と名高いイグナツィオから、ザハラ王国関連の情報を聞き出した。


 場所は地下の洞窟を利用して作られたイグナツィオ専用の部屋だ。

 豪華なペルシャ絨毯の上に、豚のように丸まった男が這いつくばっている。


 俺の横には鞭を携えたリリアーナが立ち、俺と彼女の前には、土下座しながら情報を提供するイグナツィオがいる。鞭が風を切るヒュンという音が、部屋の空気をピリつかせている。


 彼からの情報で、アースガルド王国にはザハラ王国のカリム大臣の動かせる『実働部隊』はもはやいないことが確認できた。


(これで後顧の憂いなく、攻勢をかけることができるな)


 俺は次に必要な情報を求める。



 **


 砂漠の王国、オアシス都市国家連合【ザハラ】。


 広大な砂漠地帯「サルガッソ」のオアシスを拠点に点在する複数の都市国家が緩やかに連合を組んだ、実質的な半独立国家。

 中央集権的な王国というよりは、各都市を代表する有力部族の長たちが集う評議会によって運営される。

 彼らはアースガルド王国とアドラステア帝国の両方と交易関係を持ち、両国の貿易の中継地点となることで利益を上げている。


 そして、その国を牛耳る悪徳大臣、カリム・アルハキム。


 表面上は王家への忠誠を誓っているが、その本性は己の私腹を肥やすことと、ザハラ評議会での自身の権力拡大しか考えていない。


 ザハラ評議会の中でも特に発言力のある有力部族の長の一人であり、交易路の管理と税収を司る大臣の職にある。

 その立場を利用して、表向きは合法的な交易を装いながら、裏では密輸や闇取引を組織的に取り仕切っている。


 ――ここまでが、俺の知っている知識だ。


 俺はイグナツィオに問いかける。


「もう少し具体的に、カリム大臣はどうやってザハラを掌握しているんだ?」


「その位、自分で調べたらどうだ、カス野郎が!」


 イグナツィオが顔を上げずに吠える。

 俺への敵対心と、リリアーナへの忠誠心が歪な形で同居している。


 その答えを聞いたリリアーナが、無表情でイグナツィオに鞭を振るった。


 ばしぃいいいん!!


 乾いた破裂音が響き、イグナツィオの背中の服が裂ける。


「んほぉ! ありがとうございます。女王様!」


 よだれを垂らしながら歓喜の声を上げる。

 彼は四つん這いで上体を反らし、「はぁ、はぁ」と口呼吸をしながら恍惚の表情を浮かべている。しかし、すぐに頭を下げて土下座を再開した。


 リリアーナにぶたれた喜びで天井を見上げていたが、頭が高いことに気づき、即座に床に頭を付けて丸まった。


 命じられる前に服従の姿勢を取る。

 その姿は、調教が完了した家畜だ。


「言いましたわよね? この男の質問にはちゃんと答えなさい」


 リリアーナがゴミを見る目でイグナツィオを見下ろしながら命令した。

 イグナツィオは土下座をしているので、その冷たい視線を見ることができない。


(可哀そうに……)


 俺が彼を憐れんでいる中、イグナツィオはリリアーナの命令通りに、恍惚とした表情のまま俺に情報を開示した。


「いいだろう、教えてやる。ザハラ王国のカリム大臣の権力の源泉は三つ。まずは一番大きな要素。それは「水」の独占だ。カリムは、主要なオアシスを結ぶ地下水路カナートの管理権を掌握している。奴は、水資源の配分を、自身に忠実な都市や商人だけに優先的に供給し、反抗的な都市を「水の枯渇」という形で徹底的に締め上げているのだ」


「砂漠の国で水の独占か――確かにそれは強力だな」


 喉の渇きを武器にするとは、砂漠ならではの残酷さだ。


「クズですわね。権力者というのは、困っている人々にこそ目を向けなければならないというのに……」


 リリアーナは光属性の魔力の持ち主だけあって、この辺はまともである。

 その瞳に正義の怒りが宿っている。


「それで、他の二つというのは何ですの?」


「ははっ、お答えいたします女王様。カリム大臣は配下の犯罪組織を使い、交易中の商隊を襲撃させております。特に気に入らない部族の商隊を狙い、交易品や金品を略奪するのです。事実上の強制的な徴税のようなものです」


 ばしぃいいん!!


「うひぃ!」


 答えたイグナツィオに、リリアーナの鞭が飛んだ。


 ご褒美だ。

 イグナツィオの背中が、喜びでびくんと跳ねる。


「カリム大臣というのは、なんとも、えげつないことをしているんだな」

「すがすがしいほどにクズですわね」


「ありがとうございます、女王様!」


「あなたに言ったのではありませんわ。それで、最後の一つというのは?」


「ははっ、最後の一つは「宗教的権威の利用」でございます。砂漠の国に古くからある聖地を牛耳り、そこで神官として『砂漠の神託』を受けたとして、自分に都合のいいように政策を推し進めているのです」


「あー、基本的に悪人は宗教を利用するよな」

「最低ですわね」


「ありがとうございます!」


 何故かリリアーナに対し、お礼を言うイグナツィオの背中に鞭が飛んだ。


 ばしぃいいいいんん!!


「うひぃ!」


 その後も、これからの活動に必要そうな情報を、いくつか聞き出してから屋敷に戻ることにした。


「さて、聞きたいこともあらかた聞いたし、帰るとするか」


「ですわね。もうここには用はありませんわ」


 俺はリリアーナの手を取り、屋敷の彼女の部屋へと転移した。

 視界が切り替わる直前、イグナツィオの「あああ、女王様ぁあ!」という絶叫が聞こえた気がした。


 情報王イグナツィオは、土下座したまま洞窟の部屋に恍惚とした表情で取り残されている。



 ***


「お帰りなさい。ご主人様、リリアーナちゃん」


 地下の貴賓室に戻ると、ミナたちが迎えてくれた。

 洞窟の淀んだ臭いとは違う、甘いお菓子と少女たちの香りが鼻をくすぐる。


「ご主人様のお仕事の手伝い。ちゃんとできた?」

「もちろんですわ」


 ミナの問いにリリアーナが鷹揚に頷く。


「やるではないか、リリアーナよ」

「すごーい。いいなー、お手伝い出来て」

「にゃー、にゃー」

「がお、がお」


 シルフィーとミナとクーコとルミアが、順番に賞賛を送った。

 彼女たちの無邪気な声が、先ほどまでの異常な空間を浄化していくようだ。


 リリアーナはソファに座ると、彼女たちに「わたくしにかかれば、情報収集などたやすい仕事ですわ」といって得意げになっている。

 その手にはまだ鞭が握られているが、今はただの玩具にしか見えない。


 イグナツィオの性癖を考えれば、彼女以外のメンバーでも(特にシルフィー)上手くいった可能性は高いだろうが――

 やはりあの男の相手は、リリアーナが最適だったと思う。


 彼女は王族として幼い頃から多種多様な大人たちと関わってきている。

 それに天性の人たらしであり、瞬時に相手の望む自分の役割を察し、計算なしで最も好かれる接し方を行える。


 彼女のソフトパワーは世界最強格といってもいい。

 彼女のおかげで、イグナツィオからスムーズに情報を提供して貰えた。


 次は俺が働く番だ。


 俺は地下室を出て、屋敷の庭に出る。

 人気のない場所を選んで、アシュラフを呼び出す。


 足元の枯れ葉がカサリと音を立てる。


 執事服を完璧に着こなした、不吉な魔力を持つ魔人。

 影から滲み出るように、音もなく彼が現れる。


「御用でしょうか、ゼノス様」


 コイツが現れると、その魔力で屋敷の使用人を怯えさせてしまう。

 気を利かせて外で呼び出した。


 冷気が漂い、虫の声すら止んでしまった。


「これから砂漠の国でやることがある。ザハラ王国に転移できるように先行して潜入しろ」


「かしこまりました」


 「転移の魔人」は、恭しく一礼してから陰に溶けるように消えた。


 秋が深くなり、庭に吹く風が一段と冷たさを増している。

 見上げた夜空には、冷たい星々が瞬いていた。

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