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第194話 食えない男

 俺は劇場の裏口で、盗賊団を引き渡すため、騎士団を待っていた。


 そこに新たなる襲撃者が現れる。


 俺は襲撃者たちを撃退したが、盗賊団の犯人たちは無残にも殺害されてしまった。炎上する路地裏の、肉の焦げる嫌な臭いが鼻につく。


(少しばかりまずいことになったな。これじゃあ俺が殺したと見られかねない)


 だが、今からではどうにもならない。

 考えても無駄である。

 この件については正直に何があったかを話すしかないだろう。


(それよりも、この女をしっかりと確保しておくことが重要だ)


 腕の中の暗殺者は、人形のようにぐったりとしていて重い。

 俺は転移を使い、捕らえた暗殺者と共に、屋敷の地下牢へと移動する。


 リリアーナの部屋とは別の地下室だ。


 倉庫としても使っているが、人を閉じ込めておく用の部屋でもある。

 冷たく湿った空気が澱み、カビの匂いがする。貴賓室ではないので除湿器や家具、高価な照明器具なども一切置いておらず、人が暮らすには不向きな環境だ。


「とりあえず、明かりだけは付けておいてやるか」


 部屋に備え付けられている魔導ランプの明かりをともす。

 ジジ、という小さな音と共に、仄かに赤いわずかな光が部屋の陰影を作り出す。


 この部屋は外側からカギがかかっていて、内側からは開かない。


 扉は対魔法結界が施されているので、魔導士が逃げ出そうとしても、相応の魔力を消費しなければ扉は破壊できない。


 扉を破壊した時には、即座に警備員が駆け付けることになる。

 脱出は事実上不可能だ。


 俺は捕らえて眠らせている暗殺者を椅子に座らせて、ロープで簡単にその体を縛っておいた。彼女の褐色の肌に、荒縄が食い込む。


「ひとまずはこれで良いだろう」


 俺は転移して劇場の裏口付近に戻った。



 ***


 劇場の裏通りでは、二十名の盗賊の遺体が燃えている。

 パチパチと爆ぜる音と、鼻をつく悪臭。


 騒ぎを察知した劇場の警備員が外に出て消火を開始していた。


 備えてあった砂や水をかけて火を鎮めていく。

 ジューッという音と共に、白い水蒸気が立ち上る。


 俺は彼らに声をかけた。


「すまんな。襲撃されて対応が後手を取った」


「オーナー、ご無事でしたか」


 彼らの顔に安堵が浮かぶ。

 俺の姿が見えなかったので、心配していたようだ。


 俺も消火作業を手伝っていると、王国騎士団が数名駆けつけてきた。

 鎧のガチャガチャという音が、静かになった路地に響く。


「何の騒ぎだこれは?」


「再び襲撃された。ご覧の通り、引き渡す予定の盗賊団が燃やされている。襲ったのは三名の暗殺者だ。一人は殺して二名は火をつけた後、自分で自害したようだ」


 俺は端的に説明する。

 暗殺者を一人捕らえていることは秘密だ。


 騎士たちはしばし呆然としていたが、数秒で事態を飲み込んで、消火作業を手伝ってくれた。



 ***


 俺は劇場の応接室で、王都騎士団長サー・ガイウスと差しで向かい合っている。

 ふかふかのソファに深々と座りながらも、ガイウスの目は鋭い刃のように俺を刺している。


 消火活動が終了し、燃えた遺体の回収を騎士団が行った後、報告を受けた彼がここに駆け付けてきたのだ。


 俺に話が聞きたいらしい。


「率直に聞くが、貴殿が燃やしたのではあるまいな? 君にはそうする動機がある」


「動機……? 俺に、賊を殺して燃やす理由などないでしょう」


 率直過ぎる質問に、俺は常識的な返答をする。

 紅茶のカップを持つ手は、微塵も揺れない。


「そうとも言えんな」


「――というと?」


 俺は騎士団長に続きを促した。


「貴殿がオークションで競り落とした「踊り子と歌姫」が、実はザハラ王国の王女姉妹だという噂が流れている。この劇場に本物の王女姉妹につながる手がかり、もしくは本物の王女たちが監禁されていると考える者は多い」


 ガイウスは身を乗り出し、声を低くする。


「その噂が本当で、この劇場を襲った盗賊団が、ここで王女姉妹の居所の情報を手に入れていた場合――彼らを騎士団に引き渡すのは、貴殿にとって非常に都合が悪いことになる」


(なるほど、その場合だと俺が彼らを殺害する理由はあるな)


 俺は慌てずに、落ち着き払ったまま反論する。


「しかし、それはいくつもの「仮定」を積み重ねた上でしか成り立たない理論です。俺が『オークションで王女姉妹を競り落とした』というのも、『監禁している』というのも、『盗賊団が王女姉妹の居所の情報を持っていた』というのも、すべて推測の域を出ません」


 俺はカップをソーサーに戻す。

 カチャリ、と乾いた音が室内に響いた。


「そもそも、この劇場は以前、王家による強制捜査を受けております。その結果、何も見つからなかった。――あの時はリリアーナ姫誘拐の嫌疑でしたが、リアム王子ご自身が俺の疑いは晴れていると公言なさっておいでです」


 騎士団長は顔色を変えず、鋼鉄のような無表情でそれを受け止める。


「――となると、怪しいのはグリムロック邸か、もしくは辺境の居城に、リリアーナさまとザハラの王女姉妹が捕らわれているか」


 さらに俺を揺さぶろうと、推測を並べ立てた。


 俺は顔色を一切変えずに答える。


「俺は親父とは折り合いが悪いのでね。いるとすれば王都の屋敷でしょう――いるとすれば、ですが」


 騎士団長は推測を口にすることで、俺がどう反応するのかを見ている。

 典型的な誘導尋問だ。下手に動揺すれば疑いが増すだけ。俺の冗談交じりの答えに、騎士団長は不快そうな顔をした。


 眉間の皺が深く刻まれる。


「ふんっ、食えん奴だ」


「そう難しく考えることはないでしょう。口封じに暗殺者を差し向けてきたのは、ザハラ王国のカリム大臣。ここは単純にそう考えておいていいのでは?」


 実際、その通りだろう。


 騎士団長は少し考えるそぶりを見せ、「まあ、そうだろうな。それが一番可能性が高い」と呟いた。


 彼もそこは分かっているようだ。

 分かっていて、ただ俺に揺さぶりをかける好機と見ていたのだ。


(――食えん奴だ)


 事情聴取は終了。


 俺は騎士団長に『劇場の裏から』お帰りいただき、丁重に見送った。

 去り際のマントの翻りすら重々しく、場の空気をさらに重くした。



 ***


 劇場での雑務を終えて、俺は屋敷に転移で帰還する。


 帰ってからすぐに夕飯を食べる。

 食べ終えてからリーリアに業務連絡をする。


「地下牢に一人、暗殺者を閉じ込めてある。使用人は入り口近辺に近づかないように――それと、警備員たちに連絡しておいてくれ」


「かしこまりました。――ご主人様、湯船の用意ができております。お入りになりますか?」


 いつもは食事の後に風呂なのだが、この日はその前に用事ができた。


「それは後だ。まずは暗殺者に食事を持って行ってやる。適当に用意してくれ」


 リーリアは部下のメイドに命じて、食事の用意を厨房に伝えた。


 料理は使用人たちの食べる分も用意されているので、一人分ならすぐに持ってこれる。


 パンにスープに肉にサラダ。

 パンはまだ温かく、スープからは野菜の優しい香りがする。肉とサラダは少量だが、とりあえずはこれで良いだろう。


「尋問の前に、まずは食わせてやるとしよう」


 俺はそれらを乗せたトレイを持って、地下牢へと転移した。

 冷たい地下の空気に、スープの湯気が白くたなびいた。

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