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第193話 口封じ

 王立魔法学園「アルカナム」において、ザハラ王国の王子アジームと会談した。


 彼から劇場襲撃犯の引き渡しの要請を受け、それを受諾する。


 俺はアジーム王子から、襲撃犯の黒幕はザハラ王国を牛耳る悪徳大臣、カリム・アルハキムではないかという見解を聞かされた。


(正確な狙いは不明だが、砂漠の国の最高権力者がファーマとリーラを狙っている以上、襲撃が一度で終わる保証はない)


 俺はカリム大臣と交渉することにした。

 まずは、そのための段取りを整える。


 状況次第では、カリムをこの世界から排除する。

 その選択肢も含めて動くつもりだ。



 **


 俺はアジーム王子とリアム王子との会談を終えてから馬車で劇場に向かった。


 劇場に入ると従業員に指示を出しながら、まっすぐに地下室へと向かう。華やかな表舞台とは対照的な、カビと鉄錆の匂いが充満する地下の監禁部屋に入る。


 犯人の引き渡しがあるので、俺がそれを監督する。


 劇場の営業は始まっていて、頭上のフロアからは微かに音楽と歓声が響いてくる。

 この劇場の最高戦力であるエルフ族の五人は、ファーマとリーラをはじめとした演者の護衛についている。


 地下にある、牢屋としても使える部屋に閉じ込めている盗賊たちを、鉄格子を開けて外に運び出す。彼らは睡眠薬と睡眠魔法で眠り、泥人形のように動かない。


 警備員が二人がかりで、劇場の裏口から外に一人ずつ運び出していく。


 俺は裏口で待機、騎士団の到着を待つ。



 **


 次々に盗賊たちの身柄が荷物のように運ばれてくる。

 劇場の裏通りはそこそこ広いとはいえ、数十人の人間を横たわらせていくと結構なスペースを取ってしまう。


 季節は秋で日は短くなり、気温がかなり下がってきている。

 石畳の冷気が賊たちの体温を奪っていく。地面に横たえておくと体が冷えるだろうが、どうせ賊だ。気にしないでおく。


 賊を運び出した警備員たちは、それぞれの持ち場に戻らせた。


 裏口は普段、扉を施錠しておくので警備はいない。

 たまに異常がないか見回るくらいだ。


 俺のことは気にせずに、扉を施錠させ、通常の配置につかせた。


 後は引き取りの騎士団を待つだけだ。

 路地裏には、ドブ川の湿った匂いと、静寂だけが残された。



 ***


 日はもう傾いていて、太陽が残りわずかな夕暮れ時。

 空と建物の境界が藍色に溶け込み、街灯に魔導の明かりがともり始めた頃。


 ゾクリ。


 背筋を冷たいものが走るのと同時に、俺は専用武器の「クロノス・ヴァイス」を素早く抜き放った。


 キィンッ!


 飛来する短剣を叩き落とす。

 金属と金属がぶつかり合う甲高い音が、人通りのない裏路地に響き渡った。


(襲撃者か……、誰の依頼だ?)


 短く思考する中で、すぐさま数名がこちらに忍び寄ってくる気配。

 闇が形を持ったかのように、音もなく、しかし明確な殺意を持って。


 そいつらは闇に潜むように気配を消して、一斉に高速で接近してきた。


 俺は未来視を応用した「危険感知」で得た直感を参考に、一瞬の間に敵の攻勢を最適解でさばいていく。


 短剣を持った敵の腕、足、首をすれ違いざまに正確に切断していく。

 刃が肉を断つ不快な感触が、手に伝わる。


 首を刎ねた襲撃者は即死だが、腕と足を切られた二人はまだ虫の息だ。


 そいつらの一人が懐から瓶を取り出し、横たわっている盗賊たちに油のような液体をかける。


 鼻をつく刺激臭。

 揮発性の高い油だ。


 もう一人が炎の魔法を使い盗賊たちに放つ。


 ごぉお!!


 盗賊たちが勢いよく燃え出した。

 紅蓮の炎が一瞬で路地裏を真昼のように照らし出す。


(くそっ、口封じか……)


 手傷を負った襲撃者二人はその場で倒れた。ぐったりとして動かない。自害用の毒を使ったのだろう。

 口から泡を吹き、絶命している。


 その光景を見つめる俺の背後から、危険が迫ることを「危険感知」の直感が知らせる。


 熱風とは違う、鋭利な殺気。

 俺は振り向きざまに、その攻撃を剣で受け止める。


 ガギィンッ!


 襲撃者はもう一人いた。



 ***


 そいつはそれぞれサイズの違う短剣を両手に持ち、流れるような連撃を俺に加えてきた。舞うような足運び。剣戟のリズムが独特だ。


 それらを冷静に受け対処する。


 不意に頭の真横――側面から予期せぬ攻撃が来るが、事前に「危険感知」の警鐘を受けた俺は、その攻撃をこともなげに対処する。


 襲撃者の茶色の瞳に驚愕が浮かぶ。


 襲撃者は顔の口元を布で隠しているが、露出は多い。

 炎の明かりに照らされた、しなやかで均整の取れた褐色の肌が汗で光る。


(ザハラからの刺客か……)


 長く白い髪を二つにまとめていて、踊るような身のこなしの攻撃。

 ゴロツキレベルの襲撃者とはレベルの違う、プロの暗殺者――


(暗殺者を送り込むとは、カリム大臣も徹底している)


 気温が低いというのに、彼女は薄着というか、踊り子の服を着ている。

 スピードを重視しているのか、男の目を奪う意図か―― それは分からないが、豊かな胸元には、呪術的な幾何学模様――

 奴隷紋が赤黒く浮かび上がっているのが見て取れた。


(さて、どうするか)


 俺の背後では、盗賊たちが勢い良く燃えている。

 パチパチと肉の焼ける音と、酷い悪臭が漂い始めた。


 あれでは助からないだろう。


 今回襲ってきた暗殺者の内、三名はすでに死んでいる。


(犯人をアジーム王子たちに引き渡すと約束したが、全員殺された。俺が口封じに殺したという疑いをもたれるだろう。今日の出来事をそのまま話せば、ある程度は納得してもらえるだろうが――)


 今戦っている彼女を生け捕りにして、差し出すべきか?


 俺がそう考えていると、彼女は突然戦闘を切り上げて撤退を開始した。

 身を翻し、軽やかに石畳を蹴る。


 踵を返して逃亡する。


(勝てないと見て、撤退を選んだか)


 俺は「時止めの魔法」を使い、世界を停止させる。



 **


 世界から音が消える。

 揺らめく炎も、舞い上がる火の粉も、全てが静止画のように凍り付く。


 逃げる彼女は30メートル先で停止している。

 躍動感のあるポーズのまま、彫像のように固まっている。


(手傷を負った二人は目的を果たしてから自害したが、彼女は指揮官か。状況を報告する者も必要だ。彼女には逃げる選択肢が与えられていたようだ)


 今日来た襲撃者は四人とも手練れだった。

 特に逃げている彼女は、その中でもレベルが高い。


(殺さずに生け捕りにする。そして騎士団に引き渡すのではなく、この情報源を俺自身が『確保』したい)


 さらに、奴隷紋を消すことで、彼女に借りを作っておく。


 ――方針は決まった。


 俺は時止めを解除すると同時に、『加速魔法』を使う。


 世界が色を取り戻すが、全てが水飴の中のようにスローモーションで進む。

 俺だけが、そのことわりの外側で普通に動ける。


 俺は走って彼女に追いつくと、そのまま追い越し、振り返りざまに、その引き締まった腹に拳をたたき込んだ。


 どごっ!


 『加速魔法』による高速移動を考慮して、かなり加減して殴った。

 これで死ぬことはないだろう。


 さらに胸元に手を入れると、その胸の奴隷紋を指でなぞり消し去った。

 赤黒い紋様が、俺の指先に触れ『魔封印』によって分解される。

 奴隷の証は光の粒子となって霧散していく。


(これで奴隷から解放され、命令に従う必要はなくなった)


 その後、彼女の身体に触れたまま、念のため「睡眠魔法」を流し込む。


 『加速魔法』解除。


 時間が正常に戻る。


「……がはっ」


 彼女は意識を失い、前のめりに倒れ込む。


 俺はそのしなやかな体を支え、彼女を確保した。

 背後では、まだ炎が赤々と燃え盛っていた。

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