第193話 口封じ
王立魔法学園「アルカナム」において、ザハラ王国の王子アジームと会談した。
彼から劇場襲撃犯の引き渡しの要請を受け、それを受諾する。
俺はアジーム王子から、襲撃犯の黒幕はザハラ王国を牛耳る悪徳大臣、カリム・アルハキムではないかという見解を聞かされた。
(正確な狙いは不明だが、砂漠の国の最高権力者がファーマとリーラを狙っている以上、襲撃が一度で終わる保証はない)
俺はカリム大臣と交渉することにした。
まずは、そのための段取りを整える。
状況次第では、カリムをこの世界から排除する。
その選択肢も含めて動くつもりだ。
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俺はアジーム王子とリアム王子との会談を終えてから馬車で劇場に向かった。
劇場に入ると従業員に指示を出しながら、まっすぐに地下室へと向かう。華やかな表舞台とは対照的な、カビと鉄錆の匂いが充満する地下の監禁部屋に入る。
犯人の引き渡しがあるので、俺がそれを監督する。
劇場の営業は始まっていて、頭上のフロアからは微かに音楽と歓声が響いてくる。
この劇場の最高戦力であるエルフ族の五人は、ファーマとリーラをはじめとした演者の護衛についている。
地下にある、牢屋としても使える部屋に閉じ込めている盗賊たちを、鉄格子を開けて外に運び出す。彼らは睡眠薬と睡眠魔法で眠り、泥人形のように動かない。
警備員が二人がかりで、劇場の裏口から外に一人ずつ運び出していく。
俺は裏口で待機、騎士団の到着を待つ。
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次々に盗賊たちの身柄が荷物のように運ばれてくる。
劇場の裏通りはそこそこ広いとはいえ、数十人の人間を横たわらせていくと結構なスペースを取ってしまう。
季節は秋で日は短くなり、気温がかなり下がってきている。
石畳の冷気が賊たちの体温を奪っていく。地面に横たえておくと体が冷えるだろうが、どうせ賊だ。気にしないでおく。
賊を運び出した警備員たちは、それぞれの持ち場に戻らせた。
裏口は普段、扉を施錠しておくので警備はいない。
たまに異常がないか見回るくらいだ。
俺のことは気にせずに、扉を施錠させ、通常の配置につかせた。
後は引き取りの騎士団を待つだけだ。
路地裏には、ドブ川の湿った匂いと、静寂だけが残された。
***
日はもう傾いていて、太陽が残りわずかな夕暮れ時。
空と建物の境界が藍色に溶け込み、街灯に魔導の明かりがともり始めた頃。
ゾクリ。
背筋を冷たいものが走るのと同時に、俺は専用武器の「クロノス・ヴァイス」を素早く抜き放った。
キィンッ!
飛来する短剣を叩き落とす。
金属と金属がぶつかり合う甲高い音が、人通りのない裏路地に響き渡った。
(襲撃者か……、誰の依頼だ?)
短く思考する中で、すぐさま数名がこちらに忍び寄ってくる気配。
闇が形を持ったかのように、音もなく、しかし明確な殺意を持って。
そいつらは闇に潜むように気配を消して、一斉に高速で接近してきた。
俺は未来視を応用した「危険感知」で得た直感を参考に、一瞬の間に敵の攻勢を最適解でさばいていく。
短剣を持った敵の腕、足、首をすれ違いざまに正確に切断していく。
刃が肉を断つ不快な感触が、手に伝わる。
首を刎ねた襲撃者は即死だが、腕と足を切られた二人はまだ虫の息だ。
そいつらの一人が懐から瓶を取り出し、横たわっている盗賊たちに油のような液体をかける。
鼻をつく刺激臭。
揮発性の高い油だ。
もう一人が炎の魔法を使い盗賊たちに放つ。
ごぉお!!
盗賊たちが勢いよく燃え出した。
紅蓮の炎が一瞬で路地裏を真昼のように照らし出す。
(くそっ、口封じか……)
手傷を負った襲撃者二人はその場で倒れた。ぐったりとして動かない。自害用の毒を使ったのだろう。
口から泡を吹き、絶命している。
その光景を見つめる俺の背後から、危険が迫ることを「危険感知」の直感が知らせる。
熱風とは違う、鋭利な殺気。
俺は振り向きざまに、その攻撃を剣で受け止める。
ガギィンッ!
襲撃者はもう一人いた。
***
そいつはそれぞれサイズの違う短剣を両手に持ち、流れるような連撃を俺に加えてきた。舞うような足運び。剣戟のリズムが独特だ。
それらを冷静に受け対処する。
不意に頭の真横――側面から予期せぬ攻撃が来るが、事前に「危険感知」の警鐘を受けた俺は、その攻撃をこともなげに対処する。
襲撃者の茶色の瞳に驚愕が浮かぶ。
襲撃者は顔の口元を布で隠しているが、露出は多い。
炎の明かりに照らされた、しなやかで均整の取れた褐色の肌が汗で光る。
(ザハラからの刺客か……)
長く白い髪を二つにまとめていて、踊るような身のこなしの攻撃。
ゴロツキレベルの襲撃者とはレベルの違う、プロの暗殺者――
(暗殺者を送り込むとは、カリム大臣も徹底している)
気温が低いというのに、彼女は薄着というか、踊り子の服を着ている。
スピードを重視しているのか、男の目を奪う意図か―― それは分からないが、豊かな胸元には、呪術的な幾何学模様――
奴隷紋が赤黒く浮かび上がっているのが見て取れた。
(さて、どうするか)
俺の背後では、盗賊たちが勢い良く燃えている。
パチパチと肉の焼ける音と、酷い悪臭が漂い始めた。
あれでは助からないだろう。
今回襲ってきた暗殺者の内、三名はすでに死んでいる。
(犯人をアジーム王子たちに引き渡すと約束したが、全員殺された。俺が口封じに殺したという疑いをもたれるだろう。今日の出来事をそのまま話せば、ある程度は納得してもらえるだろうが――)
今戦っている彼女を生け捕りにして、差し出すべきか?
俺がそう考えていると、彼女は突然戦闘を切り上げて撤退を開始した。
身を翻し、軽やかに石畳を蹴る。
踵を返して逃亡する。
(勝てないと見て、撤退を選んだか)
俺は「時止めの魔法」を使い、世界を停止させる。
**
世界から音が消える。
揺らめく炎も、舞い上がる火の粉も、全てが静止画のように凍り付く。
逃げる彼女は30メートル先で停止している。
躍動感のあるポーズのまま、彫像のように固まっている。
(手傷を負った二人は目的を果たしてから自害したが、彼女は指揮官か。状況を報告する者も必要だ。彼女には逃げる選択肢が与えられていたようだ)
今日来た襲撃者は四人とも手練れだった。
特に逃げている彼女は、その中でもレベルが高い。
(殺さずに生け捕りにする。そして騎士団に引き渡すのではなく、この情報源を俺自身が『確保』したい)
さらに、奴隷紋を消すことで、彼女に借りを作っておく。
――方針は決まった。
俺は時止めを解除すると同時に、『加速魔法』を使う。
世界が色を取り戻すが、全てが水飴の中のようにスローモーションで進む。
俺だけが、その理の外側で普通に動ける。
俺は走って彼女に追いつくと、そのまま追い越し、振り返りざまに、その引き締まった腹に拳をたたき込んだ。
どごっ!
『加速魔法』による高速移動を考慮して、かなり加減して殴った。
これで死ぬことはないだろう。
さらに胸元に手を入れると、その胸の奴隷紋を指でなぞり消し去った。
赤黒い紋様が、俺の指先に触れ『魔封印』によって分解される。
奴隷の証は光の粒子となって霧散していく。
(これで奴隷から解放され、命令に従う必要はなくなった)
その後、彼女の身体に触れたまま、念のため「睡眠魔法」を流し込む。
『加速魔法』解除。
時間が正常に戻る。
「……がはっ」
彼女は意識を失い、前のめりに倒れ込む。
俺はそのしなやかな体を支え、彼女を確保した。
背後では、まだ炎が赤々と燃え盛っていた。




