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第192話 探り合いと決断

 学校の授業が終わり、俺は砂漠の国の王子アジームを訪ねることにした。


 ザハラ王国からの留学生、アジーム・ラシード・ザハラ。

 彼は犯罪組織【砂のサンド・ファング】に攫われた姉妹を探しにこの国に来ている。


(その姉妹を俺が確保しているという情報を入手すれば、『ファーマとリーラを確保し、俺に取引を持ち掛ける』という手段に打って出ても不思議ではない……)


 俺はアジーム王子が敵対者である可能性も考慮し、腹の下に冷たい刃を隠すような心持ちで彼の元を訪ねた。



 **


 サロンの入り口で見張りに招待状を見せて中に入る。

 重厚な黒檀の扉が、ズゥンと低い音を立てて開かれた。その先にはアジーム王子と、少し意外な人物――リアム王子が俺を待っていた。


(前回のアジーム王子との会談の時も同席していたが、今回もか……)


 アジームは褐色の肌に長い黒髪、鍛え抜かれた肉体に琥珀色の瞳。

 その瞳は、獲物を狙う砂漠の猛禽類のように鋭い。シスコンモードになりさえしなければ、冷静沈着な戦略家だ。


 部屋の中には異国から持ち込まれた調度品の数々。

 幾何学模様の織られた絨毯に、金細工の施された水タバコの器具。部屋には、白檀びゃくだんに似た、甘く重い香が焚き染められていた。


 俺は勧められるままに、彼の対面に腰を下ろす。

 革張りのソファが、俺の体重を静かに受け止める。


(リアム王子がこの場にいるということは――アースガルド王家の監視下で、アジームが自領の賊を使って騒動を起こす線は低いか……)


 使用人が音もなくお茶を用意してくれている。

 銀のカップに注がれた茶からは、スパイシーな湯気が立ち上る。


 それを待って、俺たちは静かに話し始めた。



 ***


「グリムロック殿。ご足労いただき感謝する」


「お招きにあずかり光栄です。アジーム殿下」


 まずは無難にあいさつを交わす。

 カップを口に運ぶ。舌を刺す独特の渋みが、思考をクリアにする。


 アジーム王子は学園での出来事や、政治状況の話を始めた。俺がデビットとの決闘や、クロウリー家とのフェーデに勝利したことにも触れ、賞賛される。


(まずは、世間話からか……)


 だが、その視線は俺の表情の機微を一切逃すまいとしている。


「貴殿の武勇がすぐれているのは言うに及ばず、配下の者も強者ぞろいのようだ。昨夜、あの劇場を襲撃した賊をいともたやすく撃退したとか?」


 アジーム王子は昨日の襲撃をもう把握しているようだ。

 襲撃は客が帰った後で起っている。騒ぎがあったのだから噂にはなっているかもしれないが、情報をキャッチするのがあまりにも速すぎる気もする。やはり彼も独自の情報網を持っている。


 犯人は俺の劇場の地下牢に閉じ込めてある。

 まだ騎士団に突き出してはいない。


「ええ、昨夜襲撃されたようですが、もうご存じでしたか――」


 とりあえず話を続けよう。


「はい、実は私の姉妹を探す一環として、我が国に巣くう盗賊組織の動向にも目を光らせておりまして、その組織の一団がこの国に侵入したという情報を得て、リアム王子と共にその行方を追っていました」


(なるほど、それでリアム王子がこの場にいるのか)


 リアム王子がアジーム王子の話の後を受け続きを話す。


「盗賊団のアジトを突き止め捕縛する体制を整えていたのだが、こちらが動く前に犯罪グループが焦って行動を起こしてしまってね。我らがもっと早く動いていれば、君の劇場に被害は出なかった。遅れてすまなかったね」


 リアム王子は権力者らしく鷹揚に謝罪する。

 その完璧な微笑みの裏には、「駒の動きを観察していた」という冷徹な計算が見え隠れする。


(筋は通っているが、それはちょっとタイミングが良すぎる。やはり【砂のサンド・ファング】の狙いを探るために、泳がせていた線が濃厚だな)


 一般市民としては、犯罪者を見つけたなら早く逮捕してくれよ、といいたくなるが、捜査の手法として、犯罪者を泳がせて様子を見るのはよくあることだ。


 俺としても、そこに文句を言うつもりはない。


「それで、本日のご用件は、その犯罪グループに関することでしょうか?」


 俺の問いかけに二人は軽く頷いた。

 部屋の空気が、一段階重くなる。


「昨日君の劇場に押し入った強盗の身柄を騎士団に引き渡して欲しいのだよ」


「我が国の犯罪組織が、何故グリムロック殿の劇場を狙ったのか、その目的を知りたいのだ」


 アジーム王子の琥珀色の目が、俺の仮面の下を暴こうとするかのように、じっと俺を見据えていた。


「ええ、構いませんよ。昨日の襲撃で賊の四人は死亡しましたが、残りの十六名の身柄は確保してあります。劇場は今日も営業しますので、裏口から引き取りに来て下さい」


 俺は即答する。

 カップを置く音も立てず、あくまで協力的かつ善良な貴族として振る舞う。


(これから強盗団を尋問しようと思っていたが、ここで変に要請を突っぱねて怪しまれるのは得策じゃない。彼らが尋問するだろうし、俺は結果だけ待てばいい)


「ちなみに、その死亡したという4名の遺体は?」


 アジーム王子が一瞬表情を硬くする。


「賊を捕らえている空き部屋に、魔術によって冷凍して保管してあります。騎士団に引き渡す予定でしたので、引き取りに来ていただければ助かります」


 「冷凍」という単語に、リアム王子が眉をひそめたのが見えた。


「協力感謝する。私から騎士団に伝えておこう」


 リアム王子が答えた。


「ええ、私はこれから劇場の様子を見に行く予定でしたので、対応しておきます」


 これで話は終わったかと思ったが、アジーム王子がさらに質問してきた。

 ――ここからが本題か。


「ところで、盗賊団が貴殿の劇場を狙った理由に心当たりはありますか? 我が国から遠く離れた異国まで来て、そこで真っ先に狙ったのがあの劇場だった」


 そんなのはこっちが聞きたい。

 だが、ここは俺に変な疑いが向かないような答えを返しておこう。


 同時に、黒幕の情報を引き出すための罠を仕掛ける。


「私の劇場の『踊り子と歌姫』は人気でしてね。非常に大きな利益を生み出してくれている」


 俺は経営者の顔をして、もったいぶるように言葉を続ける。


「犯罪者が狙ったとすれば、彼女達では? ザハラ王国からわざわざ攫いに来たとなると、ザハラの権力者が、評判の彼女たちを『個人所有』しようと、今回の襲撃を企んだ可能性が考えられます」


 俺の答えにアジームは少し考えこむ。

 握りしめた拳が、怒りで微かに震えているのが見えた。


「なるほど、『あの者』であれば、そのような下種な行いも実行するやもしれんな」


 アジームは怒りを込めた声で、吐き捨てるようにそう言った。

 どうやら納得してもらえたようだ。


 一応聞いておこう。


「あの者、とは――どなたでしょうか?」


「お恥ずかしながら、我が国の実権を牛耳っている『カリム・アルハキム』という者です」


 おおよその見当はついていたが、アジーム王子が黒幕として名を上げたのはカリム大臣だった。


(この先も狙われ続けるかもしれない。それは面白くないな)


 冷めた茶を飲み干し、俺は密かに決意する。

 狙われると分っていながら、脅威を放置はできない。


 俺は自分の大切な者と平穏な生活を守るため――

 カリム大臣と『お話』をすることにした。

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