第191話 砂漠の国の盗賊団
俺の所有する劇場が襲撃された。
襲撃者は二十名。
そのうち四名が死亡。
残りの16名を無力化して確保済みだ。地下の拘束室には、鉄錆と脂汗、そして焦げた布の匂いが充満している。
これだけの人数で組織だった襲撃だ。
只の物取りではないだろう。
賊は皆、褐色の肌をしている。
王都の人間にはない、強烈な砂漠の日差しに焼かれた肌の色。その特徴から、砂漠の王国ザハラ出身の者たちだとわかる。
(おそらくは、ファーマとリーラを狙ったのだろうが……)
うちの看板役者、ファーマとリーラは実はザハラの王族だ。
彼女たちの本名は、ザハラの第一王女、ファティマ・アミラ・ザハラと、ザハラの第二王女、レイラ・ヌーラ・ザハラ。
人さらいに攫われて、この国で開催されていた闇オークションに出品されていたところを、俺が競り落として購入し、この劇場で働いて貰っている。
ファーマとリーラには俺の作った魔道具【変身の指輪】を装着させているため、見た目の認識が変化している。
彼女たちの知り合いでも、二人のことを、見た目から王女だとは分からない。
だが、裏社会の情報王イグナツィオ・ヴァラキアは、闇オークションに本物の王女姉妹が出品されていたことまでは既に掴んでいる。
その情報網にアクセスすれば、俺が『本物の』王女二人を確保していることは知ることができる。
(この襲撃の黒幕の狙いは何だ? 考えられるのは、この劇場の金の生る木、ファーマとリーラを攫うこと。もしくはアジーム王子に対する人質として、本物の王女二人の身柄を求める――といったところか)
俺は賊を見下ろしながら、背後関係を考察する。
(……単にこの二人のファン(この劇場の常連の貴族)が、歌姫と踊り子を『自分で所有したい』と考え、賊を送り込んだ可能性もあるが――それなら、わざわざザハラから賊を呼び寄せて雇う意味がないよな……)
しばらく可能性を考えた後――
捕まえた賊たちを尋問して、情報を吐き出させることにした。
猿轡を噛まされた男たちが、薬と魔法でぐったりと眠っている。
――数日は起きないだろう。
これだけの人数をずっと捕らえておくのは負担が大きい。
情報を吐かせてから、騎士団にでも差し出すことにしよう。
(情報を素直に吐くとは思えないが、十六人もいるのだから、誰かしら喋るだろう。多少手荒な手段も辞さない)
俺は冷ややかな視線を彼らに一瞥だけ投げかけ、踵を返す。
俺は警備員たちを呼び、警戒を怠らないように厳重な指示を出してから、ファーマとリーラ専用の部屋に行く。
**
部屋に入ると、異国の香辛料を含んだ甘い香が漂っていた。
ファーマとリーラにも襲撃があったことは伝えられていたようで、彼女たちの深い群青色の瞳に微かな怯えがあった。
賊が自分たちを狙っていると察しはついているのだろう。
魔導ランプが、ファーマの美しい黒髪と、リーラの煌めくような銀髪を照らしている。その陰影が、彼女たちの美貌に悲劇的な色気を添えていた。
俺は安心させるように二人を抱き寄せてソファに座る。
二人の身体は小刻みに震え、俺の体温を求めてすり寄ってくる。
犯人の見た目と、俺の推理した犯人の目的を二人に聞かせた。
二人の意見が聞きたい。
ファーマが、震える唇を開き口を開く。
「可能性として一番高いのは、カリム・アルハキムが配下の盗賊団『サンド・ファング』を使って、私たちを攫おうとしたのではないでしょうか? ゼノス様の仰るように私たちには人質としての価値があるようですし、もしかすると、カリム大臣自身が『評判の踊り子と歌姫』を欲しているのかもしれません」
カリム・アルハキムは砂漠の王国の悪徳大臣だ。
この姉妹を攫って闇オークションにかけた黒幕でもある。
(やはり、そいつ(カリム大臣)が襲撃の黒幕の可能性が一番高いか……。ファーマの言うようにカリム大臣が『王女』としての価値ではなく、『踊り子と歌姫』をコレクションとして狙っている可能性もあるな)
「あの、ゼノス様、考えたくはないのですが、別の可能性も……」
妹のリーラが不安げにおずおずと話し出す。
「兄が『踊り子と歌姫を攫ってゼノス様を脅す』という作戦を考え、実行した可能性もあるかと……」
彼女たちの兄、アジーム・ラシード・ザハラは重度のシスコンだ。
彼ならば、そのような手段を取っても不思議ではない。
(……いや、妹を救うためなら手段を選ばない男だが、『盗賊を使う』というやり口はアジーム王子のキャラクターに合わないように思う)
いや、だが、……あの暑苦しいシスコンなら、ありうるか??
そこまで考えて、俺は小さく首を振る。
(流石にそれは考え過ぎだろう……そう信じたい)
この日は屋敷には帰らずに、俺は不安そうなファーマとリーラと一緒にこの部屋で寝ることにした。
二人の美しい褐色の肌を、一晩中存分に堪能させてもらった。
絹のような肌触りと、砂漠の夜を思わせる熱気。
多くの観客を虜にする彼女たちを、今宵は俺が独占した。二人の身体に浮かぶ玉のような汗が、部屋の明かりを反射してきらきらと煌めいている。
(綺麗だ。――どんな権力者も、どんな富豪も、この景色だけは見ることができない。俺だけの特権だ)
俺は彼女たちに盗賊に狙われていたという恐怖を忘れてもらう為に、その緊張した心を丹念に解きほぐしていった。
***
翌日。
賊の襲撃は一度きりで、それ以降は何事もなく過ぎた。
俺は仲良く眠っている二人を起こさぬよう、そっと部屋を出て地下室から地上へと移動する。
劇場型レストランは今日も休まず営業する予定だ。
襲撃の痕跡が残っていれば客も興ざめになる。襲撃者が入り込んだ正面玄関を念入りに確認し、異常がないことを確かめて外へ出た。
朝の光が差し込むと、昨夜の騒動が嘘のように静まり返っていた。
俺は警備をいつも以上に厳重にするよう指示を出し、転移を使って屋敷へ帰還する。
(犯罪者側も、一度で勝負を決めるつもりで、駒をすべて出し切ったのかもしれんな)
失敗を前提に人員を温存しているとは考えにくい。
襲撃すれば警備は強化される。
しばらくは襲撃はないと見てよいだろう。
制服に着替え、朝食を済ませてから学校へ向かった。
秋の風が心地よく、馬車の揺れが昨夜の疲れを優しくほぐしていく。
劇場が襲われた緊張も、密やかな情事も、すべてが遠ざかり、日常の穏やかさが少しずつ戻ってくるのを感じていた。
**
馬車で学校へと向かう。
アジーム王子が黒幕の可能性は低いが、捨てきれない。
(一応、彼の様子をそれとなく伺っておくか……)
そう思いながら教室に入り席に着くと、机の上に一通の手紙が置いてあった。
上質な紙に、砂漠の国特有の幾何学模様の装飾が施されている。
差出人はアジーム・ラシード・ザハラ。
砂漠の国の王子様だ。
内容は俺と面会したいという招待状。
その筆致は力強く、有無を言わせぬ圧力を放っている。
襲撃の翌日という、あまりにも不自然なタイミングでのこの呼び出し。
襲撃と無関係ではないだろう。
紙片を持つ指先に、ピリリとした緊張が走る。
俺は気を引き締めて、この招待に応じることにした。




