第190話 平穏な日々と襲撃者
ドワーフ自治領統治の引継ぎを終え、王都に帰った俺は再び平穏な学園生活を享受していた。
バルトロメウスから呼び出され生徒会室で会談をした。
彼から俺の勝利を称賛された。「お見事でした」という彼の言葉は、嘘偽りのない本心だったように思う。素直に敬服しているようだ。
しかし、どことなく俺のことを探ろうとする意志も、彼の視線から感じられた。
(自分たちを打ち破った相手なのだから、それも自然なことか……)
深く気にするようなことでもない。
フェーデの最後で、こちらの陣営が使った極大魔法について何か探りを入れてくるかとも思ったがそれもなし。
俺の方から、ドワーフ領から撤退した兵士たちの今後について尋ねると「王家からいつ、招集があるかわかりませんから」という返答が来た。
ドワーフ自治領と隣接するクロウリー家の兵士に温泉宿の常連になって貰えたらと思ったのだが、その話を切り出すのはさすがに無礼かとも思い止めておいた。
敗者の傷口に塩を塗るものではない。
王家は誘拐されたリリアーナ捜索を口実に、敵対する貴族領への進攻を計画している。関係の深いクロウリー家には兵を出すようにという要請が、いつあるかもしれない。
(そう考えると、ちょうど良かった、ともいえるか)
バルトロメウスとの会談でトラブルは発生せず、何事もなく終了した。
***
それから季節はすぎ、秋になった。
街路樹の葉が赤や黄色に色づき、乾いた風が落ち葉を舞い上げる。
俺は剣の鍛錬に魔法の研究、魔道具の改良に明け暮れる。
その合間に、仲良くなった美少女たちのご機嫌取りをしながら、のんびりとマイペースに暮らしていた。
俺の大目標として「反乱軍を組織し、王家を打倒する」というのがあったのだが、最近では――それは別にしなくてもいいんじゃないのか? という気がしてきて反乱計画への腰が重くなっている。
なにしろ、劇場型レストランの経営に成功していて金に困ることはないし、クロウリー家とのフェーデに勝利してドワーフ自治領の統治を任された。
既に十分な権力と財力を手に入れたのだ。
王家がこの先、政治改革を進めて奴隷制度がなくなったり、亜人への差別が禁止されても、俺は大して困らない。
いけ好かない悪党を取りまとめて、反乱しなくてもよくね?
――と思うようになってきている。
(秋の夜長の読書と、温かい紅茶があれば、人生それで十分じゃないか?)
(もともと、あまり乗り気ではなかったしな)
親父は怒るだろうが、知ったことではない。
そんなわけで、俺は自分の強化はするが、反乱計画など一切手を付けていなかった。
**
そんなある日、夕飯を食べてから風呂に入っている最中、劇場から連絡が入った。
湯船に浸かり、天井を見上げながら一日の疲れを溶かしている時だ。
「ご主人様、緊急事態です」
風呂場にいた俺は「なんだ?」と尋ねる。
専用メイドのリーリアが通信魔法で届いたメッセージを俺に知らせる。風呂場に反響する彼女の声は、いつもより半音高く、鋭い。
「劇場に賊が侵入したようです」
「……被害は?」
劇場とこの屋敷に設置してある通信用の魔道具は、送信できる文字数に限りがあるので詳しくは分からないだろうが、おおよそのことは書いてあるだろう。
「被害は軽微という報告です」
「すぐに向かう。戦闘になる可能性もある。着替えを用意しろ」
脱衣所にある着替えは、寝間着しか用意されていない。
リーリアは即座に部下のメイドに命じて、戦闘用の服を運ばせていた。俺はその指示を聞きながら急いで体を拭く。水滴を拭う手が、無意識に早くなる。
「最近は平穏だったのだがな……」
「賊は取り押さえてあるようなのですが、念のためお気を付けください」
リーリアは心配そうに言った。
俺の身体から立ちのぼる湯気の向こうで、彼女の眉が寄っている。
俺は安心させるために、余裕の表情で「ふん、賊が何人いようと、俺の刀の錆になるだけだ」と返しておいた。
**
用意された服に着替えていると、専用武器「クロノス・ヴァイス」から、シルフィーが実体化した。ふわりと光の粒子が集まり、幼女の姿を形成する。
シルフィーは劇場に行くときはこうして人の姿を取る。
彼女は俺の守護精霊にして、エルフの森の大樹の精霊王。
劇場にいるエルフの従業員たちは、彼女のことを敬うので、祀られることが大好きなシルフィーは好んで実体化してついてくる。「わらわを崇めよ」と言わんばかりのドヤ顔だ。
「まあいい、行くぞ」
俺はシルフィーと共に、劇場型レストラン【砂漠の星】へと転移した。
視界が歪み、一瞬の浮遊感の後、劇場の薄暗い空気が肌に触れる。
***
俺専用のVIPルームから、外に出る。
営業は終了していて、レストランは閑散としている。
華やかな舞台の余韻を残したまま、静まり返ったホール。落ちたグラスの破片が、照明を反射してキラリと光っていた。
俺は見かけた従業員たちに状況を聞いた。
賊は営業が終了した直後を狙ったらしい。
(仕事が一段落したと、気が緩むタイミングだな)
賊は二十名ほどいたらしいが、すべて捕縛済みだ。
この劇場の警備には俺の恋人のエルフ族が四人と、おまけが一人いる。
彼らは人間の高位魔術師クラスの魔力と魔法技術を有している。
隠密戦闘にもたけているので、賊に後れを取ることなどあり得ない。
彼らだけではなく、この劇場には多数の警備員も雇っている。
戦力は十分にそろっていたはず――
「それで、損害は?」
「警備員に負傷者が出ています。敵の侵入時にけがを負いました。現在、フローラさんが治療をしています」
フローラはエルフの中でも指折りの薬師だ。
彼女に任せておけばいいだろう。
突然の襲撃者たちに警備を突破され劇場内に侵入を許したものの、エルフたちの活躍もあり、それ以上の損害を出さずに済んでいる。
**
俺は賊を捕らえてある劇場の地下施設に向かう。
地下特有の湿った空気と、鉄格子の冷たさが漂う。犯人は全員、薬と魔法で眠らせてある。
エルフたちは別室――この部屋の隣で、シルフィーのことを競うようにかいがいしく世話をしている。
エルフの姫リフィアが、椅子に座るシルフィーの綺麗に切りそろえた黄緑色の髪を丁寧に梳かしている。いつもは俺に突っかかってくるカイルも、彼女の前では大人しくしている。
神聖な存在を前に、借りてきた猫のようだ。
「こいつらが賊か、残り4人は?」
賊は二十名と聞いていたが、16名しかいない。
俺の問いに隣に立つシルフィアが答えた。
「迎撃時に、賊の四名が警備員との戦闘で死亡してしまって……」
よく見ると、部屋の端に麻袋が四つ並んでいる。
あの中に冷凍して入れてあるのだろう。
俺はため息一つ吐かずに答える。
「そうか、まあ賊など何人死んでもいい。お前たちが無事でよかったよ」
恥ずかしがり屋のシルフィアは、嬉しそうに顔を赤らめそっと視線を逸らす。
その頬は、熟したリンゴのように赤い。
「そ、それで、この者たちはどうしますか?」
「そうだな、ここを襲った目的と、誰の指示かは聞き出したい」
まあ、聞きだすまでもなく、おおよその見当はついている。
賊は皆、褐色の肌をしている。
王都の住人には見られない、強い日差しに焼かれたような色だ。
これは、この劇場の歌姫と踊り子――ファーマとリーラ。
彼女たちと同じ特徴だ。
間違いなく彼女たちと同郷、砂漠の王国ザハラから来た者たちだろう。




