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第189話 観光資源の活用

 俺はドワーフ自治領の南西にある魔物の領域との境目の砦で、防衛に関する手当を施してから居住地へと帰還した。


 クロウリー公爵家の守備隊に追いつくことのないようにゆっくりと馬を進めたので、到着したのは既に夕刻だった。

 山あいの空は茜色から深い藍色へと変わりつつあり、家々の煙突からは夕餉の支度をする煙が立ち上っている。



 **


 ドワーフ国王夫妻の屋敷につくと、食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってきた。

 俺の専用メイド、リーリアとミナが台所を借りて料理を作ってくれている。


 国王夫妻や、この屋敷のドワーフたちにも、振る舞うことになっている。


 食卓に並んだのは、表面をパリッと焼き上げた鶏肉の香草焼きや、野菜の甘みが溶け出した黄金色のスープ。ドワーフの郷土料理(主に岩のように硬いパンと、塩辛い干し肉)も悪くはなかったが、やはり俺はこちらの方が口に合う。


「うむ、これは……柔らかいな! それにこのソースの味わい、素晴らしい」

「繊細な味付けね。素材の味が生きているわ」


 ドワーフたちにも好評だったようで、ゴルム王もリーサ王妃も、スプーンを止めることなく口に運んでいる。リーリアとミナはドワーフの料理人に作り方を教えるよう、質問攻めにされていた。


(簡単な料理のレシピを少し提供するくらいは良いだろう)


 俺はこちらを見つめる二人に、許可の視線を送り軽くうなずいた。



 **


 食事が終わってから、俺は隣に立っている行政施設に顔を出した。

 夜になっても窓からは明かりが漏れ、中からは忙しない話し声が聞こえてくる。


 クロウリー公爵家の人員や王家から派遣されている監視員は明日にはもうこの地を立ち退くことになっている。ここに残っているのは複数の商会から派遣されている人員だけだ。


 俺の姿を見かけた代表者たちが、待っていましたとばかりに目ざとく見つけて集まってくる。


「これからは君たちに行政を任せることになる。しっかりやってくれたまえ」


 俺はちょっと偉そうに挨拶をした。基本は彼らに任せるが、俺の方でも抜き打ちで書類のチェックなどは行う。


(そうなると俺の負担もけっこう増えるな。――代わりを任せることのできる、信頼できる貴族階級の部下が欲しいところだ。デビット君とかに声をかけてみるか? いや、それは彼が卒業してからの話だな。……当面はあぶれている貴族の三男坊とかをスカウトするかな。使えそうなやつがいればいいが……)


 そんなことを考えていると、商人の一人から懸念を呈される。

 恰幅の良い、計算高そうな男だが、その額には脂汗が滲んでいた。


「グリムロック様、クロウリー家の人員がここを離れるにあたって、問題が一つございます――彼らがいなくなると、ドワーフ自治領の消費が大幅に落ち込んでしまいます。彼らに代わる人員を呼ぶご予定はありますでしょうか?」


 その懸念はもっともだ。


 クロウリー家からは行政官だけではなく、領域の警備だけでも1000の人員が派遣されていた。

 ここの統治がクロウリー家から俺に交代すると決まってから、彼らは徐々に砦から撤退し、今日最後に残っていた人員もこの町まで引き上げている。彼らは明日にでも自分たちの領地に帰ることになっている。


 彼らがいなくなる分、ここの経済活動は停滞してしまう。  

 酒場も宿屋も、明日からは閑古鳥が鳴くだろう。それに警備の人員がそれだけ引き上げるというのは、心理的にも不安感が募る。


(暗に、統治権継承者であるグリムロック本家から、同数の人員を派遣してくれと言っているわけだ)



 **


 俺は彼らを静めるように、あえて落ち着いた声で声をかける。


「砦の警備に関しては今日すでに手を打ってきている。安心しろ。俺がクロウリー家とのフェーデを制したのは知っているだろう。荒事であれば滞りなくこなしてやる。それよりも、問題は経済活動の停滞の方だな」


 議題を次に移す。

 俺の呼びかけに、彼らはまだ半信半疑の様子を見せながらも、結局は信じるしかないという顔をしていた。


 それも無理はない。

 千の警備兵の代わりに俺が何か仕掛けを用意したと言われても、容易に納得できるはずもない。


 戦は数で決まる。

 魔物の群れに対抗するには、戦闘能力を備えた軍隊が必要だ。

 それに代わる「何か」を俺が軽々しく用意できるとは、誰も思うまい。


 だが、彼らもそれ以上は抗議しなかった。

 実際に戦で勝利を収めた功績と名声は、それほどまでに大きいのだ。


「居住人口の減少によって、この自治区が立ち行かなくなることはございません。ですが、活気が失われてしまうのは間違いありません」


 ドワーフたちの作る武器や防具、装飾品は依然として人気があり、商人も訪れ続ける。収入面で問題はない。だが、統治者が俺に代わったことで、以前より活気が失われたと見られれば、沽券にかかわる。


(……民衆からの評判を軽んじることはできん)


 俺は心の中でそう呟き、次の一手を思案する。


 召喚した魔物たちに警備は任せてある。

 それを突破して魔物の群れが、ここを襲うことはない。だが、それだけでは足りない。人々の心を掴み、この地に新たな活気を呼び戻す策が必要だ。


「そうだな――温泉の湯をこの町まで引いて、温泉宿を作り、保養地にするのはどうだ? 成功して金を持っている傭兵や、冒険者をターゲットにする。彼らが専用の装備品を求めれば、ここで高品質な注文生産もできる。金は俺が出すから、チャレンジしたい意欲のある商会は申し出ろ」


「ふむ、なるほど……温泉、ですか」 「それはいいかもしれませんね。戦い疲れた体を癒す場所、というのは需要があります」


 俺の提案に商人たちは悪くないといった反応を示す。

 彼らの目に、商機を見出した光が宿る。



 **


 保養地といってもこの国のすべての住人が来れるわけではない。まず平民に移動の自由はないので、彼らに「旅行する」という概念が浸透していない。


 そこで、例外として移動の認められている冒険者や傭兵をここに呼び込む。

 ドワーフの作った武具が手に入るので、相乗効果も期待できるだろう。


「保養地として有名になれば、貴族を呼び込むこともできるかもしれん。特に専用の杖の需要は高いからな」


 魔法使いが使う杖は、単純に魔石を杖にくっつけているわけではない。

 魔石に魔力を伝える魔力回路によっては、威力が変わってくる。粗悪品だと、魔石が暴発する危険もあるので、杖選びは重要で、質の高いドワーフ製の杖は高価な品が多いのだ。


 俺もドワーフの姫エイルに頼んで、知り合いの杖を作って貰ったりした。

 彼女の作った杖は見た目だけではなく性能もよいので非常に喜ばれている。


「自分だけの杖をあつらえ、出来上がるまでは温泉につかって待つ。……悪くない道楽だと思わないか?」


 そう考えると、杖のオーダーメイドにわざわざここを訪れる貴族も結構いるかもしれない。


 商人たちが顔を見合わせ、頷き合う。

 金貨の落ちる音が聞こえたようだ。


 俺は商人たちと、今後のことを話し合ってから、宿泊している屋敷に戻った。


 夜風は冷たく、火照った頭を冷やしてくれる。

 部屋に戻り、リーリアとミナに体を拭かせてから就寝する。 蒸しタオルの熱と、二人の指先の感触が、一日の疲れを吸い取っていく。


 明日ここでもう一泊してから、王都へと帰ることになる。

 その時、夏の長期休暇は終わっているだろう。


 屋敷に帰れば、いつもの学校生活が始まる。

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