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第188話 ドワーフたちの視線

 俺はドワーフ自治領内の南西にある砦に到着した。

 荒々しい岩肌をくりぬいて作られたようなその砦は、時折吹きつけてくる南西からの風の音と、魔物の領域から漂う腐臭に晒されている。


 ここは魔物の湧き点から溢れてくる外敵を領内に入れないための重要な防御拠点だ。拠点から左右に、太い丸太で作った頑丈な柵が伸びている。


 今日まではクロウリー公爵軍がここを守っていたが、これからこの砦の守りは俺が担当することになる。


 俺は砦内に入り、ドワーフの自警団と対面する。

 石造りの冷たい会議室。部屋の隅には使い込まれた武具が乱雑に置かれ、鉄と油の匂いが染みついていた。


「俺がゼノス・グリムロックだ。よろしく頼む」


 自警団の代表と机に座って向かい合う。

 代表の後ろには、数名のドワーフが、不安そうな顔で控えていた。彼らの立派な髭は手入れされているが、その下にある唇は緊張で引き結ばれ、握りしめられた拳は微かに震えている。


「それで、その……、援軍はどのくらい来られるのですか? 我らだけでは、どうにも……」


 ドワーフにも戦闘能力はあるが、あくまでも近接戦闘においてだ。

 弓矢や、魔法といった遠距離攻撃は苦手としている。しかも、彼らの近接戦闘は恵まれた膂力でもって、大型の武器を振り回すという大雑把な戦い方になる。


 クリーンヒットすれば岩をも砕く大ダメージを与えられるが、敵に避けられたり間合いを見誤って空振りすれば、ノーダメージだ。


 攻撃後の隙を敵につかれることになる。


 ドワーフ族は、砦の防衛にはとことん向いていなかった。

 そのことを彼ら自身が一番よく理解していた。砦の外には鬱蒼と茂る森が広がっていて、そこには恐ろしい魔物が潜んでいて、群れを成してやってくる。


 自分たちだけではどうにもならない――

 彼らの瞳には、隠しきれない恐怖の色が宿っている。



 **


「ここに来たのは俺一人だが――なに、心配するな。ここを守る手立てはちゃんと考えてある」


 彼らは「……本当でしょうか?」と、隠そうともしない不安と不審な目を俺に向けている。「このひょろっとした人間が、何を寝ぼけたことを」という心の声が聞こえてきそうだ。


「まあ任せておけ、早速手を打っておこう。魔物の湧き点側に出たい。案内してくれ」


 彼らは不承不承といった感じで、俺を案内した。

 重い鉄の扉が、軋んだ音を立てて開く。


 クロウリー軍は魔物の森に打って出ることも多かったため、出入り口はきっちり整備されている。砦から出た先にも柵が設けられていた。


 門を開けさせて、そこから外に出る。

 ムワッとした湿気と、獣の気配を含んだ風が頬を撫でる。


 ドワーフたちは出入り口から出てこない。

 安全地帯である砦の内側に張り付いたまま、様子を窺っている。


「何をしている。ついてこい」


 俺に命じられて、仕方なくといった感じで部隊長と一緒に斧やハンマーを装備した二十名が出てきた。ジャラジャラと鎧を鳴らしながら、まるで処刑台に向かう罪人のような足取りだ。


「あの、ここには数十の魔物が群れを成して襲ってくることもあります。我らだけでの討伐は無理があるかと……」


 数匹の魔物なら二十名の彼らでも対処可能だが、数十匹だとかなりの死傷者が出てしまうだろう。確かに彼らだけなら無謀だ。


 けれど大丈夫。


 俺がいる。


「安心しろ。……よし、この辺で良いだろう」


 俺はしゃがんで地面に手をつくと、魔力を大地へと流し込む。

 大地に魔法陣が浮かび上がる。漆黒の光が地面を這い、複雑な幾何学模様を描き出す。


 そして「魔物召喚」を行った。


「来い。我がしもべたちよ」



 **


 ドクン、ドクン。


 俺の魔力を流し込まれた大地が、巨大な心臓のように脈打ち、震えた。


 周囲の空気が重く澱み、気温が一気に下がる。魔界の瘴気が噴き出し、視界が歪む。人の世界の外から数百匹の魔物が、人間界に召喚される。


 ズズズ……と地面から這い出る影。

 空間を裂いて現れる異形の爪。骨だけの騎士、赤い眼を光らせる狼、闇を纏った巨人。大小さまざまな魔物たちが森の中に出現し、静かに辺りを埋め尽くした。


 ドワーフたちは一様に色めき立つ。

 ガシャン、と誰かが武器を取り落とす音が響いた。


「こ、これは一体……!?」 「ひ、ひぃぃぃ……!」


「俺が召喚した使い魔だ。当面はこいつらにここの警備を担当させる」



 **


 俺は魔力を持たない雑魚キャラを演じている。


 この力はなるべく隠しておきたい。その最大の目的は、俺を打倒する力をつけうるリアム王子を油断させておくためだ。


 だが、ここは王都から離れた辺境で、目撃者はドワーフたち。


 彼らの間で噂が広まったとしても、人間社会にそれが伝わることはまれだ。

 ドワーフと取引関係にある商人たちも、商売に関すること以外はドワーフの言うことなど重要視しない。


 『新しく来た代官が、なんかすごいらしい。とんでもない力を持っている』という噂が広まったところで、商人たちは「統治しやすいようにそんな噂を自分で流したのだろう」と思うのがオチだ。


 ここはリアム王子に対する警戒よりも、強大な力を見せ、ドワーフたちに畏敬の念を植え付けておくことを優先した。


 俺は威厳を込めて、召喚した魔物たちに命じる。


「この近辺を警備せよ。南西の方角より向かってくる魔物たちがいれば残らず始末しろ」


 グォオオオオオオオオオッ!!


 数百の魔物が俺の命令に、一斉にいななきでもって了解の意を示した。

 轟くような大音声が森全体に響き渡り、木々の葉を震わせる。その咆哮は、生物としての本能的な恐怖を呼び覚ます響きを持っていた。


 ドワーフたちは目の前の現実が信じられず、何が起こっているのか理解が追い付いていない。ただ、圧倒的な恐れと恐怖で顔面を蒼白にし、腰を抜かして座り込んでいる者もいる。


 俺はそんな彼らに向かって、クールに話しかける。


「これで、しばらくは大丈夫だろう。――さあ、砦に戻るぞ」


 俺が歩いて砦に向かうと、立ち尽くしていたドワーフたちは、弾かれたように慌てて進路を開ける。その視線は、もはや「不審」ではなく、絶対的な強者を見る「畏怖」に変わっていた。


 そして、俺の後ろを、従順な羊のように静かに歩きだす。



 ***


 砦に戻った俺は、応接用の部屋で、ドワーフたちと打ち合わせをする。部屋の空気は先ほどまでとは一変し、俺の一挙手一投足に全員が注目している。


 まずは、この施設の部屋の割り振りだ。


 砦指揮官が使っていた「一番いい部屋」を俺の部屋とした。


 ここで暮らすわけではないが、魔物の補充や必要があるときに「転移」で戻るための拠点ポイントがいる。


 後の部屋はドワーフたちの好きに使わせた。 彼らで話し合って決めればいい。


 俺は自分の部屋に行き、監視用の魔道具を設置する。

 部屋からは森が見渡せるので、異変が起きればすぐに駆けつけられるだろう。窓の外には、俺の配下となった魔物たちが、闇に溶け込むように蠢いているのが見える。頼もしい景色だ。


 しばらく休憩してから、馬に乗ってドワーフの居住地域に帰ることにした。


 転移して戻ってもいいが、撤退したクロウリー軍と向こうで鉢合わせでもすればまた無用な面倒が起こるかもしれない。


 ゆっくり昼寝を楽しむ。


 感付かれる恐れは限りなく低いだろう。――だが、転移を疑われる可能性は、極力排除する。

 

 寝て起きてから、馬に乗って帰ることにする。

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