7:それでも好きだから
最初の記憶。
今と同じように、私と彼は婚約者だった。
今と同じように、彼は見目麗しい男で、私は取るに足らない平凡な女だった。
一目惚れというものは恐ろしい。
最初に見たものを親と思い込む、雛鳥の刷り込みに通じるものがある。
私はまんまと、恋に落ちてしまった。
恋は人をおかしくさせる。
私は彼に心酔した。彼の成すこと全てを正しいと思うようになった。
騙されていることにすら、気付かなかった。
散々利用された挙句に辿り着いた独房で、彼の策略を知った。
利用され、棄てられたのだと。彼自身の口から聞かされた。
絶望のあまり、私はその場で自ら舌を噛み切り、命を絶った。
次に目を覚ましたとき、夢でも見ていたのかと思った。
名も顔も違う自分に戸惑って状況を確認すれば、転生したのだと理解した。
驚きはしたが、安心している自分がいた。
(もう、あの人と関わらなくていい)
気の狂いそうな、あんな思いをもうしなくていいのだと。
「初めまして」
記憶を取り戻した翌日、私はまた舌を噛み切ってしまいそうになった。
彼が────名も顔も違うのに、彼だと分かる────再び婚約者として、私の目の前に現れたのだ。
まず覚えたのは絶望感。次に怒り。そして。
(好き)
否定できない恋情が煩わしい。吐き気すら催す。
(それでも、好きなんだ、私)
自分を騙し、利用し、裏切って、死に追いやったこの男が。
救いようもなく好きなのだと、思い知る。
2度目の人生、私は上手く立ち回れなかった。
前世の記憶が邪魔をして、彼に対してどうしても挙動不審になる。
次第に私への不信感を大きくしていった彼は、ついに私に濡れ衣を着せて殺した。
あっという間だった。婚約者として会った日から3年後。王族を巻き込んだ、1人の下級貴族の令嬢を巡る色恋沙汰によって、私は件の令嬢を陥れようとしたという疑いをかけられた。
もちろん抗議した。しかし、その場に彼が現れたことで無駄に動揺してしまい、私への疑いはますます深まっていった。
そして、疑いを晴らせないまま殺された。
3度目以降からは、もう色々と諦めだしていた。
当たり前のように毎回婚約者として現れる彼。私を疑う彼。疑いながらも利用することしか考えず、監視するように傍に居ようとする彼。
(ああ、ああ)
(分かっている、分かっているのに)
思惑あっての行動だと分かっていても、嬉しかったのだ。
私のような女の傍に居てくれることが、どうしようもなく嬉しかった。
反吐の出るような嫌悪感と共に、幸福感も湧いて出る。
私を疑う目。
私の話す言葉に聞き逃さないよう耳を立てる姿。
私を殺そうと伸ばされる、綺麗な手。
自分は狂っている。狂っているのだ。
好きで、好きで。狂ってしまったのだ。
次第に、彼が自らの手で私を殺すよう仕向けるようになった。
幸せだった。好きな男に最期を預けられることに、幸福感を覚えた。
幸せのあまり死の間際に笑うと、彼は驚くのだ。
初めて笑ったと、呆然として笑顔の私を見る。
「どうして」
裏切ったのはそっちのくせに、裏切られたような顔をする。
それが可笑しくて、また笑って、息絶えた。




