3:お久しぶり
私たちが暮らしている場所は王都から遥か離れた地ではあるものの、人口はそれなりに居るし、街はいつも活気づいている。
親友はこの土地の領主だ。私を匿う上で住人たちに「外から人が来たらすぐに報告すること」と伝え、あのひとから守るために情報管理を徹底的に行なってくれている。
だから私はこれまで安心して外に出ることができていた、というのに。
「……どうして」
冷や汗を垂らし、物陰から様子を伺う。
(失踪後、ここへは来てすぐに帰ったはず)
(もう探しに来ないと思っていたのに)
3年ぶりの彼の姿に、嫌でも心臓が反応した。
未だに消えない恋情が、心の奥底からじわじわと這い上がってくる。
(貴族所有の馬車ではなく辻馬車?)
(一体何を企んでいるのかしら)
従者も付けずに不用心だと、ハラハラしながら見守っていると、スタスタと歩いて街へ入っていく。
十分に離れたことを確認して、辻馬車の御者へと駆け寄り尋ねる。
「こんにちはおじさん。さっきの、見慣れない人ね。観光者?」
「ああ、あんたか。さっきの旦那かい? なんでも元貴族様らしいんだが、恋人が失踪した挙句に貴族籍から抜けたらしくてなぁ。それで自分も家督を他に譲って貴族を辞めたんだと。ここへは恋人の思い出を頼りに探しに来たらしい」
「……へぇ、変わったお人だね」
貴族を辞めた?
疑うことしかできない、利己主義なあの男が?
「恋人の思い出って何だろうね」
「こういう素敵な場所に住んでみたいって言っていたのを思い出したらしいよ」
「……ふふ。その恋人さん、見る目があるわね」
「ははっ、そうだな! 我らが領主様の治めるこの街を褒めてくれるなんて、きっと良い人に違いねぇ!」
しばらく世間話をした後に御者と別れて、なるべく表の道を通らずに家へと帰った。
もしかしたらと期待する心を押し潰し、ただただあの人をどうやって退けるか考えを巡らせる。
でも、どうしても。過去の記憶からは逃れられなかった。
あれはまだ、今世でのあの人と出会ったばかりの頃だ。
前世と変わらない姿と中身に何度目か分からない絶望をして、既に距離を取ろうとしていた。
あからさまな態度ではさすがに不審だろうと思い、ある程度の誘いは受け入れてそれ以外は適当に断るという、中途半端な付き合い方をしていた。
そんなある日、滅多に王都から離れない彼が珍しく、この地へ来ようと言い出したのだ。
驚きつつも、親友の治める領地だったのですぐに了承した。
予想以上に滞在期間は充実していた。
のんびりとしたこの街の空気は私の性に合っている。すぐ傍にあの人がいたというのに、とてもリラックスして過ごしていたと思う。
「素敵。何もかも放り出して、ここに住んでみたいわ」
つい、そんなことを呟いた。なんの反応もなかったから、聞いていないものだと思っていた。
家に辿り着くまでの間にそんなことを思い出してしまい、後悔する。
「馬鹿みたい」
聞いていなかったのではなく、聞かなかった振りをしていただけなのだ。
あの男は平然と人を無視できる人間だから。
(私のくだらない戯言に反応するのも面倒だったに違いないわ)
何度もそんな目に遭ってるから、よく分かる。私を顧みないことなんて分かりきっていた。
それなのに。
(“今回”は違うんじゃないかって)
(“今回”こそは、私自身を見てくれるんじゃないかって、期待してしまった)
何度も繰り返して、期待しては失望した。
残ったのは、もう裏切られたくない、捨てられたくないという気持ちばかりだ。
(だから、もういいの)
期待さえしなければ、失望することなんてない。
遠くから見守ることが出来れば、それで。
「────久しぶり、ラピス」
家の扉を開けようとした私の手を、大きな手が包んだ。
耳元に掛けられた声は涼やかで、聴く者を魅了する美しさを秘めている。
しかし。
私はあまりの恐怖に慄いて、思わずごくりと息を呑んでしまったのだった。




