1:逃亡
何度も繰り返せば“飽き”というものはいつか必ず訪れる。それは生きることも、死ぬことも同じ。
だからこそ人間は人生というものに飽きないように、前の記憶を次へ持ち込まないのだろう。
「でも、あなたは持ち込んでしまったのね」
「信じてくれるんですか?」
「名に誓って信じましょう」
親友は小さな笑みを口元に湛えた。表情の乏しい彼女が持つ最高級の笑顔である。とても希少なものだ。
名に誓うということは、命を賭けること。想いが確かであると示してくれた。
「それで? 私に何を望むのかしら」
「しばらく匿ってほしいんです」
「誰かに追われているの?」
「婚約者です」
「簡単に諦めるような殿方なの?」
「一度疑い始めると死ぬまで追いかけてきます」
「面倒そうな男ね」
親友は匿い先となる家へと案内してくれた。
社交界ではすぐに、私が姿を晦ませたことが噂で広まった。
当然、あの男にも知られた。
「死んだことにしたい……」
「まだ早いわ。1年も経ってないじゃない」
男はしつこかった。とてもしつこかった。
密かに実家へ問い合わせてみると、毎日のように訪ねてきているのだという。
嬉しくない。全くもって嬉しくない。
彼が私を追うのは疑いを捨てられないから。私が何か企んでいて、害をなすと考えている。
結局のところ、自分のためなのだ。私のことなど、何ひとつも想っていない。
どうせ、会ったところで疑いの視線と言葉ばかりだ。これまでどれだけ聞かされて失望したことか。
「それでも」
ぐだぐだと愚痴をこぼす私に、親友はしたり顔で急所を突く。
「好きなのね?」
「……はい」
自分の利益しか考えていない、疑り深いあの男が好きだった。何度生まれ直して、何度失望しても、恋情を捨て去ることだけは叶わなかった。
惚れた弱みというものは酷く厄介だ。どんなクズでも愛おしく見えてしまう、呪いのようなもの。
「苦しいです」
「気が済むまで泣きなさい。少しはすっきりするわ」
親友の柔らかな声音に促されて、その夜は子どものように泣きじゃくった。




