Phase.614 『オレンジ その1』
遠目に見てはいるが、オレンジ意外には見えなかった。果実。無数の木に無数のオレンジが実っている。そしてまた奇妙なのは、風もないのにそのオレンジが揺れているように見えた事だった。
ここは、異世界だ。もしかして普通のオレンジではない!?
「ユキ君!」
「何かった? 北上さん」
「あれ見て」
北上さんが差した先に、ゴブリンがいた。3匹。斧、斧、槍。それぞれ武器を手にして歩いている。ここからは少し離れた場所で、俺達の存在には気づいていない。
「ゴブリンか」
「どうしようか?」
すぐさま前にいる佐竹兄と不死宮さん、後方の岩城さんにゴブリンがいるから、少し待てと合図を送る。
「たった3匹なら倒してもいいが、他にもいる可能性はあるからな」
「辺りには、草木が沢山生えているし、確かにまだ何匹かいるかも。今、目の前にいるのは3匹だけど用心はした方がいいかもしれないわね。ちょっと私、行ってみてこようか?」
そう言って前に出ようとした北上さんの腕を慌てて掴んだ。北上さんも俺も、はっとして目が合う。俺は慌てて腕を掴んだ事を謝り、手を離した。
「ご、ごめん!」
「う、うん! いいよ!」
「偵察には、俺が行くから北上さんはここにいて欲しい」
「え? でもそれなら、私が行くべきじゃない? ユキ君は、私達のリーダーなんだし」
「リーダーだから、たまにはリーダーらしいところを見せないと、駄目だろ。それに北上さんの弓は強力だ。援護してくれれば鬼に金棒だし、ここで皆と残って不死宮さんを守って欲しい」
「うん、解った。でも」
「ヤバい時は、一目散に逃げ返ってくるから大丈夫だ。それにゴブリンとの戦闘も、流石に慣れてきたから」
バシイイ!!
「いってえ!!」
北上さんとの会話に、いきなり割り込んで来た佐竹兄。背中を強く叩かれた。
「何を言ってんだよ、椎名さん! 何事も慢心は禁物なんだぜ。慣れてきた時ってーのが、一番ヤバいんだ。よし、俺も行くぜ」
「いや、気持ちはありがたいが……」
「なんだ? 何か問題か?」
佐竹兄の背負っている、これ以上ないデカさのザックに目が行く。ゴブリンに見つからないように動かなくてはならないのに、これを背負っていくなんて冗談じゃないのか。しかも加えて、佐竹兄のアメフト選手のような大きい身体。目立つ。
「えっと、それじゃ岩城さん、一緒について来てくれるか?」
「よし、解った」
「おいおい、なんでだよ!! 俺が一緒に行く!! あんなゴブリンなんてふざけた奴ら、俺なら簡単に捻ってやる!!」
「だから、偵察なんだって」
「じゃあ、偵察する!」
「佐竹さんがこの中で一番強いのは、重々承知している。だからここで不死宮さんと北上さんを守っていて欲しい。北上さんは戦闘も得意だが、不死宮さんはそういうのは得意じゃないんだ。でも佐竹さんがいて守ってくれているなら、安心だ」
「うっ!!」
続けて佐竹兄が背負っているザックを指さした。
「それに、それは目立つ。かと言って中身は、今俺達の拠点で手当てをしている人達に使う為に集めた薬草が入っている。できれば、置いて行くって事はしたくない。だから」
「解った解った!! 解ったよ、行ってきてくれ」
「ありがとう。じゃあ、ちょっと行ってくる」
不死宮さんと北上さんにそう言うと、不死宮さんは頷いてくれた。そして北上さんは、「十分に気をつけて」と言ってくれた。俺と岩城さんは、2人で近くの草陰に身を隠すと、そのままゴブリンがいる方へと気づかれないようにゆっくりと慎重に前進した。
「椎名さん」
後ろからついてくる岩城さんの声。少し振り返りつつも、ゴブリンに近付いて行く。
「何かあった?」
「いや。ただ、もしゴブリンに見つかったらどうすればいいのか、先に聞いておこうと思ってな」
「そうだな。仲間が他にいるとしても、数を減らしておくべきだろう」
「それは、見つかったら殺せという事だな」
「ああ、そうだ」
「解った」
岩城さんは、腰にさしていたナイフを手に持った。何にでも使えそうな大きなサバイバルナイフ。俺も剣や銃と同じく腰に吊っている鉈を手に取る。
できれば、このまま何処かへ消えてくれればいいが……この辺りで徘徊しているようなら、どちらにしても殺るしかない。ここから俺達の拠点は、そう離れてもいない。このまま放置すれば、俺達の拠点を襲うことだって考えられる。
ガサガサっ
「岩城さん。ちょっと止まって」
「ああ、どうした?」
「あれを見てくれ」
かなり近づいた。しかし3匹のゴブリンは、まだこちらに気づいていない。ゴブリンが首から下げている首飾りに気づいて、岩城さんに見るように言った。
「なんてこった。あの野郎……ぶっ殺しておくか」
「いや、まだだ。もうちょっと様子を見よう」
小刻みに揺れるオレンジが沢山実っている辺りで、俺達の解らない言葉で何か会話をしているゴブリン達。そしてその3匹共が身に着けている首飾りには、明らかに人間のものと思われる指や鼻、耳、目玉などがついていた。思わず、吐きそうになる。
ギャハハハハ!!
ギャハ!!
ギギギギ!!
3匹のゴブリン。暫く様子を見ていると、そのうちの1匹が動き出した。他の2匹はもう1匹が何をするのか見ている。動いたゴブリンは、そのまま仲間から距離をとるなり辺り一面にあるオレンジに目をやった。そしてそれに手をかけると、一気に引き千切った。
ギャアアアアアアアアア!!!!
断末魔のような叫び。それは俺達人間のものでも、ゴブリンのものでもなかった。ゴブリンが引き千切ったオレンジ。傷つけられた箇所の枝からは、大量の血のようなものが噴き出した。
残り2匹のゴブリンもそこへ駆けて行く。3匹はその枝から噴き出た血のようなものに対して大口を開けると、滴り落ちる血のようなものをガブガブと飲み始めた。
俺と岩城さんは、予想もつかないその光景に暫し固まって動けなくなってしまった。




