Phase.615 『オレンジ その2』
ゴブリン達は辺りにあるオレンジのような実がなっている木を傷つけては、そこから噴き出す血のような液体を飲んでいた。
ギャハハハハ!!
グヘヘヘ!!
「木の汁って言うのか? それとも樹液か? ゴブリンが枝を切ると、そこから沢山吹きだしているぞ」
「岩城さん、もう少し屈んだ方がいい。気づかれる」
「ああ、そうだな。それでどうする? 確かに凄い光景だが、このままじっと見ていても仕方がないだろう。俺達には、薬を作る為の材料集めをしなければならないって使命があるんだものな」
「その通りだ。でも慎重に行きたい」
「つくづく椎名さんは、慎重な男だな。だがゴブリン共は、どう見てもこのオレンジみたいなのが実っている木にご執心だ。少し距離を取ってここを離れれば、難なく通り過ぎる事が可能だと思うのだが」
「例えそうでも、言ったようにここは拠点から近い。ゴブリン共がここから去っていくようなら気にもしないが、逆に俺達がやってきた方へ向かうようなら、始末しておきたい。他に仲間がいなければの話だけどな……兎に角、目の前にいる3匹意外にもゴブリンがいるかどうか探ってみよう」
「了解」
オレンジのような木に、夢中になっているゴブリン。そいつらを中心に、他のゴブリンがいないか探してみた。すると丁度、北上さん達が待機している辺りから、ゴブリン共を挟んで反対側まで迂回した所で、また凄い断末魔のような悲鳴を聞いた。
ギャアアアアアオオオオ!!!!
「な、なんだ⁉ 凄いな!!」
「おい、佐竹が!!」
「まずい!! 岩城さん、佐竹さんにもっと屈めって合図を送ってくれ!!」
「解った!」
岩城さんは、急いで佐竹兄に解るように合図を送ってくれた。もちろん、ゴブリンに気づかれないように。
なんとか合図が佐竹兄に伝わると、彼は慌てて草場に身を潜ませた。俺達はホッとすると、一旦心を落ち着かせてからさっきの悲鳴の正体を探った。
さっきの断末魔みたいなのが佐竹兄や不死宮さん、北上さんの悲鳴である訳がない。かと言って、ゴブリン共が悲鳴をあげているようには思えなかった。
そしてさっきの断末魔のような悲鳴が聞こえたのは、明らかにゴブリン共のいる方からだった。また、例のオレンジの木を傷つけたのか? どうにも気になって、ゴブリンの方へと近づいて探る。
ギャアアイイイイイイ!!
またしても断末魔のような悲鳴が、辺りに響き渡る。目を凝らしてみると、ゴブリン共の手にはオレンジによく似た果実が握られていた。
そう、ゴブリンはオレンジを木から、もぎ取ってそれを齧っていたのだ。その手にはオレンジがあり、そこから鮮血にも似た果汁が腕を伝わって奴らの足元を汚していた。
この光景を例えるなら、辺りはまるで猟奇殺人でもあったかのような凄惨な殺人現場のようにも見えた。
「な、なんだ。さっきから、何が悲鳴をあげているんだ? ゴブリンでないなら、木なのか?」
「いや、違う。岩城さん、よくゴブリンの持っている実を見て」
「実だと? あのそこらじゅうに実っているオレンジの事か?」
じっとよく見る。するとゴブリンは、また手に持っているオレンジを齧った。果汁が辺りに飛び散り、ギョアアアアアアア!! っという凄まじい悲鳴が谺する。
じっとよく観察する。そしてやっとさっきから聞こえる断末魔のような悲鳴、それが何処から発せられているのか判明した。もはやそれは、俺だけでなく岩城さんも気づいている。
ゴブリンが手で掴んでいるオレンジ。それが悲鳴をあげていたのだ。
「椎名さん。あのオレンジ……顔がある……」
「ああ、あるな」
俺達の周囲にも沢山実っている。注意深くキョロキョロと辺りの木を見てみると、そこに実る全部の実に顔があった。目を閉じている実や、こちらをギョロっとした目で睨みつけている実。かなり気持ち悪い。
「椎名さん……」
「さっきの断末魔のような悲鳴はこいつらだ。こいつらオレンジがゴブリンに引き千切られたり、食われたりして悲鳴をあげていたんだ」
「じゃ、じゃあさっきから辺りに飛び散っている汁って、こいつらの血か⁉」
「それは解らない。こいつらは、どう見てもオレンジの魔物かなんかだ。オレンジの魔物なら、植物だろ。植物には血は流れていないだろうからな。どちらかと言うと、汁? いや、でもここは異世界だし、常識は通じないからな。何とも言えない」
「そ、そうか。それで、どうする?」
辺り一面に生えている木。幾つも実っているオレンジに顔があって、傷つけられると叫び声をあげていたというのには、ショックを隠せないが……どうやら、ゴブリンはここにいる3匹だけのようだった。
「岩城さん。あのゴブリン3匹には、他に仲間はいなそうだ」
「始末するか?」
「そうしてもいいが、仲間はいないと解った。一旦、北上さん達と合流しよう。奴らを倒すにしても、北上さんと佐竹さんがいてくれた方が、きっと手早く確実に済ませられる」
「それもそうだな。それじゃ、またバレないようにこっそりと迂回して、もとの位置に戻ろう」
岩城さんとそうしようと決めると、早速皆のもとへ移動しようとした。だけど急に視線を感じる。今、俺のいる辺り一面に実っている無数のオレンジには顔があって、そいつらが俺達を凝視していることに気づく。そして、また断末魔が辺りに響いた。
ギャ……ギャギャ……
「岩城さん、今度のは違う…」
「ああ、オレンジが出した悲鳴じゃないな」
嫌な予感がする。一旦足を止め、オレンジを貪っているゴブリンの方へ目を向けると、一番近くにいたゴブリンの頭部が、なんと吹き飛んだようになくなってしまっていた。そしてその頭部の無いゴブリンの手には、オレンジが――
そこらに実っているオレンジの実に4、5倍の大きさになっていて、表面にある顔の口はムシャムシャと嫌な音をたてて動いていた。そう、まるで何かを食べているかのように。




