Phase.608 『大勢の怪我人』
16時過ぎ。パブリックエリアでは、大勢の人が集まって食事をしたり酒を酌み交わしていた。うちのクランメンバーは当然のこと、他の転移者も多くまじっている。この集まりというか、イベントは他の誰でもない、翔太が企画したものだった。
皆、楽しそうに騒いでいたり、大はしゃぎしているものもいたので、ゴブリンにやられて怪我を負った人達は、草原エリアの方に救護テントをいくつか立てて、そちらへ移ってもらった。
この翔太のイベントの目的は、これから立ち向かうこの異世界生活、それを乗り切る為に全員の士気をあげる事にあるようで、全員参加を希望しているとの事だった。でもなかなかそうは、叶わない。不死宮さんや青木さん、北上さん、大井さんは今も草原エリアの救護テントで負傷者の治療を行っている。
出羽さんや三条さんもそうだったけど、流石にここまで集まりが悪いと秋山君(翔太)が可哀そうだからと言って、2人にパブリックエリアに行かせたようだった。
俺もパブリックエリアにて、未玖や翔太達、皆と酒を飲んでそれなりに楽しんでいたが、やっぱりちょっと気になって、草原エリアの方へ様子を見に行ってみた。
いくつもの増設された大きな救護テント。耳を澄ませると、中からは呻き声のようなものが聞こえてきた。急に不安になって、中を覗く。すると目に飛び込んできたのは、ちょっと目を背けたくなるような光景だった。
負傷者の数に対してベッドは足りない。だから、すのこや板やそれに代わるものを並べ、その上に負傷者を寝かせて毛布をかけていた。
横になっている人達は、頭に包帯をまいているもの。身体のあちこちにガーゼを当てているもの。また骨折しているのか、添え木をしているものもいる。治療に使用した包帯やガーゼなんかは、どれも赤く染まっていた。
「ここには、不死宮さん達はいないか……」
救護テントから逃げるように外に出ると、また別のテントを覗いた。そこには、大井さんがいた。
「大井さん」
「ユキ君」
このテントにも、数人の負傷者が横になっていた。俺は、大井さんに手招きをするとテントの外へと連れ出した。晴れわたった夜空には、無数の星が輝いて見えた。
「何か手伝える事はないかな?」
「ありがとう。でも美幸も鬼灯もいるし、大丈夫かな」
「大丈夫って、かれこれずっと怪我人の手当てをしていないか?」
「それはそうなんだけど……でもさっきまで未玖ちゃん達もいたし、女の子だけじゃなくて長野さんとかモンタ君も手伝ってくれたりしていたし」
「でも今は、大井さんと北上さんと不死宮さん、それに青木さんだけだよね」
「それは……ほら、秋山君が折角、やってくれているイベントだから」
「それなら大井さん達もちょっと顔を出したら? ここは俺がなんとかするし。1人で駄目なら、他に……そうだな、長野さんとか安藤さんとかナナキを呼べばきっと大丈夫だ。慣れている感じの人達だし」
クスクスと笑う大井さん。女の子の笑顔っていうのは、凄く癒されるものだな……なんて事を思ってしまった。
「大丈夫だから、ここは私達に任せて」
「でも……」
「駄目な時は、ちゃんと助けを求めるから。そしたらユキ君は、助けてくれるでしょ?」
「そりゃ、勿論だ。俺に限らず、翔太……は、今は忙しいみたいだけど、長野さん、成田さん、鈴森、堅吾、名前をあげればもっといるけど、皆手伝うよ。仲間なんだから」
大井さんは、にこっと笑うと救護テントの外に設置してあった椅子に腰をかけた。隣にはもう一つ椅子があって、大井さんはそれを指さしたので俺もそこへ座った。2人で夜空を見上げる。
「命からがら逃げてきて、ここに運び込まれた人達……今はもう50人以上いるのよ」
「そ、そんなに⁉ 最初に聞いた時よりも増えているような気がするけど」
「それは最初に聞いた人数でしょ。その後も、私達の拠点に逃げ込んで来た人達はいたの」
「そうだったんだ」
「ユキ君は、ほら。襲って来たゴブリンを迎撃しに行ってくれていたから」
「ああ。俺はぜんぜん迎撃してなくて、したのはトモマサ軍団と佐竹兄軍団なんだけどな」
「フフ、トモマサ軍団と佐竹兄軍団って……面白い」
大井さんはそう言って、また笑った。北上さんもそうだけど、本当に笑うと可愛いなって思う。今みたいな仲……というか、こっちの世界で仲間になる以前は、会社で挨拶してくれる度に胸がドキドキとしていた。
もしも自分にこんな素敵な彼女がいてくれたら、毎日が楽しいだろうなって……憧れだった。因みに、翔太もそうだろう。奴にとっても北上さんや大井さんは、好みのタイプだろうし憧れの人だろう。
……あと、なんか思い出してしまったけど山根。あいつも北上さんや大井さんには、会社でよくちょっかいをかけて……って、どうだっていいか。
笑っていた大井さんだったが、その表情から笑顔がふと消える。
「怪我人の中には、軽傷の人もいるし重症の人もいた。それで……助からない人も……」
皆、覚悟はできていたはずだ。なんて、言えなかった。大井さん達は、怪我を負った人達を1人でも助けようとしてくれている。
……待てよ。そう言えば、虎の子のポーションがある。あれがあれば、助けられるんじゃないのか?
……いや、駄目だ。大井さんの口振りからしてもそうだし、さっき救護テントを覗いて思ったけど、とても足りない。ポーションは、研究用として不死宮さんに2つ渡してしまった。だから残りは2つ。
あれは、使う訳にはいかない。もし大井さんが……未玖が……翔太が……大切な仲間が大怪我を負ったもしもの時用に、とっておかなくてはならない。
いや……そうだ!! 俺は確かに不死宮さんに研究用だと言ってポーションを2つ渡したんだ。あれから彼女は、色々な薬草や薬に使用できそうな木の実やキノコなど集めて研究を続けてくれている。もしかしたら、回復ポーションの精製に成功している可能性もある。
「あれ? 椎名さん」
聞き覚えのある声。振り向くと、そこには不死宮さんと青木さんが立っていた。2人の衣服は、負傷者のものと思われる血でかなり汚れていた。




