Phase.602 『ダンジョン探索に行きたい』
「ユキくーーーん!!」
「アイちゃん?」
丸太小屋で未玖と珈琲を飲んで、あれこれと会話を楽しんでいると、そこへアイちゃんがやってきた。アイちゃんは右目を無くしてしまって、眼帯を常につけているけど、それも見慣れてきた。
「あっ! 未玖も一緒だったんだ」
「うん」
「しかも珈琲なんか飲んでる。私も飲みたいな」
「それじゃ、ちょっと待って。アイちゃんの分も淹れるから」
「わーい、ありがとう!」
「あの……それじゃ、わたしが入れますから」
アイちゃんの分の珈琲を淹れようとしたら、未玖が先に動いた。そして珈琲を淹れる準備をすると、お湯を沸かしに小屋の外へと出て行く。その後をアイちゃんとラビが追いかけていく。なんとも微笑ましい光景。
……メイド喫茶『アストリア』、秋葉原店に行った時の事を思い出す。皆が集めてくれた情報。本当に、これからこの異世界で何か良からぬ事が起こるのだろうか。
転移サービスの休止は、過去にもあった事だ。その時に、こっちの世界『異世界』に残った者、残らざるを得なかった者は未だに消息不明だという。
――それが意味すること。
つまり確実に何かあったって事だ。残った者だって、1人2人じゃないだろう。もっと何十人、何百人だって残ったのかもしれない。その人達が消えていなくなった。
ずず……
珈琲を一口飲むと、椅子から立ち上がった。そしてキッチンの方へと歩く。水道設備はないが、何か食材を洗ったり、調理できるスペースがある。その上には棚があって、反対側にも棚があり、今は俺や翔太達が持ってきた缶詰やら調味料やらお菓子やら色々なものが沢山並んでいた。これだけあれば、何が起きても暫くは食いつなげるだろう。
「ユーキくん!」
アイちゃんの声に振りかえる。するとテーブルの席には、アイちゃんと未玖が腰かけていて淹れたての珈琲が目の前にあった。2人の足元を忙しく行ったり来たりするラビ。
「珈琲、入れてきたか」
「うん……ユキ君、何かあった?」
「いや、なんでも」
「でもそっちのキッチン? そこで何か考えている様子だったから」
「まあな。これからどういしようかなーって思ってな」
「異世界に来たんだから、冒険は欠かせないよね」
「そうだな。それは考えている。でも、この世界はとても危険だからな。ちゃんと準備してからにしないと」
にっこりと笑うアイちゃん。横で俺とアイちゃんの会話を聞いている未玖。これから暫くは、もとの世界に戻りたくても戻れない。ずっとこんな時間が続く。それはそれで、俺にとっては幸福な事なのかもしれない。
「ユキ君は、ダンジョンとかもう見た? 私が……その、ゴブリンに攫われていた、ああいう洞窟みたいな所じゃなくて、もっと遺跡とかそういう神秘的なところとか」
アイちゃんはゴブリンに襲われて、奴らの巣に連れていかれた。そこで拷問のように散々いたぶられて酷い目にあった。右目もその時に失った。だからあまりその時の話に触れないようにしていたけど、今はアイちゃんから触れてきた。
この子はまだ幼いし、助け出した時は恐怖で押し潰されそうになっていた。でもあれから少し経って、彼女は強くなってきている。元気だって、もう完全に取り戻しているように見えた。いや、そうせざるを得ないと考えているのか。
「そうだな。そう言えば、佐竹さん」
「うん。草原エリアによくいる、佐竹さんと岩城さん」
「そうだ。その佐竹さんの弟さんの話なんだけど……」
小貫さんと共に、佐竹さんのもとへ行った時の事を話した。佐竹さん達の命を奪ったブルボアの話は、俺達のクランメンバー全員が知っている。
あの時、俺はこの拠点から外へ出て行って、なかなかの距離を徒歩で冒険をしたし、そう言えば和希までもが同行していたっけか。そしてなんか得体の知れない恐ろしい魚のような魔物がいる池……というか、湖の辺りまで行った。その湖の近くに、アイちゃんが聞いているようなダンジョンがあったな。
「へえ、そうなんだ。そんな場所にダンジョンがあったんだ。中には入ってみた?」
「いや。勿論気になったけど、俺達には佐竹さん達……結局、小貫さん以外の皆はやられてしまっていたけど、もしかしたらと思って助けてに行くつもりで向かっている所だったし……あまりここから動いた事がなかったから、ちょっとそこへ入って調査するまでの余裕も度胸もなかったかな」
「そうだよね。今は北の廃村とか、リバーサイドとか、ゴブリンの巣もそうだし、外の世界も結構冒険したよね」
「ああ、だからちょっとあのダンジョン、誰かに先を越されるまでに、ちょっと調査してみたい気持ちはあるかな。ここが異世界というのなら、ひょっとしたら魔法のアイテムとかそういうのがあるかもしれないし」
「でもダンジョンってモンスターが現れるでしょ」
「だからこそ、万全の準備をしてトライするしかないな。この世界に魔法のアイテムのようなものがあるなら、絶対手に入れておきたいし」
「うん。じゃあ、ダンジョンに行く時に、私も行こうかな」
「じゃ、じゃあ、わたしも……」
アイちゃんが行くと言うと、未玖も続いた。俺は慌てる。
「えっと……うーーん、そうだな。そこは、この拠点から少し離れた場所だし、ダンジョンもどれくらい危険か解らないから……」
「え? じゃあ、駄目なの? 私達、連れていってもらえないの?」
「いや、そういう訳じゃないけど……うーん、考えときます」
「ええええ!!」
声をあげるアイちゃん。未玖も残念そうな顔をしている。でもあそこは、ちょっとレベルが高すぎるような気がする。俺だって、あそこに調査に行くと決める時には、かなりの勇気がないと駄目だろうなって思っているのだ。
「そうだ! ほら、その前に拠点の前哨基地! 北にある河の近くにある、小屋。あそこをまずは復活させないとな」
そう言って、とりあえず誤魔化した。でもそこへ行った時に、そういう話をしていたので、アイちゃんも未玖も楽しみだと言ってくれて機嫌が直った。
あの場所だって、拠点の外になる訳だし……決して安全とは、言えない。しかも大型のウルフが出没した場所に近い上に、ゾンビが徘徊していた場所だった。確かにダンジョンよりは、圧倒的に危険は少ないと思うけどそれ相応の用心は必須だろう。




