Phase.595 『羊と牛』
草原エリアから羊の住処エリアに向かおうとしているだけなのに、なかなか移動できずにいた。
それというのも成田さん、トモマサに続いて今度は安藤さんに呼び止められてしまったからだった。でもこれは、こっちの用件だった。以前に俺が安藤さんに頼んでいた事に関しての話だからだ。
「椎名さん、ちょっといい?」
「ああ、なんだっけ?」
「前に言っていた事だけど……ちょっと見て欲しい」
「前に言っていたこと?」
安藤さんは、ニヤニヤしていた。きっと俺を驚かそうとして、敢えて何かを見せるまでそれがなんなのか、黙っている。でもそれで、俺は察してしまった。きっとあれだ。
草原エリアの、北西側。川エリアに近い場所に移動をする。いつの間にか、柵が張り巡らされている。拠点の中と外を仕切っているバリケードのような柵ではなくて、まるで牧場にあるようなもの。そしてその中には、安藤さんの馬車を引いていたストロングバイソンが放牧されていた。しかも数が増えている。牧場がある事もだけど、そっちの数が増えている事の方を驚く。
「あれ? 安藤さん、ストロングバイソンの数、増えているけど……もしかして」
「そうなんだ。ちょいとこの前、パブリックエリアに知り合いがやってきね。オイラと同じようにストロングバイソンを飼っていて、馬車を引かせたりしているんだ。それで話をして、その人から譲ってもらったんだ。ほら、椎名さん言っていただろ? 馬車とストロングバイソンを増やしたいって」
「ああ、確かに言った。覚えている」
牧場に近付くと、全部で6頭もいた。安藤さんが飼っていたストロングバイソンは、2頭。馬車を引いて、俺を北の廃村や小雪姫のいるリバーサイドまで連れて行ってくれたから忘れる訳がない。つまり、新たに4頭増えたという事だ。
「見ての通り、4頭増えて今は6頭。雄が3に雌が3。つまりこれから子供を産ませて、もっと増やす事も可能だ。椎名さん、増やしたいんだよな」
「ああ、増やせたらと思ってた。これはいいな」
「じゃあ、増やす方向でいこう。因みにこいつらは、本来は果実が大好物なんだが牛の魔物というだけあって、草もムッシャムッシャと食べる。この草原エリアには、読んで字の如く草が生え放題だからな。餌にも困らな」
牧場の設置……そしてストロングバイソンの繁殖。これはなかなか面白いかもしれない。
ついに来たるべき日がやってきて、暫くはもとの世界へ戻れない。しかもこの期間中に何が起こるか解らないという不安に塗れた現状なのに、俺は既に安藤さんの話にワクワクと胸を弾ませてしまっていた。
「さーらーにー、じゃじゃーーーん!!」
安藤さんは、牧場の近くに何本も生えていた木のある場所を差した。そこの木の陰に、馬車が見える。見覚えのある馬車。
「あの馬車って……」
「もっと近づいてよく見て」
「近づく?」
言われたように馬車に近付いて行く。すると見慣れた安藤さんの馬車の後ろに、別の初めて見る馬車が停車していた。
「こ、これ!! 安藤さん、これってもしかして!!」
「そうなんだ。その人にストロングバイソン4頭と一緒に、馬車を一台譲ってもらったんだよ。いいだろ」
「いい!! これはいいな!!」
30歳を超えているというのに、はしゃぐ子供のように声をあげて馬車の方へと走って行ってしまった。そして新たに手に入れたという馬車を近くで観察する。
「うおーー、これはいい馬車だ。同じく、幌馬車なんだな」
「その方がいいだろ。これで何処かへ向かう時、魔物の襲撃を受けたり、雨風にあった時も守ってくれる。布があるだけで、随分と違うもんだ」
確かにその通りだ。日中なら日差しからも身を守ってくれるだろう。
「どうだ? おいらの方で、この馬車をもっと頑丈に強化してみようかなって思っているんだけど、とりあえず馬車が二台あるってだけでいいだろ。移動手段が増えたって事だからな。同じ場所に向かうとしても、一度に更に多くの人を目的地へ運ぶこともできるという訳だ。だが今のところ、御者に慣れているのはオイラしかいないけどな」
そう言って笑う安藤さん。まあ御者が安藤さんだけだっていうのは、小さな問題だな。草原エリアなら、広大でいくらでも馬車を走らせる練習をする事ができるし、やってみれば誰だってそのうちに慣れるはずだ。
「まあ、そういう事だから。おっと、手伝いが来てくれたみたいだ」
「手伝い?」
安藤さんが目をやった方を見ると、向こうからこちらに向かって4匹のストレイシープがトコトコと歩いて近づいてきた。そして牧場に入ると、ストロングバイソンの背を撫でたり、牧場内にある糞を片付けたりと世話をし始めた。
羊が牛の世話をしている光景。かなり不思議だけど、可愛くて面白いと思った。これは未玖やアイちゃんとか皆にも見せたい。きっとウケるぞ。
「ちょっとした牧場も作ったし、牛も6頭いるからね。馬車だってもっといじりたいし、本業というかパブリックエリアで武器の売買とかお店もやらせてもらっているからね。流石にそれをオイラ1人じゃ手が足りないからさ。ストレイシープに手伝ってもらっているんだ」
「なるほど。ストロングバイソンの世話とかそういうの、彼等ならなんとなく得意そうな気もするし、これは妙案だな」
得意そうな気もすると言ったそばから、牧場に入って作業をしていたストレイシープがストロングバイソンに頭で押されて転んでいるのを見てしまった。
せっせと作業をして頑張っているストレイシープには悪いと思ったけど、俺と安藤さんはそれを見て大笑いしてしまった。




