Phase.594 『弟分』
草原エリアに設置されたプレハブ風呂。使用する為には、給水ポンプやお湯にする装置の使用が必要になるので、成田さんか松倉君に頼んで使わせてもらう必要がある。でもそれは、今晩からでも使えるのだと未玖やアイちゃんをはじめ、女の子達全員にはあらかた伝えた。
それを聞いて皆は、これからちゃんとした風呂に入れるとかなり喜んでいた。全て成田さん達のお陰なので、風呂を使用した後は忘れずお礼を言うように伝えた。
それから俺は、ちょっと羊エリアの方を見てこようと思った。そのエリアは、今は大谷君達やモンタ、メリー達ストレイシープが主に使っている。特にメリー達は、エリアの中心地に羊たちの集落を作っているようだった。それをもう一度、見ておきたかった。
思い立ったが直ぐに、草原エリアから羊の住処エリアへ向かおうとしたところで、声をかけられた。トモマサだった。後ろには、初めて見る顔が2つ。2人とも揃ってトモマサのようにガタイがデカく、如何にもウェイトトレーニングに明け暮れていますよといった感じに筋肉モリモリだった。それでその2人が何者なのか、おおよその検討がついた。
トモマサが俺を呼び止めて、これから何を言おうとしているのかという事もだいたい予想がつく。
「ユキ。ちょっといいか?」
「ああ、なんだ」
「こいつらなんだけどな、ちょっと聞いてやってくれ。おい、お前ら!! ちゃんと自己紹介しろや!!」
『オス!!』
「自分は、我星廉治ッス! アニキの弟分ッス!」
「お、弟分? おいトモマサ、お前……」
「馬鹿廉治、ちゃんと説明しろよな!! そんな感じの言い方だと、この俺がまるでカタギじゃないみたいに聞こえるだろーが!!」
「う、うっす!! 自分、アニキに憧れて西東京プロレスに入団したもんで、アニキの後輩にあたります!! これからよろしくお願いします!!」
これから……やっぱり思った通り。
「俺も同じです!! リングという名の四角い密林でいつもダニナミックに暴れて、対戦相手をちぎっては投げ、ちぎっては投げる豪快さに惚れこんでアニキに弟子入りしました、狗柴愁です!! よろしくお願いします!!」
「狗柴君ね。こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
「おいおいおい、なんだなんだそれはーー!! ユキよ、なんだそれは!!」
「おい、あまりくっつくな!! 暑苦しい!!」
「だって俺の可愛い後輩共が、折角ユキに挨拶しにやってきたってのによ、なんだよそれ。もっと愛想よくしてくれてもいいだろ」
「俺はいつもこうだよ」
「いや、違うね。相手が女……特に可愛い子の時はもっと愛想がいい」
「お前と一緒にすんな。それはお前か翔太だろ。それより、どういう事だ? おおよその察しはつくけども、一応説明してくれ」
「だよな」
トモマサは連れてきた2人の弟分を見てニヒヒと笑うと、えらそうに腕を組んだ。丸太のような腕。
「実はだな。今まで俺、現役のプロレスラーやってるって話を皆にしてたと思うんだけどな。そこを……思いきって辞めて来たんだ」
「は? なんでまた?」
「これからこっちで、どうなるか解らねーし。もしかしたら、死ぬかもしれねーし……大怪我するかもしれねーし」
いつにない真剣なトモマサの表情に、まさか死ぬわけないだろ! とか、怪我しても不死宮さんや大井さんが治療してくれる! とか言わなかった。
過去にあった転移サービス休止。その期間、こっちの世界に残った……もしくは残らざるを得なかった者達は全員消息不明になった。トモマサも、知っている。だからこそ、それなりの覚悟をして、『異世界』に臨んでいるのだろう。
「でもいいかのか? プロレスラーでなくなっても?」
「まあ、無事に戻れて落ちついたら、また復帰すればいいからな。とりあえずもしもの思いがけない可能性を考えて、一旦引退したって訳だ」
「そりゃ、引退じゃなくて、単なる長期休暇なんじゃ……」
「まあ、それはいいだろ。それでその事を、団体の会長に話したんだけどよ。その話があっという間に知れてな、こいつらの耳にも入ってよ」
「アニキがプロレス辞めるなら、自分も同じッス!! そもそも自分はアニキに憧れて西東京プロレスに入団しましたから」
「俺もそうです!!」
我星君と、狗柴君。2人とも、確かな決意をした眼で俺の方へ、迫るようにして言った。やっぱりそういう事だったか。
「つまり、2人はトモマサ……お前についてきた訳か」
2人が強く頷くと、トモマサは大きな溜息を吐いた。
「危険だから、来んなって言ってやったんだけどな。どう危険なんだ? って逆にしつこく聞いてきやがってな。それで説明したら、自分達も異世界へ一緒に行くって言い出しやがってな。死んだ奴もいるんだぞって散々言ったんだが、どんどんやる気になる始末でな。手に負えねーと思って、しつこいくらい後悔するぞ! 二度と帰れないかもしれねーんだぞ! って言っても、おさまらないから連れて来たんだよ」
やっぱりそうか。でもそんな事よりも、よくそんな異世界なんて話を信じたなと思った。要は、2人にとってトモマサは憧れそのもので、トモマサが真剣に言っているから必ずあるんだって信じたのかもしれない。もしくは、所属しているプロレス団体から去っていくトモマサを、ただ追いかけたかったのかも。どちらにしても、人望があるな。
「まあ、だいたい解った。それで、2人を俺達のクランメンバーにして欲しいって訳か」
「そうだ。見ての通り、2人ともまだまだ半人前だがプロレスラーだ。俺が証明している通り、プロレスは最強の格闘技でプロレスラーは最強の戦士だ。頼りにはなると思うぜ。クランのルールも既にちゃんと説明してある」
「本当に後悔はないんだな? 陣内や成子……実際に死んでしまった仲間もいる。しかも魔物によって、悲惨な死に方だった」
「とうに覚悟はできているッス! アニキにも、椎名さんにもついていきますよ!」
「俺も同じです。どんな目にあっても、俺達が選んだ道だって解ってます。それに役にも立ちますよ。プロレスは最強の格闘技ですから。証明しますよ」
「2人の気持ちは解った。それじゃ、今この瞬間から君達2人は俺達の仲間だ。同じクランメンバーだ。これからよろしく頼む」
トモマサの弟分である、我星君と狗柴君。俺は2人と固い握手を交わした。手を握られた時に、握りつぶされるもしれないって位の握力に驚いた。
2人は見るからに、俺よりも若くてしかも筋肉隆々で自分の身体から溢れ出る力を持て余しているように思えた。新たに仲間が増えた事も、こういう頼りがいがある仲間ができた事も、とても心強いと思った。




