Phase.592 『草原のプレハブ その1』
草原エリアにある女神像の前に行くと、試しにスマホを手に取り『アストリア』と表記の入ったアプリを起動した。
「スマホの電源も入る。もちろん、圏外……そしてアプリの転移は……やっぱり使えない。もとの世界へは、戻れないな」
少なくとも3週間から1カ月。もしくは数カ月だって考えられるが、暫くはもとの世界へ戻る事はできない。完全にこっちの異世界での生活オンリーになったと、徐々に実感していく。
「来たるべき日……ついに来てしまったか」
今日は天気もいい。時間も午前11時になろうとしている所だった。陽の光とそよ風がとても気持ち良くて、このまま草原に倒れ込んで昼寝でもしたいと思ってしまった。
ガシッ!!
「うわっ!!」
誰かがいきなり肩を掴んできたのに驚いて、声をあげてしまった。笑い声。
「ひゃっひゃっひゃっひゃ!!」
「翔太!! お前かよ!!」
「驚いちゃった? ねえ、驚いちゃった? ねえねえ」
ムカつく。なんてムカつく顔をして挑発してきやがるんだ。でも俺はそんな低レベルな挑発には乗ってやらん。
「何か用か? 用があるなら、さっさと言ってくれ。お前だって、これからパブリックエリアに行って、さっき言ったパーティーの準備で忙しいんじゃないのか?」
「ああ、忙しいよ。これから酒や食い物をパブリックエリアに運ばなければならないからな」
あそこには、他の転移者……つまりこの俺達の拠点を休憩地点として立ち寄ってくれたお客さんの為に、飲食やお茶、酒を飲めたりする店を営業している。最近じゃ、翔太が前々からやりたかったって言っていたラーメン屋を竜志と一緒にはじめていたりもしている。だからパブリックエリアにも、それなりに食糧などあるはずだった。
でもそこへ別の場所から運び込むという事は、翔太が開催するパーティーにはもっと人が集まると見越しての事なのだろう。
「そうか、もし食い物とか酒が足りなくなるようだったら、俺の所から持っていってもいいからな。来たるべき日に備えて、丸太小屋には沢山買い込んで詰めてある」
「おおーー、ご協力感謝しますぞーー!! ユキー殿!! ほんなら、そうさせてもらいまっさ」
「それで、なんだよ? なんか用事あったんじゃないのか?」
「え?」
「おい」
「あーあー、悪い、そうだったそうだった」
「あのなー」
「今晩やるパーティーもそうなんだけどよ。俺、これから暫く続くこっちの異世界ライフの中で、いくつか催し物を考えているんだよ」
「催し物だと?」
「あー、そうだよ、イベントだ。だって魔物と死闘を広げたり、お宝探したり、まだ見ぬ世界を冒険ってのも絶対興奮ものだけどよ。別にこの世界は、それだけじゃないだろ? 楽しいイベントいくつか考えているんだけどよ、皆でそれやれば、例えば未玖ちゃんとかアイちゃんとかみーんな笑顔になって楽しんでくれると思うんだ」
あーー、なるほど。そういう事か。こいつ、やっぱりたまに核をつくんだよな。確かにいい考えだ。
「……いいな」
「だろー! じゃあ、既にいくつかイベント考えてっからよ! 俺に、それを任せてもらってもいいか? やってもいいよな?」
「ああ、いいんじゃないか。お前に任せるよ」
「わおう!! やった。よーーし、やったるでー!! こりゃ楽しみになってきたわ!! そうと決まったらモンタやアッキーにも声をかけて、計画を円滑に遂行できるように手を貸してもらわねばならんな! よし、よし!!」
お、おい。任せると言ったがこいつ、いったい何を考えているんだ? 楽しそうな事をやって皆の士気を高めてくれるのはありがたいが、こいつ鼻の下をのばしたり気色悪い笑いをしたりしているぞ。なんか少し、嫌な予感もしてきた。
「じゃあ、そういう事で晴れて許しはもらったって事でーー。ユキー、俺パブリックエリアでパーティーの準備を進めてっからよ! 何かあったら、声をかけてくれよなー。いいんだよな、それで?」
「ああ、今日明日は皆自由に過ごしてくれって言っているからな」
翔太は笑顔でこっちに手を振ると、すたこらさっさとパブリックエリアの方へ駆けていった。まったくあいつは……
そうは思っても、不思議と自分の顔が笑顔になっている事に気づく。草原。そして遠くの方でテントと焚火。そこに座って、煙草を吹かしている長野さんが見えた。一緒にいるのは、成田さんと松倉君。俺もそこへ近づいて行った。
「おっ! リーダー!! お疲れ様ッス!」
「お疲れ様――」
松倉君が俺に声をかけてくれると、成田さんと長野さんもこちらを振り向いてくれた。俺は3人が何やら会話をしていた中に入ると、そのまま焚火の前に座った。俺は3人に向けて言った。
「いよいよ、始まってしまったな」
「始まってしまった。これからいったい何が起こるのか、心配と言えば心配なんだけど……残ると決めた今、そればかり考えていても仕方がないから」
松倉君の言葉に成田さんが頷く。
「そうだね、確かに不安だ。でも同時に、ワクワクもしないか?」
成田さんのその言葉に、俺も松倉君も長野さんも頷いた。ワクワクするからこそ、俺達は皆この異世界が危険な場所だと理解していてもここにいる。
「それはそうと、椎名さん。あれを見て欲しい」
成田さんはそう言って、草原エリアにいくつか設置したプレハブの一つを指した。一見、普通のプレハブのに見えるけれど、何処か特別な感じもする。例えば、煙突がついている。いや、ダクトかな?
「あれは、プレハブ?」
「後で実際に、使ってみて欲しいんだけど……あそこに設置してあるプレハブは、実はお風呂なんだ」
「お、お風呂!? え? 本当に!?」
「風呂を作るなら、プロパンガスやバランス釜とか持ち込まないといけないって初めは思っていたんだけどね、ちょっと別の方法を思いついたんでそれでお風呂を作ってみたんだよ」
「へえ、凄いな。じゃあ、もう入れたりするのかな?」
「ああ、入れるよ。お風呂に溜める水も、いちいち川か井戸から組んでこなくてもいいように、ポンプを設置したから楽だよ。だけど作動させる為には、ガソリンが必要になるけどね」
「なるほど。でもポンプって、凄いな」
そう言えばテレビ番組で、池とかの水を抜いて掃除したり、そこに住んで悪さしている外来種の生物を駆除したりってのを見た事がある。あれで使用しているポンプを想像した。確かにあれなら少し離れた場所にお風呂を作っても、そこに川エリアの川やスタートエリアの井戸から大量の水を引っ張る事ができる。
異世界と言えば、剣と魔法の世界って感じがするけど、成田さんはもとの世界にあるもので異世界に挑んでいる気がしてとても面白いと思った。でもよく考えてみれば、俺も人の事は言えない。




