Phase.587 『着火材』
――――ついに来たるべき日がやってきた。日曜日、早朝。
目が覚めると、びっくりする位に寒かった。まるで真冬みたいな寒さ。
「さ、寒い……」
テントの中。ゴソゴソと起きると、腕時計を見る。4時。すっかり、田舎暮らしのおじいちゃんのような早起きになってしまった。まあ、夜は遅くまで起きていたりするから、朝だけに限ってだけかもしれない。
自分が眠っていたテント。辺りを見回すと、一緒に未玖とメリーも眠っていた。その間には、ラビがいる。メリーもラビも暖かそうなので、未玖が羨ましく思った。俺が使っていた毛布を更に上からかけてやる。
「さてと、起きるか。今日はいよいよだもんな」
ジーーーーっ
ジッパーを開けて素早くテントの外へ出る。そして未玖が寒さで起きないように、すぐさまジッパーをあげて塞いだ。上着を着こんで、手をこすり合わせる。
「ううーー、しかし寒いな!! どうなってんだ、今日は!! 早朝はかなり気温が落ちるってのはいつもの事だけど、今日はいつもの数倍は寒く感じる。ヤバい、ちょっと火を熾すか」
急いで焚火をしようとした。あれ? 薪はあるけど、火種がない。まいったな、何かないかと見回すと読みかけの漫画があった。これなら紙だからあっという間に火がつくけど、もったいない。どうしたものか。
「あっ、そうだ。無ければ誰かに分けてもらえばいいんだ」
辺りを見回した。テントの周り以外は、かなり濃い霧が発生していて何も見えない。これも毎朝の事だった。
この辺りは、早朝は寒くて霧に覆われることが多いのだ。そして日中は夏のように熱くなる。それで辺りに生える植物は青々と元気に育っているから不思議で仕方がない。まあそんな疑問も、異世界だからと言えば吹っ飛んで行ってしまうんだけどな。
「しかしなんでもいいけど、寒いなーー!!」
多分あっちだろう。方向を確認すると、俺は小走りで霧の中を移動した。そして見慣れたテントを見つけると、声をかける。
「おはようございます、椎名です。最上さん、起きてたりする?」
……
返事がしない。やっぱりまだ起きてないか。って言っても、まだ朝4時だもんな。当たり前か。
「おはようー、椎名さん」
「え?」
ぜんぜん違う方から声がした。でも確かに最上さんの声。それは、川の方からだった。そっちへ向かう。
「最上さん」
「どーもどーも、椎名さん早いねー」
「え? ああ、最近なんかどんどん早くなってしまって」
「いいねー。早起きは三文の徳っていうし、なんだか一日が長く感じて得した気分になるよね」
「それは確かに凄くあるな。異世界に来る前は、仕事が終わって帰宅してから夜な夜なゲームばかりしていたし、翌日が休みとかで起きなくて良かったら、昼くらいまで寝ているなんて当たり前だったしな」
「あははは。まあ、僕もそうだねー。釣りに行く時は早いけど、それ以外は寝坊ばかりしているよ。それで、何かあった?」
「えっと、その寒くて。焚火をしようと思ったんだけど火種がなくて、何かもらえないかなーと思って」
「ああ、今日はまた一団と寒いからね。見てよ、濃霧が発生しているから解りづらいかもしれないけど、なんと吐く息が白いんだよ」
最上さんはそう言って、はーーっと息を吐いた。でも彼は川の近くに腰かけて煙草を吸っていたので、それが寒さによる白い息なのか、それとも煙草の煙なのか解らなかった。濃霧が発生しているから、解りづらいのもあるかもしれない。
最上さんは「よいしょ」と言って立ち上がると、自分のテントの方へと移動する。その近くに作った捲き置場へまた移動した。そこで何かを手にすると、こっちへまた戻って来た。
「えっと、こっちが枯れた杉の葉で、こっちが白樺の木の皮ね。どっちも油分が多く含まれているから、着火剤に最適だよ」
「おお、ありがとう、最上さん」
枯れた杉の葉と、白樺の木の皮を受け取る。
「こういうの、なんかアウトドアって感じがしていいな」
「ぼくもそう思うよ。別に着火剤とか、秋山君や成田さんに頼めば直ぐに買ってきてくれるんだけどさ。でも今回みたいに、暫くもとの世界に戻れないって事もあるからね。それにぼかあ、もうもとの世界へは戻れないと思うから。こういう世界にも、どんどん適応していかないとね」
最上さんは、釣りも好きだし上手だ。それで食糧も調達できるし、薪置場だって自分で作ってしまう程に器用でもある。それから考えると、俺なんかよりも遥かにこういう世界に対して、順応していると言える。
「そう言えば、いよいよ今日だよね」
「ああ、10時からだから、その時間になったら草原エリアに集まって欲しい」
「解ったよ。ぼかあ、スマホももうないし、もとの世界へは戻れないからあんまり関係ないんだけどねー」
「いや、関係はあると思うよ」
「そうなの?」
「最上さんは、以前あった転移サービスの休止以降にこっちに来た人だろ。それ以前にいた転移者で、こっちの世界にその期間残った人は全員消息不明になったらしい」
「へー、それはちょっと怖いね。何が起こるのかな」
「解らない。でも何が起きてもいいように、備えておかないとな」
「それを聞いても、いったいぼくに何ができるか解らないけれど、うーーん……今ちょっと考えてみると食糧の調達とかしか……ってそれはずっとやっていたよね」
最上さんはそう言って笑ったけれど、食糧の備蓄などは大切な事だと思った。今日だって、早朝は今までにない位の真冬並みの寒さになってしまっている。いきなりこの世界に寒冷期がやってくるとか、可能性もあり得るのだ。そうだ、本当に何が起こるか予想もつかない。もしもの為に備えておかないと。
俺は最上さんにお礼を言うと、枯れた杉の葉と白樺の木の皮を持って、自分のテントのある方へ戻った。戻る前に一旦振り向いてみたけど、霧が濃すぎるせいでちょっと先にいるはずの最上さんの姿は一切見えなくなってしまっていた。




