Phase.586 『当日』
深夜0時。日付が変わった。泣いても笑っても、いよいよ今日だ。今日、来るべき日がやってくる。もちろんそれなりに緊張はしているが、覚悟は随分と前にもうできていた。
カレーを食べ終わると、未玖とメリー、3人揃って川で食器を洗った。夜になると辺りは闇に包まれる。そして大抵の日は肌寒い。だから食器を洗う時も、川の水が冷たくて大変だった。作業が終わると、急いで焚火のもとへ戻って炎に手を翳す。また食後の珈琲を入れて、未玖とメリー、そしてラビも一緒にゆったりと寛いでいた。
寒いので未玖とメリーとラビは、一ヵ所に寄り集まって固まっていた。それがどうにも可愛くておかしかった。俺は珈琲を飲みながらも、手持ち無沙汰に棒で火のついた薪を弄っていた。
「そう言えば、豊橋専務が未玖にまたおいでって言っていたよ」
「豊橋専務がですか?」
「そうそう。南エリアにある、専務のプレハブ。あそこだったら漫画とか小説も沢山あるし、テレビゲームもあるからな。あとアニメとか映画も見れるんだっけ、なんせ円盤の再生レコーダーとかテレビもあったしな。退屈しないで済みそうだぞ」
「退屈は、しないですよ。いつもやる事でいっぱいです」
「ああ、そうか。そう言えば未玖には、仕事が山のようにあったな。畑仕事に始まり、パブリックエリアのお店の経営。コケトリスにそこにいるラビの世話。確かに多いな」
「はい、でも毎日が楽しいです」
もとの世界では、楽しくなかったのか? と言いかけて止めた。未玖はそれをなんとなく言いたくなさそうだったからだ。言いたくもない事を、俺は根掘り葉掘り聞き出したくはない。この世界の事ならいざ知らず、もとの世界の事なら尚更だ。
「でもたまには、休みの日を作ったらどうだ?」
「休みの日ですか? でもいつも休んでます」
「丸一日とか、数日の連休とかそういうのだよ。そしたらその間、ずっと自分のやりたい事をできるぞ」
「やりたい事は、いつもやっています」
「まあ、そうなんだけど……なんていうのかな、ぐーたら休む的なやつ? 一日、ゲーム三昧とか漫画読んでゴロゴロするとかでもいいし。そういや、いつまたもとの世界へ戻れるか解らないからな。しこたまお菓子も買ってきてあるんだ」
「お、お菓子ですか⁉」
メエ!!
お菓子というワードには、流石の未玖も大反応。ついでにメリーも同じように反応していた。すっかり俺達の世界のお菓子の味をメリーも覚えてしまったからな。
ストレイシープ。彼らは、基本的にベジタリアンだ。肉や魚よりも、野菜が好きみたいだ。でもお菓子は特別みたいで、あげると喜んで食べる。あまりにも美味しそうに食べるから、北上さん達がもっとお菓子をあげてしまって、それで味をしっかりと覚えてしまったという訳だ。
何気に空を見上げたが、やっぱり何も見えない。森。無数の木の葉で覆われていて、空が晴れているのか曇っているのかさえも、ここからでは解らなかった。
やっぱり空が見たい!! って思ったら、長野さんや成田さんは、草原エリアで暮らすんだろうな。
パチパチパチ……
焚火の音。食事も終えて、未玖とメリーとラビと、ゆったりと寛いでいるとなんだか眠くなってきた。このまま寝てもいいんだけど、寝て起きたらいよいよもう来たるべき日がやってきてしまう。ちょっと違うかもしれないけれど、クリスマスや正月がやってくる前日の気分に近いかも。
「う……うん……」
「え?」
メ?
未玖が何か言ったので、目を向ける。すると彼女はもううつらうつらと眠りに入りかけていた。未玖……と声をかけそうになって止める。メリーの方を向いた。
「メリーは、今晩はここにいてもいいのか?」
メー。
「そうか、良かった。じゃあ、朝まで未玖と一緒にいてくれ」
メエ?
「ああ、俺も寝るけど、ちょっと辺りを少し見回ってからにしようかなって思って。朝がくれば、ほら……いよいよだし、メリーはこの世界の住人だから別に何もないかもしれないだろうけど、よそから来た俺達にとっては結構な事なんだよ」
メエ。
「解ってくれるか。まあ、だから今晩は眠れないって言って、起きている仲間も何人かいると思うんだ。俺はこんなんでも一応リーダーをやらせてもらっているしな。ちょっと見回って、また戻ってくるよ。だからそれまで未玖の事は頼むよ」
メメー!
「ああ、起きたら可哀そうだから、このまま焚火の前で寝させていいと思う。あと、何かあったら近くに最上さんや団頃坂さんはいるだろうから、そこへ行けばいい」
メー!
相変わらず、言葉はぜんぜん解らない。でも大したもので、メリーと意思疎通ができるようになってきていた。何が言いたいのか、それも互いに理解し合えるようになっている。勿論それは、メリーがかなりこちらに寄せてきてくれているというのが、凄く大きいとは思うが、このファンタジー世界の力も何か作用しているのかもしれないと思った。それこそ、魔法の力とか。
俺は立ち上がると、装備している剣とナイフと鉈、そして銃を確認した。もう一度、未玖の寝顔を見ると、俺はメリーに彼女を任せて拠点の中を少し歩いてまわる事にした。
さっきメリーに言って聞かせた、台詞。不安とワクワクする気持ちで一番眠れないでいるのは、もしかしたら俺かもしれない。




